第23話 登校初日は両手に華でした
今話から第二章のスタートです!
新たなキャラクターも登場します。
お楽しみに!
冬の寒さも和らぎ、暖かくなり桜が散り始める頃の行事といえば、始業式だ。今日から学校が始まり、俺は高校二年に進級した。
世間一般的には『進級おめでとう』と、お祝いされるめでたい日だが、俺の気分は冬のままだ。
何故かって? 春休みが短いとはいえ、長期間の休みの後は人間、堕落するものだと思う。まあ、それだけじゃないんだけど。
秋月と水族館に行ったあの日以来、連絡を取っていない。彼女から連絡は来ないし、自分からも取っていない。
観覧車の一件で嫌われてしまったんではないかと思うと、連絡するのを躊躇ってしまう。特別好かれていた訳では無いだろうけど、それでも嫌われてしまったのなら精神的ダメージは大きい。だから連絡するのが怖い。男女の関係というのは繊細なんだな、と痛感させられた。
「冬にい! 早く起きなよ。学校遅刻ちゃうよ」
妹の美冬がノックせずにいきなりドアを開けて部屋に入ってきた。
美冬はこの四月で高校生になる。しかも俺と同じ高校に入りたいとか言い出した時には驚いたが、合格してこの春から同じ高校に通う事となった。
「美冬……部屋に入ってくる時はノックしろって、前にも言ったと思うけど?」
「冬にい、いきなり部屋に入られたら困る事でもあるのかなぁ〜? ひひ」
俺はシスコンでは無いがうちの妹はハッキリ言って可愛い。薄い胸を張りイタズラっぽくにひひ、と笑う姿も小悪魔的な可愛さだ。
もう高校生だし意味は分かって言ってるのだと思うが、兄として変な知識ばかり覚えて来られても心配だ。
「お前、意味分かって言ってんの?」
「もちろん! 分かってるってば。アレでしょ? 男の人が朝、布団から出れない理由は……おち――」
「ストーップ! 分かった……これ以上言わんでいい」
何を言おうとしたのか察した俺は、強制的に続きを遮った。可愛い妹に、そんな言葉を言わせる訳にはいかない。
「お前なあ……そういう事は絶対に人前で言うんじゃないぞ」
「はーい、分かりましたあ。こんな事は、冬にいにしか言わないから安心してね♪」
「まったく……すぐ起きるから美冬は部屋を出てくれ」
「ああーやっぱり……その布団の下はおち――」
俺はすかさず布団から飛び出し、妹を部屋から強制退場させた。
「はあ……朝から疲れる……」
美冬が部屋に乱入したお陰で、布団から出る事はできたが、朝から不要な体力と気力を使ってしまった。
重い身体を引き摺りキッチンへ向かうと、既にパンもトーストされ朝食の準備も出来ていた。
「冬にい、遅いよ。今日は一緒に学校行くんだから早く食べて支度してね」
「ええ⁉︎ 一緒に登校するのかよ」
「当たり前じゃない。同じ高校なんだから。それに可愛い妹が電車で痴漢とかにあったらどうするのよ」
「……分かったよ。でも、これから毎日一緒に通学するのか?」
それはそれで何か嫌だな。同級生に見られたらシスコンと思われてしまいそうだ。
「もちろん! でも……部活とか始めて朝練とかあると無理かもしれないけどね」
「じゃあ、是非部活に入ってくれ。そうすれば俺は一人でゆっくり通学できる」
「それとも、アレかなぁ? 彼女と一緒に通学するとかで、お邪魔ですかぁ?」
「彼女なんていないからな」
いないと言いながらも一瞬、頭に恋人でもないのに秋月の姿が浮かんでしまう。彼女の事をかなり意識しまっているんだなと改めて思い知る。
「ふーん……まあ、今日から一緒の高校だし、冬にいのプライベートはこれから探っていけばいいかな」
妹よ……学校で俺の身辺調査でもするつもりか?
「二人とも早く食べて準備しなさい! 初日から遅刻するわよ!」
朝から美冬とグダグダしていたら、母親から早く行けと怒られてしまい、慌てて支度をし美冬と家を出た。
「行ってきまーす」
学校で秋月に会ったら、どんな顔をすればいいんだろう……?
そんな一抹の不安を抱えたまま、美冬と二人で学校へと向かう。
◇
電車内は混雑していたが、美冬が必要以上に身体をくっ付けてきたり、通学路では腕を組んできたりと、ちょっと鬱陶しいくらいにスキンシップを取ってきたのを、無理やり引き剥がしながらも学校に到着する。何だか無駄な体力を朝から使わされて疲れた。
校門を抜けると、学生で賑わっている。中でもパリッとした制服に身を包み、初々しさ満点の新一年生の姿が目に留まる。
ああ……進級したから後輩ができるんだな。部活に入ってる訳でも無いし、先輩、後輩とか俺には関係無さそうだ。
「せんぱあーい」
早速、甘ったるい可愛い声で後輩が先輩を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺を先輩と呼ぶ知り合いはいないから自分の事だとは思わなかったが、可愛い声だったので、どんな子かちょっと興味が出て、声の聞こえた方に視線を向けてみた。
「せんぱあーい、おはようございますぅ」
背が低目の可愛い女子生徒が、前方から俺の方に向かって走って来る。
何度も言うようだが俺には後輩はいないので、俺の後ろにでも誰かいるのだろうと思い後ろを振り返る。
「冬人せんぱあーい、無視しないで下さいよぅ」
向いから走ってきた女子生徒は、そう言って半身になって後ろを振り向いていた俺の腕にしがみついてきた。
「ええ? ちょ、だ、誰?」
急に女子生徒に腕を組まれ、動揺してしまい俺は少し吃ってしまう。
「ちょっと、冬にい! 誰よ! この女?」
一緒にいる妹の美冬が、コイツ誰? みたいに不機嫌さを醸し出してる。
「い、いや、俺にも誰だか分からないんだが……」
「冬人せんぱあーい、覚えていないなんて、ヒドいじゃないですかあ。私ですよ、教室の夏原ですよぅ」
「え? 夏原……さん? なんか雰囲気が大分変わってない?」
前回、夏原さんに会った時は、暗い髪色で眼鏡を掛け、垢抜けない感じだったが今は眼鏡も無く、髪も大分明るい色になり、緩いパーマを掛けてるっぽい。ハッキリ言って垢抜けて更に可愛さが増している。ハッキリ言ってかなり好みだ。
秋月の体験入学の日以来、夏原さんが教室を休んでいたので暫く会ってなかったが、数週間で変わるもんだな……。
「えへへ、冬人先輩の為にぃ、頑張って高校デビューしましたぁ。可愛いですかぁ?」
夏原さんは背が低いので、下から見つめられ正直に言うと、あざといが可愛い。腕も組まれていて、何か柔らかいモノが腕に当たりドキドキしてしまう。
「冬にい……何デレデレしてるのよ! 誰なのよ?」
美冬は何かイライラした様子で俺の空いている方の腕にしがみ付いてきた。これで側からみれば、両手に華である。
「ちょ、ちょっとお前ら手を離せ! 目立つだろ!」
そんな俺の主張は二人に無視され、両腕に美少女がしがみ付いてる、一見羨ましい状況だった。
「ところでぇ、隣の女の子は彼女さんですかぁ?」
夏原さんが、俺の隣ですっかり空気になっている妹を指差す。
「ん? ああ、違う違う、コイツは妹の美冬だ。四月からこの高校の一年なんだよ。夏原さんと同級生になるからよろしくな」
「そうなんですかぁ、それなら良かったですぅ。夏原奏音でぇす。お兄さんにはお世話になってまぁす。お友達になって下さいねぇ」
美冬に礼儀正しくペコリと頭を下げる。妹は『どうも……』と頭を下げながらも『お兄さんねぇ……』と何やら不満そうだ。
「それにぃ、先輩なんですからあ、”さん“付けなんてしないで、奏音と呼んでくださぁい」
「それは却下! いきなり下の名前で呼び捨てとか無理だから。”夏原“って呼び捨てでいいな?」
「ええー、残念ですぅ。……でも、仕方がないので我慢しまぁす」
そんな遣り取りを校内でしている俺たちが目立たないはずがなかった。
美少女二人に囲まれ、学生たちの視線が俺たちに集まってる。
なんか俺たち注目されてない?
そう思った矢先、聞き覚えのある、これまた不機嫌そうな声が俺の耳に届いた。
「可愛い女の子二人も侍らせて、アンタも随分と良い身分になったわね」
その不機嫌そうな声の主を見て、心臓の鼓動が跳ね上がる。
俺はどう返事して良いのか分からず、声の主との間にほんの数秒間の沈黙が流れた。
そして……その気まずい沈黙を破ったのは夏原だった。
「秋月せんぱあーい、お久しぶりでぇす」
不機嫌そうな声の主とは……秋月だった。




