第29話 もう一人の学園一 ③
俺たちは後ろの席のドア付近に集まっているせいか、廊下側の音も良く聞こえてくるようで、聞き覚えのある声が教室に近付いてくるのが分かった。
「ねえ、上級生の教室にいきなり行くのは止めようよ」
「美冬ちゃんのぉ、お兄さんもいるんだしぃ大丈夫ですよう」
――ん? 今、美冬って聞こえたような……気のせいか?
「冬人せんぱあーい、遊びにきましたあ」
教室の後ろのドアから躊躇なく一人の女子生徒が教室内に飛び込んで来た。緩いパーマをかけた見覚えのある可愛い女子生徒が俺の腕にしがみ付いてくる。
「夏原⁉︎ 美冬も? 二人とも何しに来たんだよ?」
妹の美冬は教室のドアに隠れて廊下側からこちらを伺っている。
「もちろん、冬人先輩に会いに来ましたあ」
「私は止めようって言ったんだよ? でも奏音ちゃん冬にいがいるから大丈夫って」
美冬は申し訳なさそうに周囲を気にしながら教室に入って来た。うちの妹は身内贔屓を除いても美少女だ。教室に入ってくるなり男子生徒の注目の的となった。
「あの二人メチャ可愛いけど何?」
「咲間に続いて、またアイツのとこかよ」
「一年生みたいだけど、どういう関係? アイツの彼女? 腕組んでるぞ」
突然乱入してきた美少女二人に再び教室内が騒ぎ始めた。
春陽、美冬、夏原とタダでさえ注目度が高い美少女が三人も揃ってしまい大介、誠士を加えて、秋月、桐嶋に続き俺の周りは第三の人集りになってしまった。
何気なく秋月を囲む集団に目を向けると……彼女と目が合う。その目はジト目というのだろうか、呆れてものが言えないといった感情が込められているように感じた。
その直後、ガタンとイスを鳴らし秋月が席を立った。
「ごめんなさい。ちょっと席外します」
そう言って秋月は教室から出て行ってしまった。トイレかなんかだろうか?
「あ、美冬ちゃん久しぶり! 同じ高校に入学したって話は聞いてたよ! また一緒に遊びましょう!」
春陽は中学生の頃に何度も妹と一緒に遊んだ事があり、美冬との再会に喜んでいるようだ。
「春陽さんお久しぶりです! これから一緒の学校なのでまた仲良くして下さいね!」
「うん! よろしくね! ところで……あの子は誰かな?」
春陽が俺にしがみ付いている夏原を指差す。
「私のクラスメイトです。お兄ちゃんと同じ教室に通ってて同じコースを受けてるって言ってました」
「あーイラスト教室の……またライバル増えちゃうのかあ……」
「春陽さん何か言いました? ごめんなさい……ちょっと聞き取れませんでした」
「う、ううん、何でもないよ。気にしないで」
春陽が俺と夏原に歩み寄り近付いてきた。
「初めまして。私は咲間春陽っていうの。冬人の幼馴染みみたいなものかな?」
夏原に幼馴染みと自己紹介する春陽だが、中学からの付き合いだから幼馴染みっていうほどでも無いような気がする。
「はじめましてぇ、夏原奏音でえす! 春陽さんですかあ……素敵なぁお名前でえす! それにい、ショートカットがとてもお似合いですう!」
「奏音ちゃんて言うんだ? 奏音ちゃんもすっごくカワイイね!」
春陽はショートが似合ってると夏原に言われてご機嫌のようだ。
「はあい、高校にぃ入学する前わあ、結構地味だったんですけどお、冬人先輩の為にぃ頑張りましたぁ!」
「そっかあ、冬人の為に……奏音ちゃんは可愛いけど……負けないからね!」
「春陽先輩だってえ素敵ですけどぉ、私もぉ負けませんからあ!」
お互い何に対抗心を燃やしているのか分からないが、キャッキャと女子トークに華を咲かせる二人は、秋月の時と違って相性が良さそうで安心だ。
「春陽さんといい奏音ちゃんまで……冬にいが知らない間にモテモテに……」
美冬が何か勘違いしているようなので、誤解が無いようにキチンと説明しておく必要がありそうだ。
「美冬、勘違いするなよ。夏原のアレはイラストの技量に対してのクリエイター特有の憧れみたいなもんだからな。春陽は幼馴染みの腐れ縁みたいなやつだよ」
「はあ……春陽さんも苦労しそう……冬にいの朴念仁ぶりも大したもんだよね」
美冬にまで朴念仁呼ばわりされて、溜息まで吐かれるとは少し悲しくなった。
ピロン♪
スマホに何か着信がありポケットから取り出し確認する。
「げっ! 夏原、メッセージ確認するからちょっと離れろ」
「はあい」
夏原を引き剥がし集団から距離を取り、スマホのロックを解除しメッセージを確認する。
『夏原さんに腕組まれてアンタなにデレデレしてんのよ。今日の放課後の事分かってんの? 可愛い女の子に囲まれて呑気なものね』
おお……秋月はこのメッセージを送る為に席を離れたのか? もしかして結構お怒りのご様子?
「おいおい冬人! なんだよこの美少女二人は⁉︎ 腕なんか組んでたし彼女か? 紹介しろよ」
「神代、水くさいぞ。下級生の彼女が出来たのに黙ってたなんて」
「美冬ちゃん! 彼女だってえ……えへへへ」
夏原と妹に面識の無い大介と誠士が彼女だと勘違いしているようだった。夏原も勘違いされてるんだから喜んでるんじゃないよ。
「違う違う! 彼女じゃ無いって。こいつが妹の美冬で、こっちが妹のクラスメイトの夏原だ」
「柳楽さんと月島さんですね。妹の美冬です。兄がいつもお世話になってます」
美冬は初対面で先輩に対して礼儀正しく挨拶をしている。
「美冬ちゃん、兄と違ってシッカリしてるなあ。可愛いし冬人には勿体無い妹だな」
「大介、お前にはやらないからな。っていうか誰にもやらないからな」
「なんだ神代はシスコンだったのか?」
「誠士……確かに妹は最高に可愛いが、俺はシスコンではない」
「ちょっと冬にい! 恥ずかしいから止めて!」
「冬人先輩わあ、ちょっとおシスコン気味かもしれないですねえ。でもお、美冬ちゃんわあ可愛いから仕方ないですう」
「あはは! お前、彼女にまでシスコン認定されてるじゃないか?」
――いやだから彼女じゃないしシスコンじゃないから!
「大介先輩とお、誠士先輩ですねえ。夏原奏音でえす。まいにちい冬人先輩に会いに来ますのでえよろしくお願いしまあす!」
大介に弁明しようとしたが夏原の自己紹介で遮られてしまう。っていうか毎日来るつもり?
「神代……高校生で通い妻までいるとはお前も随分と大人になったものだな……」
「こんなに可愛い妹がいるだと……しかも通い妻? 冬人……お前この冬休みに一体何をしてたんだ? 急に大人になりやがって……はっ! まさかお前……抜け駆けして大人の階段登っちゃった?」
なんだよ大人の階段って……誠士と大介は迷惑な事に夏原を通い妻と認識してるようだった。
「おい、通い妻だってよ……」
「アイツ地味な割にもう一年に手を出してるのか?」
「あんな可愛い一年に通い妻させるなんてサイテー」
クラス内でヒソヒソと囁かれる間違った認識。このままだと俺はクラスメイトからの評価は最低な奴、になってしまう。
「夏原……頼むから誤解を招くような言動は控えて欲しいんだけど。クラスメイトまで色々と勘違いしてるようだから。それにな……毎日来なくていいからな?」
「ええ〜私わあ、毎日会いにい来たいんですけどお」
「ああ! 私も毎日遊びに来るから!」
春陽まで⁉︎ 二人は自分達が注目の的になる事は全く気にしていないようだ。
「だけどな……お前達が来ると俺が悪い意味で目立ってしまうんだよ……分かってくれ」
俺は春陽と夏原の二人に懇願するように頼み込むが……分かって貰えただろうか?
「分かりましたあ、毎日は止めてえ、一日おきにしまあす!」
「ちがーう! そうじゃない! お前らが来るとクラス内で俺の評判が悪くなるから来るなって言ってんの!」
こうなったら物理的に止めるしか無さそうだ。
「美冬は夏原が来ないように毎日見張っててくれ」
「えー、面倒くさい! それに奏音ちゃんを止めるのはたぶん無理!」
面倒くさいと言われた上に無理とか絶望しかないじゃないか……しかし平穏な学園生活を送る為には諦める訳にはいかない!
「夏原を止められるのは美冬、お前しかいないんだ……頼む……今度何か買ってやるから」
作戦を変えて物で釣る作戦にした。
「もう……分かったよ。冬にいの頼みだし努力してみるけど……止められなかったら諦めてね。あ、あとイラストでしっかり稼いでおいてよね。何でも買ってやるって約束忘れないように!」
はあ、と溜息を吐きながらも協力してくれる事を約束してくれた妹に感謝しかない。しかし……いったい何を買わされるんだ?
「美冬、そろそろ昼休み終わるから夏原連れて教室に戻れ」
美冬は夏原の腕を引っ張りズルズルと引き摺るように教室を出て行こうとするが、そこで教室に戻ってきた秋月と二人は鉢合わせてしまう。
「あら? 夏原さんお帰り?」
「秋月先輩こんにちわあ! 今からあ教室に戻りまあす」
「そう、あんまりお友達の美冬ちゃんに迷惑を掛けちゃダメよ」
夏原が美冬に腕を引っ張られ、教室を出て行こうとする様子を見ての発言だろう。
「はあい、気をつけまあす。なんかあ秋月先輩、怖い顔してますよう?」
「か、奏音ちゃんもう行くよ。秋月先輩失礼します!」
秋月は何も言わず立ち去る夏原にキッと一瞥した後、俺たちの元へ向かって来た。
夏原のヤツ、最後に余計なひと言を……秋月と夏原は相性が悪いので俺はヒヤヒヤしながら動向を見守っていた。
「春陽もそろそろ戻った方がいいんじゃないか? あと毎日来なくていいからな?」
秋月と話している春陽に教室へ戻るように促す。
「私は冬人だけに会いに来た訳じゃありませーん。だから好きな時に来るからね! 友火またね!」
そう言って春陽は自分の教室に戻って行き、大介と誠士も各々の席へと向かっていった。
「放課後の事忘れて気を抜いてるんじゃ無いわよ」
この場に残った秋月が不機嫌そうに釘を刺してくる。
「分かってるって。こんな大事な事を忘れる訳ないだろ?」
「そう、ならいいんだけど」
そう言って秋月は自分の席に戻っていった。秋月が不機嫌なのは夏原だけのせいでは無いだろう。
なぜなら……放課後、俺と秋月は屋上に”Ryo“という人物から呼び出されているのだから。




