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あいいろの木 冬麗の日に 前編

長岡更紗様主催の「アンハピエンの恋企画」参加している話です。

 寒さが厳しい土地、大地を耕し種を撒き育て収穫を得る時間は短い土地、そこに住まう人々は、神から贈られたとされるカシオス木、それで創られた豊かな森の恵みを頼みとして暮らしている。


 ☆


 ヒュルヒュルルルと風が音鳴き吹く、人が生きている内に一度、出会う事があるかないかの、特別な祭りが執り行われているその宵の夜、村の広場には大きな篝火が焚かれていた。


 そこに集まる村の男達、森での鎮めの儀式が滞りなく終わり、明日の目覚めの儀式を待つばかりの夜、蜜酒を温め熱いそれを酌み交わしていたが、風と共にちらちらと白いものが空から降りてきたのを境に、大人達は、陣からポツリポツリと抜け、女子供が待つ家へと帰って行った。


「婆さんが孫を甘やかすのは定め、うるさく言わんでくれ、ああカエラあの子の毛布(ケット)を持ってくよ、蜜酒も?ああ熱いのを持ってくよ、わかった、気をつけて歩くからね」


 息を白くはずませ家に帰ったガストスは、年老いた母親のマーヤが、納屋に閉じ込めている孫の元に、向かおうとしている時にかち合った。


 妻のカエラは硬い顔をして、おかえりなさいと言うと祭りのご馳走から塩漬け肉を分厚く切り、暖炉の火で炙るとチーズと共にパンに挟む、カシオスの実をひとつ手に取ったが、首をひとつふるとそれを元の籠に戻す。


 代わりに干した野葡萄を木皿に入れると、パンと共に籠に入れた。小さな壺に温めた蜜酒を入れ、熱い湯をそこに注ぎ薄めると布で包む。


 その様子を見ていた兄のシャズが、ばあちゃんだけじゃ心配だから、俺が壺は持ってくよと身支度をこしらえ始めた。


「はああ、シャズにめんどうかける年になったのかねぇ、なんだいガス、心配いらないよ転びゃしないから」


 父さん、アシュも男だ、髭のガストスの息子なんだから、ばあちゃんは任せてくれと厚い毛布(ケット)を着込んだシャズが、カンテラに火を灯すと壺の包みを手に持つ。


 そして、頭からすっぽりとショールを被り、同じ毛布(ケット)で縫った外套を着込んだ祖母に、行こうと声をかけた。


 外はシンシンと冷えていた、雪はチラチラと舞っているが、空は薄くはいたような雲、きらきらと星が瞬いている。


「おお寒い、これだけ冷えるとそうそう積もらないね、まあ初雪はすぐに消えるから」


 うっすらと白粉をはたいたような白の地面を、藁を入れた木靴の二人が歩く。家畜小屋の傍らに建てられている納屋迄は歩いてもしれている距離だか、転ばぬようにと、シャズは祖母に合わせてゆるりと歩く。


 やがてたどり着くと壺を祖母に渡した、カンテラを地面に置く、閂を外しギギギ…………と重い下がり戸を開ける、ヒュッと風が中に入る、藁くずが舞う。


「大丈夫かい?おばあが来たよ」


 マーヤは優しく声をかけた。詰め込まれた藁の山がガサガサと動くと、暖を取る為に潜り込んでいた孫の息子のアシュリが、その声に促され涙で汚れた顔を出した。


「……………男だろ泣くな」


 灯りを中に入れるとギギギ、と両の手で閉めながら背中越しに弟に声をかけたシャズ、泣いてなんかないやいと、もぞもぞと出てきて祖母の前に立つと、くぐもった声で言い返したアシュリ。


「ご馳走を持ってきたよ、熱い蜜酒も、アッシュや」


 藁くずをはたき落としてやりながら、マーヤは布切れをポケットから取り出すと、泣き濡れて汚れた顔を拭いてやる。いつもなら少し大人に近づいている孫に、小さな子供にするような事は、嫌がられるのだがスンスンと鼻を鳴らして大人しくされるがままにしている。


「ほら、兄ちゃんが持ってきたぞ、先ずは飲め!そして食え」


 包みをほどき、藁の上に座った弟に壺を差し出した、彼を挟むように二人も腰を下ろす、いらないよと呟き目を背けたアシュリだが、温かく甘い香りが鼻に届くと、くうぅと腹が鳴る。


「母さんが作ってくれたよ、干しぶどうも、ほら食べな」


 マーヤは冷たい手にパンの塊を持たせる。優しく孫の手を包む。働き者の祖母の手は柔らかい様で硬い、ガザガサとしているが大きく温かい、アシュリにじんわりと熱が伝わる。


 ぶどうくれ、と兄が一粒皿から取ると口に放り込んだ、噛み締め甘い、とニカッとわざとで笑顔作りを向ける。それを見たら身体が動いた弟、朝を食べたきり何も取っていなかった。大きく口を開けるとパンにかぶりついた。祖母はそんな二人を柔らかに眺めていたが、食べて飲み少し落ち着いた様子のアシュリに、ゆるりと話す。


「…………、アッシュや、リージアは晴れ着を着てね、皆がカシオスの葉を集めてね、女子供は別れの式に出れないけど、わたしゃ村長様に頼んでね、お前の代わりに、家を出る前にね、それは綺麗だったよ、笑顔だったよ」


 優しく諭すように孫に話す。祖母はそれを伝えるためにここに来ていた。



 ―――― 夜明けの時アシュリは祖母が持ってきた毛布(ケット)を着込み、森へと向かう、言い伝えが真かどうかを確かめるために。行っておやりと、マーヤが揺れる孫の背中を押したからだ。


 カシオスの木はひと夜で芽吹き、大樹となる。


 それは本当なのか、嘘なのか、確かめる為に薄暗い中を走っていた。聖なる祭りのその朝早く、彼は白い息をはずませてその場所へと向かっていた。


 宵の夜、通しで起きていた村の大人達がまどろむ束の間の時、白の世界の中サクサクと、くるぶしを雪に埋めながら森へと駆ける。


 カシオスの木はひと夜で芽吹き、大樹となる。


 それは本当なのか、ただの言い伝えにしか過ぎないのか、彼はそれを確かめるために、手にカンテラを持ち、サラサラと葉音がする夜明け前の、薄暗い森の中に入って行った。



 ☆☆


  藍色の木が時を終えたようだ。大人達がそう話しているのを、アシュリは、ここ最近寝込んでいる幼馴染のフリージアの顔を見るために、彼女の家に向かう途中でそう聞いた。


「ならば先ずは、しきたり通りに神父様に知らせねば、それからだな」


 その場に居合わせていたアシュリの父親が、眉間にシワを寄せ村の男達と話をしていた。しきたりとはなんだろう?まだ成人を迎えていない彼は、興味がわき父親の側に近寄る。


「ん?アッシュか、子供が聞くもんじゃねぇ、特別な祭りの話だ、ほら行きな」


 息子に気が付いた父親は険しい顔を彼に向けた。大人の話を聞きたい年頃のアシュリ、その好奇に満ちた鼻先で指を振り追い払う素振りをする。


「木が枯れただけなんだろ!大人の話ってつまんねーの!」


 犬の仔の様な扱いに文句をひとつ言い捨て、その場を離れたアシュリ、途中振り向くと知らせを受けた駆けつけた年老いた神父が混じり、陣を組む村の男達はヒソヒソと話をしている。


 アシュリが扉を鳴らす、出てきた彼女の母親が、少し出るから相手をしていてと頼む。相変わらず臥せっているフリージア。寝台の側でアシュリは色んな話をする。


「リージア、なんだっけ?そう!藍色の木が終わったんだって、父さん達が話していたよ」


「コホコホ、ふぅ、そうなの?木が終るってどんなのなのかな、見に行きたいな、寝てばかりでたいくつしちゃった」


「枯れただけなんじゃない?あ、そういやカシオスの木が枯れたのって見た事ないな………、じゃ俺が今から見に行って教えてやるよ」


 そんなのつまんない、父さんも姉さんも母さんも、さっき出かけたから、出ても大丈夫なの、私も見に行くとベッドから出るフリージア。


「だめだよ!見つかったら怒られるよ、広場で何か集まってたもん」


「広場に集まってるなら大丈夫。コホコホ、着替えるから外で待ってて、誰か帰ってきたら教えてよね、コホコホ」


 言い出したら聞かない幼馴染の彼女、仕方ないなぁとアシュリは言われた通りに外で待っていた。しばらくすると、赤いショールをすっぽりと被った彼女が出てくる。アシュリはどきん、とした。


 器量良しと言われているフリージア、栗色の髪はおさげに編んでいる。深い藍の瞳は気まぐれな風が宿っているかの様に、きらきらとしている。赤いショールがそれをひきたてる。


 かわいい、どきどきとするアシュリ。新年の祭りで今年こそは、一番最初に彼女の手を取り踊りたいと思っている。そこで彼はふと気がついた。


「あれ?父さんが、特別な祭りの話だとか言ってたけど………、新年の祭りって雪割草が咲いたらだよな」


「なんの話?新年って、まだずっと先よ、今は野葡萄と、きのこが取れる季節だもの、コホコホ」


 しっかり者の彼女は、せっかく森に行くのだからと、手籠を肘にかけていた。そして誰か帰ってきたら困るから行きましょうと急かされ、二人は森へと向かった。



 ――――「だめ、ちゃんと感謝の言葉を述べてから、樹を揺らさないと、神様に怒られるわよ」


 カシオスの木の実は茂る枝葉の上に実る、それを採るには木を揺らせば、熟したそれがポトリと落ちてくる。アシュリはフリージアに言われて、めんどくさいと思いつつも、幹に手を触れその言葉を述べる。


「恵みに感謝をし、健やかなる眠りを君に捧げん」


 ユサと、樹を揺らす、風が強く吹けば熟した物がポトポトと落ちるそれは、上から葉を鳴らし音立てる、ひとつ二つと、赤子の握りこぶし位の大きさのそれを拾う。


「食べよう、ほらリージア甘いよ」


「木を見に来たんじゃ無いの?コホン」


 緋色の木漏れ日が、ちらちらと踊っている根元に座る二人、拾ったひとつを彼女に手渡す、カシュリと歯を立てそれを食べる。口いっぱいに甘さが広がる。硬く締まった実を噛み砕くと、見かけとは違い果汁がほとばしる。


「甘い、あまいね。おいしい、アッシュ」


「うん、おいしい、えと、何処だっけ?藍色の木この辺りだよな」


 キョロキョロと辺りを見渡すアシュリ、とすん、と肩が重たくなる。見れば今さっき迄起きていたフリージアが、彼にもたれかかりウトウトと眠りについている。


「え!起きて!起きてリージア。だめだよこんなところで寝ちゃ………、だから待ってろって言ったのに」


 明るい緋色の木漏れ日がちろちろと、フリージアの白い頬で踊る。長いまつ毛が閉じられ、御伽話のお姫様の様な顔をして眠っている。アシュリは動いて起こそうかと思うが、少しの間だけならこのままでいたいと思う。


 とくとく、ドクン、彼の中で音が大きく跳ねる、聞こえたら起きてしまうのではと、そして聞かれたら恥ずかしいなとアシュリは思いつつ、肩に感じる暖かさと重みを幸せを、しばらくの間そのままにしていた。


 ………… 葉を落とし、裸になったカシオスの木、カサカサと落ち葉が広がる物悲しいその場所、フリージアが目覚めた後で、藍色の木の元に行き二人して眺めていると、遠くから大人達が近づく気配に気が付く、慌ててその場を離れた。


 家に帰るすがら、茸を見つけて籠に入れる、落ちていたカシオスの実も、秋の恵みを見つけて籠に入れる。野葡萄の房を見つけた。それを採り指先も唇を赤くして食べる。くすくすとフリージアが、アシュリの染まった唇を見て笑う。


 午後の日差しがきらきらと葉を透かす、地に降りる。風が音立て流れる。冬支度に忙しい小さな動物達が、二人の足元をコロコロと駆け回る。それを目にしてかわいいとエガオが弾けるフリージア、アシュリは動物よりも彼女の方がかわいいと、その姿に見惚れた。


 ☆☆☆


 藍色の木が終わった、美しい木目のそれは高く売れると話している大人達、そしてヒソヒソと何かを話している大人達、アシュリの家でもまだ子供の年齢の彼を置き去りにして、ヒソヒソと話している。


 何があるのかな、アシュリは同じ年頃の仲間と出会うとあれこれ話をした。皆何か特別な祭りがあるということだけを、周りから聞いている。大人達の真似ではないが、彼等もヒソヒソと集まり話をした。その場所にフリージアの姿は無い。



「おばさんこんにちわ、リージア起きてる?」


 霜で辺りがカチコチになった日のこと、雪が近いよとマーヤが話したその日のこと、アシュリは朝の手伝いを終えると、彼女の家に向かった。森での日以来外に出なくなったフリージアを、彼は時間が取れる限り、毎日の様に彼女の元に来ている。


「ああ………アッシュ。いらっしゃい、寒いでしょ………入って」


 中に入るとカシオスの煎じ薬の匂いがこもっていた。病が良くならないフリージアの為に、村長を通し領主の許可を取り、いくつかの木の樹液を採取して来ていた。


「おばさん、混ぜるの?」


「ええ、青の木だと少しは効いてたけど、もう………、紺色や黒は強すぎて、ああ、でもそれももうすぐ終わりね、あの子は幸せだわ、あの子はあなたが大好きなの、今までありがとうアッシュ」


 寝室で寝ている娘の元に向かいつつ、目頭を抑えながら話す彼女の母親。


「終わりって?リージアどうなるの?」


 彼の質問に優しく首を振った。それはアシュリの心臓をグサリ刺した。何が?どうなるのと聞こうとした時、部屋の扉が開かれ(せな)を押されて中に入る。


 どうなるの?顔がはっついている。お茶を入れてくるわね、と声がして扉の閉まる音、アシュリはフラフラと寝台の側に寄る。すうすうと寝息を立てて眠るフリージア、ここしばらく寝顔しか見ていない。


「ねぇ…………、リージア、起きて、おきて森にシモツゲの実を取りに行こうよ、朝カチコチだったんだ、甘くなってるよ、フユイチゴも、母さんにパイを焼いてもらおうって、ねえ、リージアおきて、起きて、僕の事好きって本当なの?教えて」


 分厚いキルトに手を触れる、声をかける、起きてフリージアと眠る少女を促した。



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