第13話 1度目の世界の夫との邂逅
姉のオフィーリア達が、同盟各国を周遊し終えて、ソル王国の駐在大使として着任した頃、長姉エリザヴェータの婚約者算定も終えた。
ハデス王国は、父の生家であるモントス公国と隣接している場所柄、長らく東南からの騎馬民族の襲撃を数世紀に渡り受けており、一時期は属国として支配下に置かれたこともある。
蛮族から帝国を守る堅固な盾としての使命が課せられていた。
王国の歴史も侵略と反乱に満ちていて、テルス帝国に組み込まれてからも、王国内は小さな火種が燻ったような状態が続いていた。
そんなハデス王国にあって、1度目の世界でマリアンナが嫁いだアレス王国との隣接領地カパルナを治める大領主であり、ハデス王国において建国から続く由緒正しい大貴族の当主ジェルジ・ガーボル公爵が長姉エリザヴェータの伴侶と決められたのだった。
ジェルジはエリザヴェータより11才年上の30才であったが、未婚であった。
彼は、大きな体躯に厚い胸板、長い手足に、黒髪黒目の精悍な顔立ちの美丈夫で、帝都の貴族の中には居ないタイプであったが、清廉で聡明、落ち着いた雰囲気の長姉エリザヴェータと並ぶ姿は、とても似合っていた。
そんな素敵な彼であったが、結婚適齢期を過ぎても婚約者すら居なかった。
それというのも、ソル王国とも国境線を接するカパルナ地方の領民は、みな体躯が大きく力も強く、戦が続く土地柄か大陸一の勇猛な武闘集団として恐れられていたからだ。
公爵家はその荒くれ者たちをまとめて騎士団とし彼らを中心に、ハデス王国軍の一部と共に、命ぜられるまま、女帝マリアの引き起こした数々の戦争に引っ張り出されていたのだった、婚期を逃すほど。
ましてや、戦力のほとんどをガーボル公爵軍に依存していながら、総大将は父の王配フランツが指名した帝国貴族がお飾りで座っている上に、公爵軍を侮った態度を取っており、帝国軍の士気はギスギスしたものであった。
ハデス王国民やガーボル公爵軍に長い苦難を強いていた癖に、一切慰労することもなかった帝国の姿に、ハデス王国内ではどんよりとした怪しい空気が漂い始めていたが、この度、次期女王エリザヴェータの王配としてジェルジ公爵が指名され、その上帝国軍の総大将も拝命した為、彼より相応しい人物は居ないと、やっと報われると、ハデス王国では貴族も国民もその発表に熱狂した。
これにともない、テルス=ハデス帝国の全軍の再編が行われることとなり、無能で口だけだった父フランツの腰巾着達はその座を追われることになった。
帝都の貴族達の反発は大きかったが、女帝マリアの退位が発表されると、その声も直ぐに消えてしまった。
また電撃的に兄皇太子カール・ヨハン1世と、戦争中のリンネ王国 国王 フリード1世の姪アンナルイーゼの婚約が発表された。
これにともない、リンネ王国と帝国との継承戦争が終結することになり、二つに割れていた神聖帝国がこの婚姻によってまた一つになったのだった。
非公式ではあるが、その戦争の責任を取る形での女帝マリアの退位であるのは誰の目にも明白だった。
婚姻は1年後、姉エリザヴェータの婚姻と一緒に執り行われ、エリザヴェータがハデス女王を、カールヨハンがテルス皇帝の地位を継ぎ、戴冠式も重ねて執り行われることとなった。
「お兄様凄いわね。お母様を退位させてしまうのだから」
マリアンナは、婚約発表の式典を眺めながら小さく呟いた。
「それなら、オフィ姉様よ。間抜けな婚約のお披露目周遊をしながらも、リンネ王国との終戦に向けた折衝と兄様の婚約を取り持つなんて信じられないわ」
カロリーナも小さい声で返事をした。
「それは勿論、アルベルト義兄様のご生家ヘルメス大公ご夫妻が、それはそれは涙ぐましい暗躍をなされたとか。アンナルイーゼ様への婚約の打診は彼女のお母上に、大公夫人が決死の覚悟で突撃されたとか。そのあまりに悲壮感漂うご様子に、フリード王の妹であられるゾフィ様が憐れに思われて、国王陛下へと取り継いで下さって、オフィ姉様に帯同している文官とヘルメス大公が連携して機会をものにしたそうですわ」
マリアンナは口を開けずに器用に話した。腹話術という奇術らしい。
「詳しいのね、マリー」
カロリーナがチラリと目線を送って問う。
「ええ、たまたま友人が演奏旅行で呼ばれた茶会の席で目撃したそうなのよ。彼、とても良い耳を持っているのよ」
マリアンナはまた口を開けずにそう言った。
「そのおかしな奇術もそのお友達とやらから教わったのでしょう?それ、わたくしにも教えて。なかなか使えるわ」
カロリーナが更に小さな声でそう言った。
「ええ、この後お教えしますわ。読唇術という口の動きで会話を読む人がいるそうで、これなら読まれないからと。ふふふ」
マリアンナは少し笑いながら今度は少し口を動かして言った。
姉と兄の婚約発表から、王宮にはいつも忙しい空気が流れていた。
未来の義姉と義兄は婚姻式より先に、王宮に部屋を与えられた。
兄皇太子の職務は格段に増え、長姉は帝国で受け持っている自分の仕事を皇帝妃になるアンナルイーゼへと引き継いでいた。
義兄となるジェルジ大将軍は、帝国軍の大再編に取りかかった。
そんな忙しい王宮にいて、女帝マリアと王配フランツの住まう宮は、ひっそりと静まり返っていた。
「あのお母様がよく素直に退位を受け入れたわね」
マリアンナは後宮の奥宮自室のバルコニーから秘密の花園を眺めながら、カロリーナに話しかける。
「それはしょうがないじゃない。実質、職務は姉様と兄様がもう何年もやってらしたんだもの。兄様が決めた戦争の終結と帝国の再統一を止める理由は持ってないでしょ?お父様も、『これでやっと二人でゆっくり暮らせるね』なんて言うのだもの。お二人の婚姻式の後はモントス公国にある湖畔の離宮に引きこもるそうよ」
カロリーナは当然といった顔でそう言った。
「まあ、あそこって幼い時分にお母様がお父様と初めて会った場所でしょ?本当に、お可愛らしいこと。お母様っていつまでも恋する少女なのよね。ならなぜ、女帝になぞなったのかしら?モントス大公妃で良かったでしょうに。そうしたら、継承戦争もあちこちの争いも無かったのに。政治に興味も無さそうなのに、不思議なことね」
マリアンナは信じられないと呟いたのだった。
一年後、テルス=ハデス帝国の大聖堂で、テルス帝国皇帝カールヨハン1世とリンネ王国国王フリード王の養女アンナルイーゼ、ハデス王国女王エリザヴェータとハデス王国公爵ジェルジ・ガーボル、二組の王族の婚姻が執り行われた。同時に兄姉二人の戴冠式も併せて。
その式典は、近年見ることも無いような大規模なもので、周辺諸国から、数多くの王族、大貴族が出席した華やかなものとなった。
厳かな式典には帝国の王女として出席していたマリアンナであるが、成人前ということでカロリーナと共に披露宴の夜会へは出席することは出来ない。
しかし、各国の王族、大貴族が連れてきていた多くの成人前の子女達を集めて、主催者側として豪勢なお茶会を開催した。
「マリアンナ、お友達のピアノばかり聞いてないで、少しは友好に務めなさいな。王女の務めよ」
その頃には、大陸で神童と呼ばれ、名を知らぬものは無いほど有名になっていたヨハンネスも勿論招いて、演奏会を催してお目出度い場に花を添えていた。
マリアンナが主体となってヨハンネスを初期から支援していたので、それはそれで帝国の権威付けに一役買っていた。
今や、ヨハンネスのピアノ演奏を一度でも聞くことが出来たなら、それはどの国の社交界でもステータスとして持ち上げられるのだ。
婚姻式のパイプオルガンもヨハンネスが弾き、子女のお茶会でもピアノ演奏をする。
そこに呼ばれた子女達は感動に打ちひしがれていた。
またヨハンネスと共に帝国の末王女が連弾を奏でる。
その姿もまた、多くの他国の王族貴族の子女たちの羨望を集めた。
「ええ、カロリーナ姉様。任せてしまって、ごめんなさい。ちょっと楽しくなってしまって」
やんわりと注意を受けたマリアンナは、お茶会であったと思い出し、ヨハンネスとのピアノに夢中になったことに恥て頬を染めた。
その麗しい姉妹のやりとりも、また周囲の耳目を集めていたのだがそれには気がつかないでいた。
後宮の奥宮で限られた人としか接することのないマリアンナは、それこそ本物の深窓の令嬢なのだ。
「初めまして、帝国の王女殿下。わたくし、アレス王国の王太子が息子第三王子オーギュストと申します」
カロリーナと二人連れだって歩いていると、不意にそう挨拶を受けた。
そこには、1度目の世界で一緒に断頭台の露と消えた、あの夫が記憶の姿より幼い風貌ながら丁寧な紳士の挨拶をしてきたのだった。




