その日、彼女は産まれ直した。
あらすじに平安時代とありますが、『もう1つの』平安時代として書いています。所謂パラレルワールドです。
史実とは異なりますし、実在の人物・団体等とは関係ありません。
寒い冬の日。
それはそれは晴れ晴れしい、オタクにとってビッグイベントが終わった日。白い息を吐き、キャリーバッグ片手に戦利品をホクホクとさせながら親友と国道沿いの歩道を歩いていた。
ちょうど自分のマンションの近くで青い瞳の黒猫が目の前を横切る。その黒猫はアオと名ずけて可愛がってた野良猫だった。
「アオ、今日もお散歩?」
笑いながら聞くと、アオはまるで答えたかのようにニャアオと鳴きすぐ側の塀に飛び乗る。
「なにー、美冬。猫の知り合い?」
「そうそう。アオっていうの。近所に住んでるみたいでさー。可愛くって」
「へぇ」
またね、と2人で手を振ると機嫌が良さそうにトコトコ歩いて、また歩道に降りる。
「…ねぇ、アオ渡る気じゃないよね?」
嫌な予感がして美冬は猫の行く末を見つめる。歩道からどう見ても車道に出ようとしているのだ。車道は片道3車線、国道故に交通量が多い。猫が渡るには長すぎる。
「え、嘘でしょ」
「拾ってくる」
「ちょ…!!」
親友の止める声を振り切って、キャリーバッグと戦利品を押し付ける。脇目も降らずに寒空の下国道に出たアオを追いかけた。
「美冬!!!前っ!!!」
ゴオッという大きな音を最後に、何も見えなくなった。
◆❖◇◇❖◆
「んぎゃあ!んぎゃあ!んぎゃあ!」
美しい十六夜の日。取り上げられた赤子は産声をあげる。
「奥様!元気な女の子ですよ」
産婆が恭しく母親の元へ運ぶと、母親は少し顔を陰らせながら自らの子を見つめる。
「……おんなのこ」
「ええ。美しいお姫様にございますよ」
おめでとうございます、と産婆が恭しく一礼し片付けを済ませて2人になった後。
「………なぜ、おなごなのですか」
彼女は大事に大事に自分の娘を抱き締めた。その頬をつたう涙は月に照らされ、哀しくきらめいた。
「不甲斐ない母親でごめんなさい…。貴女を…巻き込んでしまう…」
ごめんね、ごめんね、と何度も謝る彼女を、十六夜の月だけが見ていた。
時は平安。魑魅魍魎が跋扈し人々を脅かす時代。彼女は、彼として、数奇な運命を辿っていく。
◆❖◇◇❖◆
ー3年後。
「……うぇ…?」
十六夜と名ずけられた私は産まれた日の朝に覚醒した。いや、思い出した。
「いじゃよい……え?」
それはもう唐突に記憶が流れ込んできた。
自分は壁サーエロ同人作家(25)で、コミケ帰りに猫の追っかけて、多分じゃなく車に轢かれた。
(…ってアホか!!!何してんだよ私…!!!馬鹿…!!せ、戦利品…!!まだ読んでねぇええぇぇ!!)
バタバタと足を蹴りあげると掛けられた着物がぶわっと浮き上がる。
「にゃんにゃのよこのゆめ…うう、しゃべりにくいいい」
ごろんごろんと寝返りをうってから、天井を見つめる。
(なんだっけ。えっと…はー…。夢じゃないのかこれは。ってことは私、死んだ?)
よいせと身体を起こして自分の手や周囲を確認する。どう見ても歴史の教科書や人気漫画で見たことがある。まるで平安時代のような…。しかも蓄積された3年分の記憶を辿る。
(…これは、転生、じゃなくて、逆生…?うん?逆生って、なんだ………)
どうやら壁サーエロ同人作家(25)は、平安時代に産まれなおして(?)しまったようです。
(私の戦利品ーーーーーーーッッッ!!!)