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第30話 もう一人の学園一 ④

 俺は”Pixit”で、秋月は“めざし”のダイレクトメールで“Ryo”という名前の人物に呼び出された放課後、旧校舎の屋上に入る手前の扉の前に二人で立っている。


 うちの学校は数十年前のベビーブームの後、生徒が増えた事から校舎を増築した。

 今度は少子化で生徒が減り、今は旧校舎は使われてない教室が多く、新校舎と渡り廊下で繋がってはいるものの、旧校舎側は閑散としている。


 そんな事情もあり旧校舎の屋上はほとんど人気ひとけが無い為、旧校舎屋上が人気の告白スポットとなっている、という話を聞いた事がある。


 今回、下駄箱に入っていたラブレターで呼び出されたとか甘い話ではなく、相手は男だと思われるので、秋月が告白されるという一つの可能性はあるかもしれない。


 俺と秋月が付き合ってるとか相手が勘違いしていれば、一緒に呼び出されたりするかもしれないが……最近、彼女と付き合ってるとか勘違いされるケースも何回かあったので無いとも言い切れない。

 そんな考えは自信過剰かな? そう思いたい気持ちが少しある事も事実だった。


 俺と秋月はお互い目を合わせ頷き、意を決して扉を開け屋上へと入る。

 屋上の入り口から真正面、少し離れたフェンスの前に待ち構えていたのは予想通りの人物だった。

 

「やっぱり“Ryo”と名乗り、メッセージを送ってきたのは桐嶋くんだったか……」


「よく来てくれたね、神代くんに秋月さん……いや、Fuyutoくんとフレンドリー・ファイヤさんかな?」


 俺は横に並んでいた秋月をかばうように一歩前へ踏み出し、桐嶋くんを威嚇するように睨みつける。


「その名前で呼ぶって事は、俺達の活動の事を知った上での行動だよな?」


「もちろん」


「一体何が目的でわざわざこんな回りくどい方法で呼び出したんだ? こんな所に呼び出すって事は他人に知られたく無い話があるんだろ? メッセージじゃダメだったのか?」


 桐嶋くんの意図が分からず焦っていた俺は、相手の出方を伺う事なく矢継ぎ早に質問をした。


「この屋上は女子に何回も呼び出しされて告白された事もあったから、話をするのにうってつけだと思ってね。わざわざ来てくれてありがとう」


 焦っている自分とは対照的な桐嶋くんは冷静にそう語った。

 それに……と付け加えて桐嶋くんは話を続ける。


「とても大事な事だし、メッセージではこの気持ちが伝わらないだろうと思ってね。直接話がしたかったんだ」


 この気持ちと言っていた……やっぱり秋月の事を気に入っていて口説くつもりか。


「秋月が目的なんだな? 内緒にしている小説の投稿を黙っているいる代わりに、交際を迫るつもりか?」


「……うん? 何か誤解しているようだね」


「違うのか?」


「仮に僕が秋月さんに交際を迫ったとしても、今回、神代くんを一緒に呼び出す理由が無いと思わないかい?」


 桐嶋くんの言うことはもっともだが、俺は少しだけ、ほんの僅かな可能性の話を切り出す。


「俺と秋月が付き合ってると桐嶋くんが思い込んでいて、別れさせる為に一緒に呼び出したのかもしれない」


「ち、ちょっとアンタ何言ってんのよ!」


 今まで黙って俺たちの会話を聞いていた秋月が慌てて話に割り込んできた。


「ほ、ほら、最近付き合ってるとか何回も勘違いされてるし可能性もあるだろうし……」


 秋月と付き合ってると勘違いされてる事が最近多いのは事実で、本当は少し嬉しかったりする。だから一つの可能性として、二人はお付き合いをしてる、と勘違いされてたらいいな、という俺の願望が今の発言に繋がっているのかもしれない。


「神代くんが秋月さんを大事に想ってる事は分かった。でも……僕はそんな二人の恋路を邪魔するような無粋な真似はしないよ」


「こ、恋路とか何言ってんのよ! わ、私とコイツは何でも無いんだから、か、勘違いしないでよね!」


 秋月はこの手の話になるとツンデレ属性になるようだ。

 そんな様子の秋月を微笑ましい笑顔で眺めている桐嶋くんが更に続ける。


「あはは、秋月さんは照れ屋だね。お二人はお似合いだから僕は応援してるよ。秋月さんには失礼な言い方かも知れないけど、僕は女性としての秋月さんには興味は無い。だから神代くんも安心していいよ」


 女性としての興味が無いと言われて俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

「それは……どう言う事なんだ?」


「よく考えてみて。Fuyutoとフレンドリー・ファイヤに共通してる事は何だい?」


「……イラストと小説?」


 秋月が答える。


「そう、僕はね……二人のファンなんだ。Fuyutoとフレンドリー・ファイヤのね」


 桐嶋くんのまさかの発言に、俺と秋月は顔を見合わせ呆然としてしまう。


「ここからが重要な話なんだ。なぜ人に聞かれないように二人だけをこんな所に呼び出したのか。これから話す事は三人の秘密にして欲しい」


 桐嶋くんが、それ程までに秘密にしたい事……興味はあるが聞いてもいいのだろうか?


「もちろん秘密にするけど、わざわざ話す必要があるのか?」


「ああ、これから二人に仲良くしてもらいたいから、さっきみたいに秋月さんを狙ってるなんて誤解されないように知ってもらいたい」


 誤解から秋月を狙ってるなんて勘違いをしてしまい、俺は恥ずかしくなった。


「分かった。約束は守るよ」


 秋月も無言でコクンと頷き同意する。


「うん、そうしてくれると助かる」


 安心したように頷いた桐嶋くんは更に続けた。


「僕はね……アニメやマンガが大好きなんだ。もちろん小説もね」


 桐嶋くんのまさかの趣味に俺は驚いた。こんなイケメンがまさかオタクだったとは。


「さっき女性としての秋月さんに興味が無いって言ったけど、正確には――僕は生身の女性には興味が無い」


「「え゛っ⁉︎」」


 衝撃的なカミングアウトに思わず変な声を出してしまい、同じように変な声を出した秋月と被ってしまった。


「イラストの美少女や小説のキャラクターが大好きでね。Fuyutoのイラストとフレンドリー・ファイヤの小説のヒロインは素晴らしかった。元々二人のファンだったんだ。まさか二人がクライスメイトだったとは思わなかったよ」


 なんという残念なイケメン……まさかの事実に秋月も呆然としている。


 だから今まで数多くの告白を断ってきたのか……生身の女性に興味が無いから……なんというイケメンの無駄遣い! 秋月にすら興味を抱かない男がいるとは驚きだ。


「に、二次元の美少女にしか興味が無いのは分かったわ……でも、私とコイツがどうしてFuyutoとフレンドリー・ファイヤだと特定できたの? Fuyutoはまだしも、私のニックネームなんて友火から普通は想像付かないでしょう?」 


 秋月が呆れながらも絞り出すように桐嶋くんへ疑問を投げ掛ける。自分と秋月の関係性をどうやって突き止めたのか……それは俺も知りたいところだ。


「いつだか二人はビックリカメラで痴話喧嘩をしていたのを覚えているかい? あの場に僕はいたんだよ。神代くんの事は知らなかったけど、秋月さんは有名だったから顔は知っていたんだ。液タブにアナスタシアのイラストを神代くんが描いて残していっただろう? Pixitに投稿していたアナスタシアのイラストを思い出して、神代くんとFuyutoが繋がったのさ。後は秋月さんの名前を見ればフレンドリー・ファイヤと直ぐに分かったよ」


「ち、痴話喧嘩だと思われてたの⁉︎ 公衆の面前で何て恥ずかしい事を……い、言っておくけどアレは痴話喧嘩じゃ無いからね! か、勘違いしないでよね!」


 秋月は痴話喧嘩と思われていた事に衝撃を受けているようだが……気にするのはそこじゃ無いと思うぞ……俺たちは身元を特定できる証拠をかなり残していってしまった、という事の方を心配した方がいいと思うんだが。


「なるほど……そういう事だったのか……桐嶋くんは元々俺たちのファンだった。ビックリカメラで偶然にも俺たちを目撃して、アナスタシアのイラストを見て確信したと。そういう事だよな?」


 俺は今までの事を要約し桐嶋くんに確認した。


「そういう事だね」


「はあああ……! そんな事だったのかよ⁉︎ 二人で呼び出されて何が起こるのかと思って凄い心配しちゃったよ!」


 桐嶋くんの返事を聞き一気に気が抜けてしまい、俺はその場にヘタり込んでしまった。


「僕に秋月さんを取られてしまうとか心配したのかい?」


 いつもクールな桐嶋くんにしては珍しくニヤニヤしながら尋ねてきた。


「そ、そんな事は心配してないけど……さ……」


 否定してみたものの実は内心では思い切り心配していたので、図星を突かれた俺は言葉を濁してしまう。


「あはは、ラブコメのような君たちの関係の邪魔をする気もないし、バラしたりしないから安心して」


 まさかのラブコメのような関係と揶揄やゆされてしまうとは……


「今回は紛らわしい呼び出しをした事は謝るよ。もう少し上手くやれれば良かったんだけど思い付かなくて。申し訳なかったね」


「いや、いいんだ……俺たちも迂闊だったし次から気を付けるようにするよ」


 今回は身バレはしたものの相手に悪意が無かったから良かったようなものの、脅されたりするような事もあり得る事は考えておかなくてはいけない。


「うん、それなら良かった。これからも仲良くして下さいね。神代くんに秋月さん」


 桐嶋くんは満面のイケメンスマイルだった。


 そう……実に残念なイケメンくんが秘密を共有する仲間に加わったのだった。

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