第4話 二人の秘密
放課後、殆どの生徒は帰宅し数人の生徒が思い思いにスマホを弄ったり、ノートを開いたりして教室に残っている。放課後の教室は先程までの喧騒が嘘のように静かであった。
――あっ! “Fuyuto“さんに返信するのすっかり忘れてた……
スマホの画面を眺めながら、私は大事な事を忘れていたのに気が付く。
何でこんな大事な事を忘れていたんだろう? と疑問に思いながら、昨日から浮かれていた事を反省し、すぐさま“Fuyuto“さんにダイレクトメッセージで返信した。
『Fuyutoさん初めまして! フレンドリー・ファイヤです。返信が遅くなって申し訳ありませんでした。稚拙な文章の小説をいつも読んで頂いてありがとうございます! 晴夢とアナスタシアの素敵なイラストまで描いて頂いてとても嬉しいです。とてもお上手で驚きました。Pixitでイラストの公開は是非お願いします。それと、お願いがあります。イラストをこちらの小説の挿絵として使用させて頂いてよろしいですか? それではお返事お待ちしています』
素早くメッセージを送り、返信が遅くなった事で機嫌を損ねていないか心配しながら“Fuyuto“さんからの返事を待つ。
「おお! やっと来た!」
返信を終えてひと息吐いたのも束の間、前方の少し離れた席に座っている男子が声を上げた。彼はクラスで特に目立つ事の無い印象の薄い、いつも眠そうにしてる男子だったが、神代くんの事はちゃんと覚えている。
そんな神代くんの独り言は、呟きにしては大きな声だったせいか、教室の他の生徒から注目を浴びていた。だが彼は、そんな事を気にする様子もなく熱心にスマホの操作に興じている。
神代くんの呟きで意識が奪われてから一分も経たない位だろうか、ピロンとスマホからの着信音により彼に向いていた意識が中断される。
通知の内容を確認すると『Fuyutoさんからダイレクトメッセージが届いています』と“めざし“からメッセージ着信のお知らせだった。
――返信はやっ! メッセージおくってから、まだ1分くらいしか経ってないわよね?
メッセージを開くと、ついさっき送ったイラストを挿絵の利用をお願いする返信に対する“Fuyuto“さんからの返事だ。
『こんにちはFuyutoです。返信ありがとうございます。挿絵の件ですが是非使ってください。後で高画質の画像も送りますので、よろしければ加工して使ってください』
「やった! 挿絵で使える!」
喜びのあまり思わず大きな声を出してしまい、恐る恐る周りを伺うと他のクラスメイトからの視線が自分に集まっている。通学路での鼻歌で注目されていた事も思い出してしまい、カーッと身体中の血液が顔に集まってくるのが自分でも分かった。
少し気持ちも落ち着いた頃、前方の席に座っていた神代くんが立ち上がり、彼の手に持ったノートから何か白い紙の様な物がハラリと落ちたのを視界の隅で捉えた。落とし物に気付かず彼が教室を出ようとしている。
「あっ! 神代くん、何か落としたよ!」
声を掛けながら神代くんに駆け寄り、拾った白い紙を何気なく見る。紙に描かれたモノが目に飛び込んだ瞬間、私は驚きを隠せずに呟いた。
「晴夢……アナスタシア……?」
そこに描かれていたのは、昨日から嬉しくて何回も見た“Fuyuto“さんの描いた晴夢とアナスタシアと同じイラストだった。
――なんで神代くんが……
教室を出ようとしていた歩みを止め、振り返り何かを言い掛けた神代くんは、私の呟きを耳にした瞬間、驚愕に目を見開き私と目が合った。お互いに見つめ合った数秒間であろう沈黙は彼の一言で終わりを告げる。
――フレンドリー・ファイヤ……?
神代くんの呟いたその一言で全てを悟った私は、慌てて神代くんの手を掴み教室から廊下に半ば強引に引っ張り出した。
「お、おい……」
「いいから! こっち来て!」
私にいきなり手首を捕まれ、殆どの生徒が帰宅して人気の無い放課後の廊下まで半ば無理やり引っ張り出された神代くんは、呆然としたまま言葉が出ないようだった。
――ああ……そうか……“Fuyuto“さんは神代くんだったんだ……
私の小説を読み気に入ってくれてイラストを描いてくれた、ついさっきまで教室内でメッセージのやり取りをしていた、そんなスマホやパソコンの画面を通してだけの近いようでいて遠い存在が、実はこんな身近にいたクラスメイトだったなんて、驚きと同時に嬉しさのようなモノが込み上げてくる。
「もうお互い分かっているとは思うけど……」と私は前置きをし、「神代くんがFuyutoなんだよね?」と未だ呆然としている神代くんに問い掛けた。
「あ、ああ……」
神代くんは絞り出すように肯定した。
「そっか」
神代くんも何か思うところがあるのだろう、歯切れの悪い返事だった。クラスメイトではあるがお互いロクに話した事も無い異性と突然、思いも寄らない接点が出来たのだから戸惑うのも無理は無い話だと思う。
私だって突然クラスメイトの男子に小説を書いている事と、その内容までも知られてしまい彼の顔を見るのが恥ずかしい。
だけど……そういう思いとは別に、今まで誰にも話す事の出来なかった小説という私の一部を、誰か知ってる人と共有できた事が嬉しくもあった。
知られたくないけど知ってもらいたい、そんな矛盾した気持ちを抱えていた事も事実だ。
「秋月さんがフレンドリー・ファイヤなんだよな?」
「そうだよ、初めましてFuyutoさん」
「えーと……初めまして、フレンドリー・ファイヤさん?」
「うん、この度はイラストを描いてくれてありがとうございました」
私は直接お礼を言える事が嬉しくて、お腹の前で手を重ね、丁寧に腰を曲げ、まるでメイドがご主人様を迎えるような仕草で感謝の言葉を伝えた。
「でも、その呼び方は学校で止めて欲しいかな。学校の人には小説の事は内緒にしてるから」
「そうか、じゃあ秋月さん?」
「友火でいいよ」
「でもなあ、いきなり下の名前で呼ぶのはハードルが高いというか何というか……」
「じゃあ、上でも下でもどっちでも良いよ。呼び易い方で呼んでくれれば。でも……ペンネームでは、ぜーーーったいに呼ばないでよね! もし、みんなにペンネームバラしたら神代くんのPixitにエッチなイラスト載せてるのバラしちゃうからね!」
「え⁉︎ 言わない言わない! 絶対にバラさないからそれだけは止めて!」
神代くんの慌てようが本当に必死で、絶対に知られたくないというのがよく分かった。
「くそー、何でこんな事に……」
頭を抱えている神代くんが面白くてクスクスと私は笑ってしまった。
その笑ってる私の様子を見た彼は言う。
「俺にとっては笑い事じゃないんだぞ。今後の学校生活を二次元美少女オタクの烙印を押されて過ごすかに掛かってるんだからな」
確かに二次元美少女好きとかクラスで烙印を押されてしまったら、一部の理解できない層にはオタク扱いされる事は予想できる。だけど私は自身もあんな小説を書いているので、二次元美少女とか特に抵抗は無いし理解もある。というか美少女は好きだしね。
「Fuyutoさんが神代くんで良かったよ」
「そ、そうか……なら良かった」
少し照れた神代くんの反応を見て、自分で大胆な事を素で言っちゃった事に気付き、恥ずかしくなり、続けた言葉で更に恥ずかしい事となった。
「え、えっと……身近にいる人で良かったなって事で、か、神代くんが良いなって事じゃないんだから……か、勘違いしなでよね! と、とにかく拾った私に感謝しなさいよ!」
――どこのツンデレキャラの台詞なのよ! と自分でツッコミを入れてしまいそうになった。
「ど、どーも」
神代くんも若干引き気味だ。
「じ、じゃあ私は教室に戻るね。神代くん、呼び止めちゃってごめんね。また明日学校で」
「ああ、俺はこのまま帰るよ。イラスト拾ってくれてありがとな。あのまま他の生徒に拾われてたら面倒になったかもしれなかったし。イラストの事はクラスメイトには内緒にしてくれよな」
神代くんが言う面倒とは、彼が美少女の絵を描いているのがバレる事だろう。
「うん、誰にも言わないよ。今日、私が拾ったのも何か縁があったのかもね」
そう、偶然だがきっと何か縁があるに違いない。確信に似た何かを私は感じた。
「はあ、疲れた……拾ったのが秋月で……しかもイラストを送った相手だったとは……世の中は狭いもんだな」
こうして小説とイラストは私と神代くん二人だけの秘密になった。
神代くんと別れ、教室に戻ると複数の生徒からの視線を感じ、注目されているのが分かる。さっき彼を教室から引っ張り出したのを見られていたせいだろう。
「友火! 冬人と何かあったの⁉︎ なんか二人して慌てて教室から出て行っちゃったけど……友火が男子生徒とどっか行ちゃったって、さっきまで教室がザワついてたよ」
――やっぱり注目されちゃってたか……あの時はとにかく慌ててたから何も考えてなかった。
「べ、別に何もないってば。神代くんが落し物したから拾っただけだよ」
「でも、二人とも教室から出て行って暫く帰って来なかったし……」
教室から神代くんを連れ出した時の一連の行動は、ただ落し物を拾って渡しただけには見えないだろう。だからといって本当の事を話すと小説の事もバレてしまう。そこで私はとっさに思い付いた事を話した。
「えーと、神代くんが落とした紙に何というか……ちょっと……エ、エッチな絵が描いてあったから、つい慌てて廊下に出ちゃったというか……」
とっさの事とはいえ、二次元美少女イラストの事をバラしてしまったのでは? と焦ったが半分は本当だし他に思い付かなかったし、まあ春陽なら口止めしておけば大丈夫だろう……だといいな。
――神代くんごめんなさい! いきなりバラしちゃいました……
彼の顔を思い出し、心の中で拝むように謝った。
「ああ……そうだったんだ。冬人のやつ、絵の事はバレないように気を付けるって言ってたのに」
変な言い訳だったけど春陽は納得したようなので良しとする事にする。
「春陽は知ってるの? 神代くんの絵の事?」
「うん、冬人とは中学から一緒だけど、中学の時に女の子の絵を描いているのが知られてから、イジメって程じゃ無いけど揶揄われてた事があって、高校では内緒にするって言ってたよ」
――ああ、なるほど……だからか……
「そっか、神代くんには内緒にするって言ったのに申し訳無い事しちゃったな。春陽にはバラしちゃったけど……春陽は元々知ってたから結果オーライだね」
バラしてしまった事は棚に上げて、私って結構ズルいなと自分でも思う。
「じゃあ、私は聞かなかった事にしてあげる。口止め料はどうしよっかなぁ〜?」
そんな私の後ろめたさを知ってか知らずか、春陽は口止め料と称する下校途中に立ち寄りして食べるオヤツを要求してきた。
「もう、分かったわよ。何か奢ってあげるから一緒に帰ろ!」
「ごちそう様です! StandBackコーヒー(通称スタバ)のフラペチーノでいいかなぁ? もちろんグランデね!」
「グランデは高いからトールにしなさい!」
「はぁい、それで手を打ちまーす」
「じゃあ、春陽行こう。もう外は暗くなってきたよ」
オレンジ色の夕陽が差し込む教室を、春陽と二人で後にした。
神代くんにバラすと言った時、慌てようが面白くて笑ってしまったが、笑い事では無かった事に申し訳なかったな、と再度心の中で謝まった。