天才は常に理不尽極まりない
今日もまた、機械で温められた飯を一人喰らう。
その少年の名前はトモキ。親が他界し、施設で18歳まで暮らしていた。
しかし、高校卒業後には施設を離れ、バイトで食いつないでいた。そんな彼に一通の手紙が届く。
『拝啓、トモキ様。元気にやっておりますでしょうか?久しぶりに会いましょう。 井上大地』
内容は問題ない。問題は差出人だ。『井上大地』というのはこの世で最も成功している18歳のことである。
トモキと同じ中学、同じ教室にいながら彼は中学卒業後に起業し、株の売買手数料で一儲けして億万長者になった。
つまり、トモキと真逆の人種。弱冠18歳にしていわゆる『天才』であった。
浮いていた変わりもの同士、利害は一致したため、すぐに仲良くなった。ただ、中学卒業後は彼の動向などはネットニュースで知る程度だったため、こうやって連絡してくる事自体が奇跡のようなものだ。
手紙が届いた次の日、家のインターホンが鳴る。ドアを開けると、そこに井上大地がいた。短く刈り込んだ髪の毛を更にワックスでかき上げ、スーツをだらしなく着込んだ青年である。
「よっ!久しぶりだな!トモキ。」
玄関口で軽く挨拶を交わし、中に案内する。
「で、なんの用だ?日当一万二千円で働いてようやく生活できている俺を笑いに来たのか?」
座ると開口一番でジャブをかますトモキ。彼にとって、大地が会いに来る理由など一つである。俺を小馬鹿にするためにやってきたに決まっている。
「いやいや。違う違う。」
大地は右手を上げて否定する。ちゃぶ台の前であぐらを崩しながら、カバンから何かを取り出す。
見てみると、A4サイズの紙を取り出してトモキに見せた。
「なあ、新世界ってしってるか?」
言っている意味は分からなかったが、大地の差し出す紙を見て察しがついた。
トモキは焦燥感を持って大地の両手を握りしめ、彼の両の目を見つめて言い放つ。
「俺は今、残念ながら最低限度は幸せだし、初詣には神社に行く上にクリスマスにはキリスト教徒になるフレキシブル宗教に入信してる。申し訳ないが、帰ってくれ。」
最初は言っている意味がわからない様子であった大地も、トモキがなにか勘違いしていることに気がついたのか、
「俺を新興宗教勧誘か何かかと勘違いしてないか?あと、お前は到底幸せそうに見えないということも言っておこう。無精髭一つ見てもなんとなく、わかる。」
実際、売り言葉に買い言葉といった具合で、トモキは幸せとは程遠い場所にいた。毎日安売りの惣菜で食いつなぐ生活に限界を感じていたのも事実である。
…数少ない友人と話すのも、何ヶ月ぶりだろうか。
「話をもどそう。新世界だ。」
例の紙に目を移すと、美しいビーチに赤文字でこう書かれていた。
『新世界へご招待!ペアチケット!』
新世界…ねぇ。
「この新世界っていうのはな、各国のごく一部の、本当に一握りの富裕層のみが行くことのできるリゾートらしいんだ。だがしかし、ここにはなぜかペアでのみしか行くことができない。それで、今回そこにお前と一緒に行こうと思って今日はここに来た。」
ちゃぶ台に対して前かがみに話しかける大地。億万長者らしからぬ姿勢でこちらを真っ直ぐに見つめる。
「富裕層のみなんだったら、もっと金を持ってる友達といけよ。俺は少なくともこういう場所に行くことのできる人間じゃない。」
その言葉が意外だったのか、大地は身を引くと少し間をおいて、
「何いってんだ。金持ちの知人なんていくらでもいるかもしれないけど、『友達』と呼べるやつはお前くらいだからな。良かったな。俺の中でお前が一番金持ってる『友人』だ!」
…そういえば、こいつも俺と同じソロボッチだった。中学時代にひたすら本を読み漁っていた大地と、それを''意識高い系''と揶揄したトモキ。それがいつの間にやら友人と呼べる関係に昇華していたのは全くの偶然である。
「いや…嬉しくねぇし。それってつまり最下位でもあるんだよな…まあいいや。お前に付いていってやるよ。そのかわり、旅費交通費食費宿泊費接待交際費、etc…はお前のおごりだからな?」
奢りという単語に少しも物怖じすること無く、大地は喜んだ。
ちゃぶ台をガタガタと揺らしながら、
「やったぜ!そうと決まれば出発だ!」
すると、出していた安いお茶の水面が徐々に揺れ始めた。それは次第に強くなっていき、やがてバラバラという音も聞こえ始めた。
みるみる大きくなっていく騒音に、思わずカーテンを開けて外を見ると、上から縄ばしごが降ろされているではないか。
「俺が呼んでおいた。ヘリコプター乗るのは初めてか?チャリで通学してたあの頃よりは少しは楽かもな。さあ、いこう!」
まるで俺が行くことをわかっていたかのようなタイミングに言葉を失った。それ以上に、大地がヘリコプターをチャーターしていたことに驚く。クラスで浮いていた、席が隣というだけの関係がまさか本当に空に浮く関係になってしまうとは…
「いきなり過ぎて申し訳ないが、もう時間がねぇ!行くぞ!」
トモキの手を掴んで窓に向かって歩き出す大地。
思わずトモキは抵抗して、
「おい!大丈夫かこのヘリコプター!ちゃんと目的地まで無事に飛んでくれるんだろうなぁ!あとせめて洗濯物くらい干させろ!!!」
大声で叫んだ。こうでもしない限り、ヘリコプターの音ですべてがかき消されてしまう。
大地はヘッドセットを装着しながら後ろを振り向き、同じく叫ぶ。
「お前をビビらすためだけにチャーターしたから、格安プランだ!墜落したらすまんな!!」
そして、今度は縄ばしごを登りながら、目を合わせないように
「あと・・・もう戻ってくることはないから洗濯物は干さなくても大丈夫だよ。」
大地は、ぼそっと呟いた。