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第21話 恋の吊り橋理論(第一章完)

 俺たちは公園内のカフェで外が暗くなるまで時間を潰し、観覧車乗り場までやって来たのだが……俺たちは、下から仰ぎ見た観覧車のあまりの大きさに言葉を失った。


「凄い大きいね……」


「ああ……何でも百二十メートルくらい高さがあるらしいぞ」


「百二十メートルって言われてもピンとこないわね……と、とにかく高い事は分かったわ」


 秋月を見ると心なしか、緊張してるように見える。


「怖いなら止めとくか? 無理しなくていいぞ」


「ううん、高所恐怖症とかそういうのじゃないから大丈夫」


「そうか……じゃあ行こう」


 ちょっと緊張してる秋月が心配だが、高所恐怖症では無いと言っていたから大丈夫だろう。


 俺たちはチケットを購入し、乗り場からゴンドラに乗り込み、中では対面で座る形になる。


「ちょっとドキドキしてきた……」


 秋月はやはり少し緊張してるようだ。そんな彼女の不安を少しでも紛らわそうと思い、俺は先程仕入れた観覧車の情報で話し掛ける。


「一周が十七分だって。長いんだか短いんだか分からないな」


「あんまり長いとトイレとかの都合もあるし、丁度良い時間なんじゃないかな?」


 トイレとか行きたくなってもギリギリ我慢できる時間かな? などと話しているうちに高度がどんどん上昇し駐車場の車が小さくなっていく。人間なんてもう豆粒だ。


「おお! もうこんなに高いとこまで来た」


 ゴンドラは高度を上げ、窓から望む景色は、沈みゆく太陽が水平線付近をオレンジ色に染め、空に向かって殆ど夕闇に包まれてゆく。もうすぐ日没だ。



 ものの数分で日も完全に沈み、ゴンドラから見る水平線の向こうは、完全な暗闇で夜の海の、飲み込まれる様な怖さを醸し出していた。


「ねえ、見て! 向こうに街の明かりが見えるよ!」


 秋月が指差す向こうには、都会のネオンが闇夜を明るく照らしていた。


「おお……凄え……あ、こっちは海に浮かぶ客船のライトが見えるぞ」


「本当だ、凄いきらびやか……豪華客船っていうやつかな? こんな光景初めて見た……」


 人生で始めて見る、ゴンドラから望む都会の明かりやイルミネーションに、二人とも興興奮を隠せない。


 ゴンドラが観覧車の頂点近くになった時、座席に座ったまま半身になり、後ろの景色を見ていた秋月が一際大きい驚きの声を上げた。


「うわあ! お城が見えるよ! ライトアップして凄い綺麗……」


 その美しいお城は超有名大型テーマパークのアトラクションの一つだった。


 秋月はライトアップされたお城の醸し出す、幻想的な美しさに見惚れている。


 俺はと言えば……お城に見惚れている秋月の美しい横顔を息をするのも忘れ、見入っていた。


 お互い別の美しい対象に目を奪われ無口になり、ゴンドラ内は心地良い静かな時間が流れていく。




 しかし、そんな静かな時間は、突然のゴンドラの激しい揺れで打ち破られた。


「きゃあ!」


 半身になり浅く座席に腰掛けていた秋月は、急な揺れに対応できず、悲鳴を上げ座席から投げ出されてしまう。

 その時、俺は考えるより早く身体が動いた。座席から身を乗り出し、咄嗟に手を広げ、秋月の身体を胸で受け止め、彼女を抱えたまま床に座り込んだ。


「秋月! 大丈夫か!」


 俺の身体で受けた時に大した衝撃は無かったから多分大丈夫だろう。


「う、うん……だ、大丈夫……」


 秋月は急なゴンドラの揺れで動揺している。声が震えていた。


「どこか打ったりしてないか⁉︎」


「……」


 秋月は声を出さずに、頷くだけだった。怪我とかは無いみたいだが、かなり怯えている。


 ゴンドラの外はビュービューと激しく風を切る音がする。恐らく突風でゴンドラが煽られたんだろう。しかも、最悪な事に観覧車が止まってしまった。


 ゴンドラが強風に煽られ、ゆらゆらと今も揺れている。観覧車が停止した状況でユラユラと揺れるゴンドラは冷静を保っていた俺でも怖かった。怯えている秋月には恐怖だろう。

 俺は秋月を安心させようと彼女の身体を抱きしめ頭を撫でる。彼女の髪の毛はサラサラで柔らかかった。

 

 ……ゴンドラ内のスピーカーから音声が流れきた。


『ただ今、強風の為に一時、観覧車の運転を停止しております。安全の為、慌てず座席に座り手摺りにお掴まり下さい。安全確認が出来次第、運転を再開致します。御迷惑をお掛け致しますが、今暫くお待ち下さい』


「強風で止まったみたいだ。たまにある事だろうから大丈夫だよ。すぐ動き出すよ」


 俺の腕の中で怯えている秋月を安心させる為に、優しく語り掛けた。胸の中で頭を埋めている彼女はコクンと無言で頷いた。


 恐怖で俺から離れようとしない秋月の温もりを感じる。シャンプーとは違う良い匂いがする。これが女の子の匂いなんだろうか……。彼女が強く抱きついているせいで、彼女の大きな胸の感触が……その……俺の胸に押し当てられているのを感じる。


 秋月が怯えているせいで、こんなトラブルでも逆に自分は冷静を保っていられる。でも、その冷静な精神状態が災いし、この彼女に抱き付かれた状況で理性を保つのが精一杯だった。


 そんな葛藤をしている内に、ゴンドラ内のスピーカーから運転再開のアナウンスが流れ、観覧車が運転を再開した。強風の為、運転速度を落として運転再開らしい。


「あ、動き出した。もう大丈夫だから安心だよ」


 俺は優しく語り掛け、秋月を俺の身体から離そうとしてみた、が身体を硬直させた彼女は離れる事は無かった。


 人間が高所に恐怖を感じるのは本能のはず。それに乗車前から彼女は緊張していた。だから仕方のない事だ。不安から恋人でも無い男に、身体を預けて離れないくらいに怖かったんだろう。


 ゆっくりとした観覧車の運転に合わせたように、ゴンドラ内もゆっくりとした時間が流れている。静かなゴンドラ内、俺は秋月を腕に抱きながら葛藤していた。


 ああ、ヤバい……秋月の良い匂いと身体の温もり、胸の感触……女の子というのは全てが柔らかい……どうにかなってしまいそうだ。


 健全な男子なら、こんな美少女に抱き付かれていて何も感じない筈が無かった。

 彼女に気付かれてしまうんじゃないか、と思うくらい俺の胸の鼓動は早くなる。


 俺は秋月の頭を撫でながら彼女を見下ろす。顔を上げた彼女と目が合う。彼女の瞳は潤み、顔は紅潮していた。

 普段、勝気な彼女のこんな弱々しい姿を見て、愛おしさが胸から込み上げてくる。


 見つめ合っていた数秒間が永遠にも長く感じる。俺の背中まで手を回し、抱き付いていた彼女の腕の力が不意に強くなった。


 それが合図であったかのように、俺は彼女の紅潮した顔に……濡れたピンクの唇に、自分の顔を……唇を……彼女の熱い吐息を感じるほど近づけた。


 ――欲しい……その濡れた彼女の唇を見つめながら思ってしまう。


 秋月が目を閉じた。その姿を見た俺の葛藤は脆くも崩れ去り、心の赴くまま、彼女の唇に、自分の唇をそっと近づけ目をつむる。


「……ん」


 秋月から小さな声が漏れ、唇と唇が触れたと感じた瞬間――




「お客様! お怪我はございません……か……?」


 突然開いたゴンドラの扉から聞こえてきた、係員が乗客の安否の確認をする声で俺は我に返る。俺はゴンドラの床に座ったまま秋月を抱いていた。一瞬の硬直……慌てて秋月から顔を離し二人で立ち上がる。


 ――見られた! 絶対にキスしようとしてたとこ見られた……よな? 恥ずかしくて穴があったら入りたいとは正にこの事だった。しかし、俺は恥ずかしさを堪え、何事も無かったかの様に振る舞い、秋月の手を引きゴンドラから飛び降り、逃げるようにこの場を立ち去った。


「ほ、本日は強風によるトラブルで御迷惑をお掛け致しました!」


 係員の様子からも間違いなく見られただろう……。彼女もバツが悪そうに頬を赤く染め下を向いている。上擦りながら、仕事を全うする係員を横目に、俺と秋月は逃げる様に外へ出た。





「「…………」」


 秋月に何て声を掛けて良いか分からず、俺と彼女の間に流れる沈黙……暫くして先に口を開いたのは彼女の方だった。


「忘れなさい……さっきの事は忘れるのよ……いい?」


「さっきの事って……その……キ、キスした事か?」


「し、してない! キキキキ、キスなんてしてない! アレはちょっと触れただけで……セセセセ、セーフよ!」


 秋月は今まで見た事が無いくらい真っ赤になり、今までに無いくらい動揺している。


「いっその事、記憶喪失になるくらい、アンタの頭を叩けばいいかしら!」


 秋月が恐ろしい事をを言いながら拳を振り上げる。


「お、おい! 本当に叩こうとするな! 頭打って記憶喪失になるなんてマンガだけだから!」


 秋月はどうしても無かった事にしたいらしく、必死の形相で殴り掛かろうとしている。


「さっきのは気の迷い……そうよ! 吊り橋効果で魔が差したんだわ!」


「吊り橋効果ってなんだよ?」


「吊り橋効果知らないの? 面倒くさいから自分で調べなさい!」


 キレ気味な秋月に謝まったところで、キスした事が無くなるわけでもなく、やっぱり忘れるしかなのかな……。


 秋月の唇に触れた感触が確かにあった……本当にちょっと触れただけだけど、柔らかな感触を思い出し、目の前にいる美少女の唇をつい見てしまう……あの時の全ての感触を思い出し身体がカーッと熱くなる。


「ちょ、ちょっと! アンタ何顔赤くしてるのよ! お、思い出してない? 忘れなさいって言ってるでしょ⁉︎」


「いて! わ、分かったよ! 忘れるから頭を叩かないで!」


「「…………」」


 再び俺と秋月の間に沈黙が流れる。


「帰ろっか……」


 秋月が切り出した。


「そうだな……帰ろうか」


 こうしてデートと称する取材は、ハプニングでお互い気まずくなり幕を閉じた。

 

 帰りの電車の中で俺と秋月は終始無言だった。


 秋月が降りる駅に到着し扉が開く直前、彼女が重い口を開く。


「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」


 秋月は笑顔で楽しかったと言ってくれた。本当にそうだったんだろうか? 最後は俺からキスしようとしてしまった事は間違いない。嫌われてしまっても仕方がないくらいだ。


「そうか……なら良かった……」


 ――また、何か相談があったら言ってくれよな!


 嫌われてしまったかも知れないという思いがあり、そう返事をする事ができなかった……。


 秋月が電車を降り扉が閉まる。扉はまるで俺と彼女を隔絶する壁の様に感じた。走り出した電車から、ホームで手を振り見送る彼女の姿は、直ぐに見えなくなった。


第一章 完

吊り橋効果とは?

吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のこと。


今回で第一章は完結です!

二章以降も構想は出来ていますのでおたのしみに!


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