きみとはなしができたなら『俺のマフラー』
俺のマフラー
色とりどりの毛糸。
それをかぎ針で編んでいく。
もう慣れた手つきで、私は毛糸の玉から糸をぐいっと引っ張り出した。その拍子にころっと転がった毛糸玉が、そのまま机から床に落ちて転がっていく。
落ちた。めんどくさー。と思いつつ、手を伸ばしてそれを取ろうとしたら。横からひょいっと掻っ攫われた。
放課後、学校の図書室。大人っぽい雑誌が並ぶ棚の隣、座り心地の良いイスをひとつ(いやいやカバンの分もだからふたつ)占領し、私が編み物をしていたら。
「なに編んでんの?」
手に毛糸玉を持って、同じクラスの佐藤が立っている。私が催促するように手を伸ばすと、その手のひらの上に毛糸玉を置いてくれた。
その問いになんて返そうかと言いあぐねていると。
「俺のマフラー?」
その冗談に口元だけで笑ってから、心のこもっていない声でチガウヨと言って、私は彼の顔をようやく見た。
その顔は、運動部。日に焼けて、少し色黒。笑うと白い歯がピカっと光る。
運動部の佐藤がなぜ、普段は帰宅部な私に話しかけるのだ?
「食器を洗うアクリルタワシを作ってんの」
「なんだあ」
見るからにガックリと肩を落とす仕草をし、けれどそれから私の前にどんと腰を下ろし、イスをギシッと言わせながら覗き込んでくる。
「食器洗うのって、ふつーこうフワフワしたやつじゃないの?」
モミモミする手つきがちょっとイヤラシい。さすが運動部。
私はその手をバシッと叩いて、イテッと言わせてから、編み物を続けた。
アミアミアミアミ。
沈黙に耐えかねたのかどうなのか、少し間があってから、彼が言い出した。
「……ねえ、俺のマフラー編んでよ」
そんなことを言うもんだから私は今度は速攻で返した。
「手編みのマフラーなんて、ダサくない?」
「そんなことないよ」
「愛を込めて編むだなんて、呪いで首がしまりそう」
「バ……ッカじゃないの。絶対そんなことないって。男はそういうの嬉しいんだよ」
口ごもりながら続ける。
「そりゃあ、愛が込められてたらさあ、なお良しだけどなっ」
「そっちのが怖いじゃん」
つと。かぎ針の手が止まる。途端に編みが重くなったのだ。毛糸を引っ掛けて引き抜くための輪っかに針先が通らない。ギチギチに締まっている。
「怖くないよ、別に。ってか、作ってよ」
毛糸の先を見る。
彼が頬杖をついている。その肘が、私の視線が辿った先、毛糸玉をぎゅむっと潰している。
ああ、だからか。
「ちょっと、それ」
私がかぎ針でそれを指摘すると、指された自分の肘を見て、ああごめんとどける。
ようやく軽くなった毛糸をぐいっと手繰り寄せると、編み込みを再開した。もう手馴れたもので、エンピツで字を書くような感覚で、すらすらと編んでいく。
「それ、おもしろいの?」
少しぶーたれた声。
「おもしろくはない」
「だったら、マフラーとかの方が良くね? マフラーとかなら作りがいがあるんじゃね?」
「……うん、そうだね」
私はとうとう編んでいた手を止めた。
「これ、バザーに出すの」
彼がだらーっとしていた頬杖をやめて、ぴゃっと背筋を伸ばした。ガタンとイスが鳴った。
「え、マジか。あのチャリティーの?」
「うん、そう」
そして私は、はあっとため息を吐いてから、再度、毛糸を手繰り寄せる。すると、いつのまにか。
彼が毛糸玉を手にしていて、毛糸を少しずつ引っ張り出してくれている。
それを見て、心で笑ってから(決して顔には出さない)、ゆるやかな動作で私は編み込んでいった。
慣れてくると、このかぎ針編みはかぎ針が自分の手の一部のように動かせるようになる。
私が無言で編んでいくのをどう思ったか知らないけれど。
「ねえ、俺と結婚してよ」
今度は、ぶはっと吹き出してしまった。
突拍子もない子だとは思っていたけれど、さっきまではまだマフラー編んでとかって、可愛いもんだったじゃない?
底から湧いてくる笑いに、身体を揺らしながらも、私は手を止めなかった。
盛り上がる頬の筋肉で、私が珍しく、本当に珍しく、心から笑っていることを知る。
「返事は待つよ」
オトコマエだなおい。はああぁ、おもしろ。
私がさらに毛糸を引っ張ると、それから彼が毛糸をするするっと送り出す。
まあいい、たまには彼を喜ばそう。
「……息ぴったりだね」
そう言った言葉に。
「初めての共同作業です」
おなかを抱えて笑った。
教室でもどこででも、いつもひとりぼっちでいる私に話しかけてくれる、君へ