さようなら、たったひとつの
※ 人死にあります
2024年2月21日 日間総合ランキング 7位
ありがとうございます!
重い話なので、こんなに読んでもらえるとは思いませんでした。
22日 5位になってる…いいんでしょうか。
もう一度登場人物の心理を考えるのがしんどいのでコメント返ししてないのですが、感想ありがとうございます!
書いた本人より深く読み込んでいただき幸せです。
「俺たち、婚約解消しないか?」
と、婚約者のディーゴが言った。今日は紅茶よりコーヒーにしよう、くらいの軽さで。
明るいカフェの席に向かい合って座って、私は何も言えずに彼を見る。
「俺さ、乗馬とかカヌーとかクリケットとか好きだけど、メアリは外で遊ぶの嫌いだろ? 夜は色んなお店で飲みたいけどさ、メアリは飲み屋に興味無いし。俺たち全然合わないと思うんだ。それに…」
ああ、生きる気力に溢れてる人は相手にもそれを求めるものなのですね。彼の演説はまだまだ続いてる。
8歳で婚約が決まってから10年。最初は私と一緒に家の中で本を読んでいたあなたは、やがて走り回り、庭を探検し、外に出て友達を作り、恋人を作った。
「わかりました。シルビア様とお幸せに」
私が言ったのは一言だけだった。
三日後、私は窶れはてたディーゴの枕元にいた。
ベッドに横たわるディーゴの顔は土気色でげっそり窶れ、今や指一つ動かせないようだ。
枕元の椅子に座る私を、ディーゴの両親とシルビア嬢が取り囲んでいる。
「あなたに婚約解消を申し込んだ翌日から『だるい』と言い出して、次の日には起き上がれなくなり、今ではこの状態なんだ。何か心当たりが無いだろうか」
「医者に見せても、病気でも毒でも無いって言うの。もうどうしたら…」
ディーゴの両親の、真摯に息子を心配する様子に何を言えばいいのか。いえ、言うべきでは無いのか、私が判断に迷っていると
「ねえメアリ様。ディーゴに何をしたの?」
と、シルビア様に迫られた。それで私をここに呼んだのですね。
返事ができない私に、ディーゴの両親は私が何かをしたと確信したようだ。
「メアリ嬢。本当のことを教えてくれ」
「何かしたの?」
ごまかす方が失礼だと思った私は口を開いた。
「何もしていません…。いえ、今までしていたことを止めたんです」
三人の視線が私に突き刺さる。
「信じられないかもしれませんが、ディーゴ様の寿命は10歳を迎える事はありませんでした。だから、私の寿命を与えていたんです」
私が生まれた家は冷え切っていた。使用人はいたので飢えはしないが、親の顔など見たことも無い。幼い私の遊び相手は、庭の植物と虫だけだった。
そして私には生き物の寿命が分かって、寿命を他から与えたりできるのだと気付いた。
でも、誰にも言わなかった。誰にでも出来ることだと思っていたから。
無意味な私の人生は、寿命のカウントダウンを数えるだけのようなものだった。
8歳になり、婚約者が決まった。
初めて会った婚約者は、寿命が残り僅かなのに、将来の夢の話をして私を驚かせた。
その時、寿命は誰にでも見えるものでは無いのだと知った。
そして、この少年こそ生きるべきだと思った。
「信じがたいが……、確かにディーゴは君と婚約するまで体がとても弱く、とても成人できないだろうと言われていた。そんなディーゴに婚約を決めたのも、生きる励みになればと思ってだ」
そう、初対面の彼は背筋を伸ばすことすらできず、ソファーの背に埋もれるように座っていた。それなのに、彼は未来を信じていた。私が見たことの無い目の光だった。
「勝手な事をしてすみません」
「そうか…、成長して治ったわけではなかったのか」
「何で簡単に信じてるんですか? そんな話信じられるはず無いじゃないですか!」
幼いディーゴを知らないシルビア様がいきり立つ。
「なら、シルビア様の寿命をディーゴ様に繋げましょう。そうしたらディーゴ様は元気になります」
「ちょっ…繋げたら私はどうなるの?」
「シルビア様の寿命が半分減ります」
「ひっ…!」
シルビア様の態度に部屋に冷たい風が吹いた。
「それなら私の命を…!」
と、ディーゴのお母様が申し出る。ああ、こういう母親って本当にいるのですね…。
「残念ながら、同じ血だと溶け合うみたいで、新たな寿命にならないんです」
「ね、ねえメアリ様が何とかできませんか? ディーゴを好きなんでしょう?」
「私には、…もう寿命が無いんです」
部屋を沈黙が満たす。
元々長く無い寿命だったが、ディーゴに半分分け与えたためもう残りは少ない。
「なので、決心はお早めにお願いします」
と言うとシルビア様は
「ええ! 急いで考えますわ!」
と元気に答えた。絶対に時間切れを狙ってますね。ディーゴに聞こえてないといいのですが。
翌週、ディーゴのご両親が私を訪問した時、私はベッドの上だった。
「君は、こんなになるまでディーゴに寿命を分け与えてくれてたんだな…」
「あの子はあなたの愛に報いもせず、婚約解消だなんて身勝手な事を…! なんてお詫びをしたらいいか」
私がしたくてした事なので、ご両親が気に病む事は無いのですが。
「ディーゴは死んだよ。葬儀も終わった」
葬儀にはディーゴの友人が沢山駆けつけてくれて別れを惜しんでくれたが、シルビアの参列だけは許せなかったそうだ。
「ディーゴを助け無かったのは、悲しいけど仕方ない事だと思ってるわ。でも、悲劇の婚約者ぶって、まるで舞台の主人公みたいに大袈裟に泣いて…」
生きる気力に溢れている方は、悲しみも全力なのですね。
怒ったご両親は、彼女を会場から摘み出したそうだ。普段温厚なご両親のその行動は、皆に好き勝手な憶測を生ませるのに十分だったらしい。そもそもディーゴには私という婚約者がいたのに付き合ったのだから。
彼女の淑女としての評価は地に落ちただろう。
お二人は、自分たちの寿命を受け取って欲しいと言った。
私はそれを丁寧に断った。
生きてやりたい事など無いから。
ねえディーゴ。
あなたを愛していたかは分からない。ただ、あなたに未来を見せたかった。
いえ、隣で私も一緒に見たかったの。