第12話 マリアンナのお友達
1度目の世界でも2度目の世界でも、マリアンナは音楽が好きだ。
特に、1度目の世界では、マリアンナとすぐ上の姉カロリーナは教育という教育は受けず、淑女のマナーと神聖典の読解と習い事が全てだった。
習い事の中で、マリアンナはピアノ、カロリーナは声楽が得意で、二人で後宮のサロンで演奏会を行うのを父のフランツはとても喜んだ。その場には勿論、母の女帝マリアも同席していたのだけれど、手放しで誉めてくれるのは父ばかりだったが。
2度目の世界では、カロリーナもマリアンナも長姉や皇太子の兄と同じ、帝王学を勤勉に学んでいた。
特に、4つ上のカロリーナは、
「マリーの夢の中のわたくしは、真綿に包まれて育てられていることにも気づかず、歌ったり踊ったりとまるでお伽噺の道化師のようね。その後一転して、厳しい世界に放り出されて、失意の中死んでしまうのなんて、そのまま道化師の最期と一緒。わたくしの年には姉様も兄様も厳しい教育を受けていたと言うのに」
そう呟くや否や、一心不乱に勉学へと向き合っている。
その容貌も、ほんわかした優しげな顔つきが、何時の間にやら皇太子である兄ヨハンに似た冷たさと厳しさを纏ったものへと変わっていった。
勿論、マリアンナへ向ける信頼と親愛は変わらないが。
そんな訳で、音楽への情熱はすっかり持ち合わせていないカロリーナとは異なり、マリアンナは勉学の息抜きにピアノだけは嗜んでいた。
マリアンナの1度目の世界の記憶をきっかけに、幼い姉妹を囲っていた後宮の奥宮を気にかけるようになった皇太子である兄は、帝都で今話題のピアニストを、ある日そこへ遣わせたのだった。
「お初にお目にかかります。私、帝都一のピアニスト、ヨハンネス モザルトと申します」
後宮の奥宮で、許された者しか入ることができない奥宮のサロンに遣わされたのは、僅か7才の神童であった。
奥宮でのヨハンネスの演奏会には、マリアンナとカロリーナそしてその侍女たちだけでなく、女帝マリアも父フランツと長姉エリザヴェータと皇太子カールヨハンまで列席する大袈裟なものになった。
ヨハンネスの父は、その顔ぶれを見て卒倒しそうな程青い顔をして震えていたが、当人は頓着の無い様子で、にこにこと周りを見回していいた。
その演奏は、圧巻であった。
7才の子供が作ったとは思えない、斬新ながら耳に心地よい曲、楽しさに思わずハミングをしてしまう曲、南の蛮族が攻めてきた様子を表した、どこか滑稽にして気の競るような曲、数々の曲の演奏が行われた。
それには、普段音楽に特別な興味を示さない女帝マリアまでもが、
「素晴らしい。帝国の宝じゃ」
と、直接賛美を送ったほどだった。
その演奏会の中、ピアノを好む王女マリアンナと連弾をと、父のフランツがヨハンネスに告げた。
「光栄に存じます」
そう返事をすると、マリアンナへと紳士の礼を以てエスコートをし、ピアノまで誘ってくれた。
「何を連弾致しましょうか?」
深い青みがかった瞳をキラキラと輝かせて、ヨハンネスが問うた。
「先程の、貴方が弾いたハミングの曲を」
マリアンナがうっすらと頬を染めながらそう答えた。
深窓の令嬢であるマリアンナが初めて話した、同じ年頃の子供がヨハンネスだ。
恥ずかしがって、はにかんでも無理はない。
「ああ、あれはキラリン変奏曲ですね。3つの時に初めて書いた曲なんですよ」
そんなマリアンナの気持ちを意にも介さず、ヨハンネスはそう言うと彼の父から譜面を受け取った。
暫く、打ち合わせをして、連弾を演奏した。
それはマリアンナには今までで一番楽しい演奏の時間となった。
「ほう、マリアンナ。随分ピアノが達者じゃな。良い演奏であった」
1度目の世界を含めても初めて、母である女帝マリアがマリアンナを誉めた。
「お褒め頂き光栄です。陛下、では、これからもヨハンネスにピアノを教えて貰いたいです」
マリアンナが女帝マリアにお願いをしたのもまた、初めてだった。
「良い。これから演奏旅行に各国を回るのであろう。我が帝国が後援しよう。王女マリアンナのピアノ講師と任ずる」
すぐに、そう許可が下った。
それから、ヨハンネスは長い演奏旅行に出かけては、帰ってくると奥宮へとマリアンナを訪ねてやってくるようになった。
「まあヨハン、お久しぶりね。今度はどちらへ?」
奥宮のサロンへやって来たヨハンネスは、まずは演奏旅行の土産話を披露した。
そうして、暫く王宮に滞在しては女帝主催の演奏会を貴族相手に開いた。
その間を縫って、マリアンナにピアノの指導と言う名目で会いに通っては、色々な話を聞かせたり、新しい曲を即興で弾いて聞かせたりと二人は仲良く過ごした。
ある日、マリアンナはヨハンネスへと聞いた。
「ヨハン、わたくし、貴方をお友達だと思っているのだけれど、良いかしら?」
「ええ、マリー様。僕は連弾したその時から、マリー様の友ですよ。ずっとそう思っておりました」
ヨハンネスはキラキラした瞳を向けて元気にそう答えた。
二人の友情はその後長く続いていくのだが、それはまた別のお話。




