第11話 皇太子カールヨハン1世と妹の密談 3
「なるほど。王妃とその耳目の届かない王宮内では、まだお前に悪事をなすりつける者がいたのだな。その叔母たちはどうなったのだ」
兄はフムフムと腕を組んでマリアンナの長い話を聞いていた。予知夢の話として。
マリアンナにとっては、やり直す前の1度目の世界で経験した悪夢のような日々の話。
(まあ、夢繋がりでいいだろう)
そんな気持ちで、続きを話す。
「国王によって修道院へと送られ、幽閉されたようで、私服を肥やしていた資産も没収して国庫へと返還されたと広報されました。しかし、私の悪評はもう止めようが無いほどだったようです。意図的に流されていたと気づいたのは、離宮に革命軍が押し寄せて来た時でした」
8つの幼い王女が遠くを見るような目付きで空に視線をさ迷わせる。
その様子を兄はジッと見つめ、声をかけた。
「国王の叔父の公爵が革命軍と握っていたか」
「ええ、そうでしょうね。わたくし達が国王と共に離宮を取り巻く革命軍の目を一時欺き、密かにハデス王国へと亡命を求め離宮を後にした、その時を同じくして、革命軍を引き連れて王宮へと入り、夫の王権の一時停止及び全権委任を取り付けたのが公爵でしたから。その後オフィー姉様から革命軍へと情報を売られ、革命軍に捕らえられた後、離宮に幽閉されていた5年の間に聞いたのは、その公爵邸には随分前から新興ブルジョワジーや文筆家、危険な思想家と共に、平民の破落戸や娼婦たちまで自由に出入りし、彼らの溜まり場となっていたと。公爵は平等公などという二つ名で呼ばれ本人もたいそう喜んでいたそうですわ。フン、アイツのどこが平等なんだか、わたくしに悪役を押し付けておいて」
マリアンナは眉間に深い皺を寄せて、然も嫌そうに呟いた。
「パトロンとして革命へと誘導したとして、その後王位を継いでもその威光は地に落ちている。自分が為政者になったとて、失敗することは目に見えているのに、なんと愚か者なのか。王位簒奪を目論んでいたとすれば、先代の戦争王が亡くなった後、王太子とその息子の長男次男が連続で死んだのも胡散臭いことこの上ないな。裏には他国の干渉があったかもしれないな」
本当に珍しいことに、兄皇太子はその端正な顔を歪ませて、そう言った。
「他国ですか。他国の王家が関与していたと?どこの国かしら?え?ハデス王国じゃ!オフィ姉様が?」
マリアンナは驚いて、叫び声を上げてしまった。
「落ち着け、マリー。あのオフィーリアとアルベルトがそんな壮大な計画を練れるはずはない。あるとすれば、大陸の覇権を狙っている国か、アレス王国を恨んでいる国だろう。大陸の覇権を狙っているといえば我が帝国であるが、あの女帝陛下がそんな大層なことを考えることはない。リンネ王国の国王も我が帝国と続く戦さに加えて、反対側のアレス王国と戦争をするはずはない。ユメテス帝国は長く内乱が落ち着かないので間の国々を飛び越えて、アレス王国を得ようと戦争を仕掛けるとは思えない」
うーむと、目を固く瞑り、組んでいた手を顎に当てて兄が考えこんだ。
「そうだわ。海を渡った島国のロンド王国の植民地が新大陸に有りますでしょ?
彼の国は海外の植民地から富を得ておりますが、余りの圧政に大規模な独立戦争が起こりますの。
その年が、わたくしが嫁いだ年からですわ。ですから夫アレス国王は在位期間の始めから革命までずっと植民地側の資金援助を行いますの。
ただ、それを決めたのは勿論先代の戦争王とその取り巻きたちで、11才で国王となった幼い王が止めることは出来なかったとは思いますけれど。その支援金が膨大で、そのせいで財政の急速な悪化が起こったと、幽閉されている時に、侍女として仕えてくれたアンリエッタが教えてくれたのです」
マリアンナは、パンと手を打つと身を乗り出してそう兄へと告げた。
徐に閉じていた目を開いて、マリアンナの目を覗き込みながら尋ねた
「その信憑性は?アンリエッタとはどのような者だ」
「アンリエッタの父親は戦争王の下で外務省の最高書記官となった人物で、彼女の弟は革命時に外交官として他国へと赴いていたはず。彼女自身も数ヵ国語を操るとても賢い女性で、幼い王女のガバネスもお願いしたくらいの才媛で。その彼女が教えてくれた話ですもの、信憑性は高いのでは。まあ、信憑性も何もこれはそもそも夢の話なのですけれど」
マリアンナも兄の目を見つめるとしっかりとした声でそう伝えた。
兄はもう一度腕を組むと、眉間に皺を寄せてまた尋ねてきた。
「そうだな。夢の中で、その後、他国がどうなったかはわかるか。我が帝国のことなど」
マリアンナは首を左右に振り答えた。
「わたくしが帝国と連絡を取らないようにだと思うけれど、厳しく外の情報は遮断されていて。王女の教育の一貫として、ガバネスであったアンリエッタから、話を漏れ聞く位しか出来なかったわ」
「なるほど、お前の予知夢は壮大だな。これからも予知夢を見たら教えてくれ」
兄はいつもの冷たい顔つきに戻した。
どうやら、このお茶会はここで終わりのようだ。
マリアンナはすっと立ち上がると、スカートを掴み膝を折って略式の挨拶をした。
「勿論ですわ、お兄様。お呼ばれとても嬉しゅうございました。またの機会をお待ちしておりますわ」




