第10話 皇太子カールヨハン1世と妹の密談 2
本日2話投稿致します。
「お前の悪夢が、予知夢だということは姉上から聞いていた」
兄カールからの突然の告白に、マリアンナは目を見開いて驚きの声をあげそうになったが、叫び声はゴクンとなんとか飲み込んだ。
「カロリーナが姉上に打ち明けて、私は直ぐ姉上から聞かされた。正直その時は何を世迷い事をと思ったが、暫くして姉上の婚約者がアルベルトに決まり、オフィーリアが奴に横恋慕を始め、周りが眉を顰める中陛下だけが味方する素振りを見せたのでな。お前の予知夢とやらが、侮れないと思い直し、姉上と共に注視していたのだ」
「まあ、」
マリアンナは感嘆の声しかあげられない。
「だいたい3つの幼いお前が、不貞者たちだのなんだのと、どこで覚えたかわからぬ言葉を吐いたのでな、それ自体も見過ごす訳にはおれぬ。侍女やメイドの陰口か噂話かと調査しても、そんな話は流布しておらず。どういうことかとカロリーナから定期的に姉上と共に話を聞く機会を持つようにしていたのだ。
結果、厄介者の不貞者たちを上手く対処ができた。この先も手は打ってある。
さて改めてお前に聞きたいのだが、結局、この先、帝国はどうなる。帝国の王女に罪を着せて、革命を起こし、王妃を処刑して得する者は誰なのか、お前が見た予知夢を詳しく聞きたい」
マリアンナは目を皿のように見開いて兄皇太子を見ていた。
1度目の世界を合わせても、たぶん今が一番兄から話しかけられていると思う。
1度目の世界で、隣国へと嫁ぎ始めこそ国民の歓迎を受けて迎え入れられたが、その後は坂道を下り落ちるように悪評を撒かれ、それを危惧した母の女帝マリアから叱責の手紙が山と届けられた。
母から王宮内で有力な味方を作れ、国王と仲を深め直ぐにでも子を成せ、王妃としての地位を築けという指示は、それこそマリアンナが切望していることだった。
だが、婚姻して間もなくからお世話係としてマリアンナに寄り添った先代の国王の王女である叔母たちは、マリアンナの名を騙りながら、王妃の予算を勝手に流用し私服を肥やすことに執心していた。
それを見聞きした国王である夫は、マリアンナを毛嫌いし、初夜の晩、夫妻の寝室、心細く待つ妻を長く待たせたあげく、
「これはお前の母親が正統な継承権も持っていないにも関わらず帝位を継いだことに端を発した王位継承戦争の終結による和睦の証としての政略結婚だ。だが、私はお前を愛することはない。ここはお前たちアブスブルゴ家の我が儘が許される場所ではない。弁えよ」
苦々しい顔つきで、鋭い視線で、そうマリアンナへと告げると、寝室を後にしたのだった。
その後、国王とは没交渉が続いた。
だいたい、嫁いだ年は11才と幼く、デビュタントさえ迎える前だったのだ。夫婦の寝室で何があるとも思えなかったが、同じ年の国王と王妃として、仲睦まじくとはならなかった。
15才となり、アレス王国でデビュタントを迎える時に、随分久しぶりにエスコートの為にとやってきた夫の顔を見て、こんな顔の人だったのねとすっかり忘れていた顔をまじまじと見てしまったほどであった。
成人してからも、公務としてどうしても同席しなければならない場や王宮での舞踏会を除き、没交渉は継続されることとなった。
子供など出来るはずもないのである。
それなのに、いつまで経っても子を孕まないとマリアンナを責める声が大きくなっていったのである。
マリアンナ批判の急先鋒は、オルリンズ公爵シャルルであった。
マリアンナの知らないところで、王妃の予算を流用され、名を騙られて悪事を擦り付けられていることに気がついた時には、マリアンナの居場所はアレス王国の王宮内にはどこにもなかったのである。
神聖信仰は離縁は認められていない。母が祭祀のトップである女帝であるマリアンナもまた敬虔な信者であった。離縁するという選択肢がそもそも無い中、取りうる選択肢は出奔して王宮とは一線を画すより他に思い付かなかったのだ。
そうして、王都の外れの森の中に建つ離宮で、帝国から付いてきてくれた侍女と護衛、王宮で数少ない味方をしてくれた者だけで、ひっそりと暮らし始めたのである。
離宮での暮らしは穏やかで、平民の格好をしてメイドについて市場へとお忍びで買い物をしたり、平民が通う教会の礼拝に参加したり、その周りの孤児院や治療院へと慰問へと通ったりとして過ごしていた。
離宮での生活費は、輿入れの際に帝国から持たされたマリアンナの個人資産から賄われていた。
帝国でも、後宮の奥、王女たちの建物の中でしか暮らしたことが無いマリアンナは、初めて見聞きする平民の暮らしに衝撃を受け、自分の不甲斐なさを感じていた。
貧しくて亡くなる者、生きる術を持たぬ者、弱い者が虐げられている現状を目にして、それを改善する立場にあるはずのマリアンナ自身が、その職務から目を背けていることに気付くも、どうしようもない現実を憂いた。
マリアンナには、知恵が足りていなかった。
力も人脈も、為す術が無かった。
だから、精一杯出来ることを考えて、手紙を書いた。
返事など返ってこない。
それはそうだ、随分長く没交渉であったのだ。
でも、その者に訴えるしか思い付かないマリアンナは日に何通も何通も手紙を書いた。
その手紙の締めの言葉は、毎回同じ文章だった。
『どうかこの内容が本当かと疑ったなら、一緒に平民街へと赴いてください。困っている人がたくさんいるのです。民草へ御慈悲を賜りたいのです』
ある日、ひっそりとした馬車が夜の離宮を訪れた。
少ない供をつれた、もう随分と会っていない夫であった。
夫は送った手紙を全て携えてやってきた。
「これはどういうことだ」
表情の無い顔つきに、冷たい声。
「今、市井の者たちの生活が急速に悪化しているのです。恥ずかしながら、わたくしにはどうしたらいいのかという、知恵が無いのです、伝手も無いのです。どうぞ、陛下の御慈悲を、弱い者にお与えください」
そう言ってマリアンナは膝を折り頭を下げて願い出た。
「ここに来る前、王妃の歳費を調べた。この離宮には一切歳費が渡っていなかった、今はどうしているのだ」
変わらぬ冷たい声で問われた。頭を上げることも許されなかった。
「嫁ぐにあたり帝国から財産を譲り受けております故、それを使っております」
「ああ、済まない。ここは貴女の邸だ、楽にしてくれ。王妃の予算は、王妃が居ないにも関わらず変わらず支出超過で使用されていた。精査させると叔母上たち、その身内が長らく私的流用をしていることがわかった。王妃には申し訳ないことをした」
マリアンナが、その内容に驚いて顔を上げると、夫である国王が頭を下げて謝罪していた。
「まあ、陛下、頭をお上げになって。謝罪を受け入れます。そのお話はまた詳しく。市井の者のお話を聞いて頂いても?」
「君は私が思い込んでいた、聞かされていたような人ではなかったのだな。本当に申し訳無いことを」
夫は後悔を滲ませた苦しそうな顔で再度謝罪を口にしたのだった。
それから、夫とお忍びで平民街や孤児院、治療院、教会などを見て歩く機会を持つようになった。
孤児やスラムの対策に予算を割くようになり、王宮で渦巻く王妃の悪評も夫は払拭しようと動き出した。
これまでの謝罪として、離宮はマリアンナへと譲渡され、正式にマリアンナが離宮で暮らすことを認め、度々王も訪ねてくるようになった。
マリアンナが嫁いで10年を経て、やっと夫婦となったのである。
待望の子供にも恵まれ、王女と次代の王となる王子も誕生したのは、革命が起こる前年のことだった。
国王との仲は深まり、家族としての絆は結ばれてはいたが、マリアンナを取り巻く悪意の噂は、加速度的に悪化していたことを知らされていなかったのであった。
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17時に次話投稿致します。




