第27話 もう一人の学園一 ①
秋月の登場でザワついていた教室に、ガラッとドアを開ける音が響き渡る。と同時に女子生徒から湧き上がる黄色い声。何事かとドアに視線を向けると……そこには一人のイケメンが教室に入って来るところだった。
「あ、あれは……去年、一年生に凄いイケメンが入学してきたと話題になったが、同じクラスだったのか……」
イケメンの姿を見た大介の話によると、俺たちの同級生に凄いイケメンがいると噂になっていたという。何人もの女子からの告白を断ってきたという噂だが、彼女らしき人物の影もなく、人柄も良くフラれた女子生徒も彼の事を悪く言わないくらい、完璧イケメンらしい。
そんなイケメン男子の登場で今度は女子生徒が浮き立ち始める。
そのイケメンは教室に入るなり、真っ直ぐ俺の机に向かって来る。イケメンは俺の目の前で立ち止まった。
「神代くんだね。はじめまして」
「え? 俺?」
面識の無いイケメンから突然の挨拶。一瞬誰に向けて挨拶しているのか分からなかった。
「もちろん神代くんです。クラスメイトになったんだから挨拶に来たんですよ」
イケメンはそう答えると、白い歯を見せ、女子生徒なら一目惚れしそうなイケメンスマイルで人懐こく自己紹介をしてきた。
キリッとした口元、通った鼻筋に長い睫毛、整えられた眉。少し長めだが清潔感のある髪の毛。細身で身長は高い、大介と同じ位かな? 男から見ても完璧なイケメンだ。
「僕は桐嶋凌。これから一年間仲良くしてくださいね」
「神代冬人です。よろしく」
教室に入るなり、俺のところに一番最初に挨拶に来たのは何でだろう? 理由がさっぱり分からない。
「うん、よろしく」
イケメンこと桐嶋くんは満足そうに頷いた。
「そういえば冬人って、ふゆと、とも読めるよね?」
「え? まあ、そうだけど……それが何か?」
「いや、何でもないよ。それじゃあね」
謎の言葉を残し桐嶋くんは立ち去って行った。
……何だったんだ……今のは。
桐嶋くんが次に向かったのは秋月の席だった。教室の空気が一変する。ザワついた雰囲気から一気に教室内は静かになる。
教室の生徒達から「いよいよ学園一のイケメンが学園一の美女を口説きにきたか⁉︎」、「はやり狙いは秋月だったのか……」、「相手が友火ちゃんじゃ敵わない……」等、静かになった教室にヒソヒソと話す男女の声が聞こえる。
桐嶋くんが歩いて行く先にいる生徒は男女問わず、身を退き彼に道を譲る。人垣が割れ無人のスペースを彼はゆっくりと歩いて行く。
そして秋月の目の前で立ち止まった。
「秋月さん、はじめまして。僕は今日から同じクラスになった桐嶋凌。一年間よろしくね」
俺の時と同じように、白い歯を見せ、イケメンスマイルで自己紹介をする。
「桐嶋くんね。よろしく」
秋月の対応は素っ気無いものだった。他の女子なら昇天しそうなイケメンスマイルにイケメンボイスは秋月に通用しないようだ。
ひと言だけ挨拶を交わした後も、桐嶋くんはその場に留まり続け、長身の彼は着席している秋月を見下ろしている。
「桐嶋くん、まだ何か用?」
秋月の桐嶋くんに対する塩対応を見て俺はホッとした。もしかしたら秋月まで浮かれてしまうんじゃ無いかと不安だった。
「友火さんって言うんだよね。良い名前ですね。友はフレンド……火はファイヤ……そういえばフレンドリー・ファイヤっていう英語があったね? 意味は何だったかな?」
――アイツ!
俺は思わず席から立ち上がりそうになる。その言葉を聞いた秋月も一瞬、驚きの表情を見せるも、すぐに無表情になった。
「さあ? そんな言葉知らないわ。聞きたいのはそれだけ?」
身に覚えのある言葉であるはずだが、秋月は取り乱さずに桐嶋くんと話を続けている。
「ああ、ゴメン。意味が分からないよね? 今のは忘れて下さい」
桐嶋くんは「じゃあ、また」と秋月に手を振り席順の確認に掲示場所へと向かっていった。
秋月と桐嶋くんのやりとりは、周りの生徒には何の事かサッパリ分からないだろう。だが……俺に、ふゆと、と問いかけた事からも、アイツは俺達の事を知っている。
だけど……どうして分かった? 何が目的で俺と秋月にわざわざ遠回しに、近づいて来たんだ? 答えが出ないままホームルームが始まり、波乱の始業式は終わりを迎えた。
◇
ホームルームを終えた俺は桐嶋くんの件もあり、秋月にライムでメッセージを送ろうとしたが、大介に邪魔をされてしまう。
「冬人、帰りどっか寄って行こうぜ。もちろん友火さんも誘ってな! で、誘うのはお前に任せた!」
「誘いたいなら自分で声掛けろよ」
「でもさ、あの状況は声掛け辛くないか?」
大介がそう言いながら秋月を指差す。
「ああ……確かにアレじゃ声掛けられないな」
秋月の周囲には男女の人集りが出来ていた。会話の一部を聞いてみると、帰りに遊びに行こうとか、誘っているようだ。
男子生徒は学園一の美少女とお近づきになりたいようで必死だ。女子生徒からは桐嶋くんの事を聞かれているようだ。
「な、アレじゃ無理だろ。そこで友火さんにライムのメッセージを送って誘うんだよ。そうすれば誘った上に、メッセージを確認する為に友火さんは席を離れるか人払い出来るだろ?」
おお……大介の割には気の利いたアイデアを出してきたな。大介の案に乗る事にした。
だが、大介には申し訳ないが、桐嶋くんの件で話がしたいから、誘うのは秋月だけだけどな。
俺は素早くメッセージを打ち、送信する。
内容はこうだ。『桐嶋くんの事で話がしたいから、その取り巻きの誘いは用事があるとか言って断ってくれ。いつもカフェで待ってるから話をしよう』
メッセージに気付いた秋月は「ちょっとゴメン」と言ってメッセージを確認する為に、席を離れ一人でメッセージを確認している。
――よし作戦通り。
直後、俺のスマホに秋月からの「分かった」とひと言だけのメッセージが届いた。
メッセージの確認を終えた秋月は「ゴメン用事が出来ちゃったから、今日は付き合えないんだ」と断りを入れている。
「大介、いま秋月から返信があったけど、今日は用事があるから付き合えないってさ」
大介に申し訳ないと思ったが嘘の報告をした。今度ちゃんと誘ってやるからな。ゴメン。
「そっか、じゃあしょうがないな。誠士は何か役員関係の業務があるとか言ってたし二人で行くか?」
「悪い、俺もちょっと急用ができたから、また今度な」
「なんだよ、しょうがねぇなあ」
「悪い、今度は秋月にも遊びに行こうって言っておくからさ」
「ま、それで手を打っとくか」
スマン、と大介に謝り教室を出てビックリカメラにある、恒例となった秋月と待ち合わせ場所のカフェに向かった。




