第18話 これってデート?(水族館編①)
臨海公園に隣接する駅の改札前、デートと称した取材の待ち合わせで秋月を待ってるのだが、俺は時間を持て余していた。
「さすがに三十分前は早かったな……」
俺は待ち合わせの時間より三十分前に待ち合わ場所に来ていた。昔から、はやめはやめに行動するクセが付いていて、今日も早く来てしまった。デートが楽しみだったからじゃないからな? と誰にともなく、ひとり言い訳していると、不意に声を掛けられた。
「あれ? アンタもう来てたの?」
秋月が後ろから覗き込む様に声を掛けてきた。初めて見た彼女の私服姿だが、制服姿しか見た事が無かったので新鮮だ。
丸襟のブラウスにループタイ、七分袖のショートジャケット、ロングスカートの下にはタイツ、とシンプルで着飾り過ぎないカジュアルなファッションは、彼女の魅力を引き立ている。
私服姿も可愛いな……。
つい意識してしまう。
「いや……な、なんか早く着いちゃって」
少し見惚れてしまい、声が上ずってしまった。
「本当は、デートを楽しみにしてたんじゃないの~?」
秋月がニヤニヤしながら、何かムカつく事を言ってくる。
「そういう秋月だって随分と早いじゃないか。それにデートじゃないだろ? デートの取材じゃなかったか? お前も今日、楽しみで早く来たんじゃないの~?」
こちらも負けずに煽ってみる。
「そ、そう、デートじゃなかったわね、取材よ、取材。水族館が楽しみで早く来ちゃったの。決してアンタとデ、デートするから楽しみで早く来た訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
どこかのツンデレキャラの様な台詞を吐き、デートじゃないとか言いながら、デートとか言ってて、相変わらず面白い奴だ。弄り甲斐がある。
「はいはい、小説の取材で来たんだよな。分かってるって。さて、お互いに早く来ちゃったけど、もう水族館はオープンしてるから行こうか」
俺はさっさとこの場を離れる事にした。煽り合いをしていたら『痴話喧嘩か?』とか周りから注目されてしまった。秋月の私服姿は、この上なく目立つ。注目の的にされて恥ずかしい。羞恥プレイは好みじゃ無い。こうして待ち合わせから全くデートっぽくない雰囲気でデートの取材は幕を開けた。
◇
水族館は駅に隣接した公園の中にあり、公園内を数分歩いたところで入場口に到着した。チケットを購入し入場すると、目の前にガラス張りのドーム状の建物が見えてきた。
「おお、ここから地下に降りていくのか?」
「なんか地下迷宮への入り口みたいでワクワクするわね」
異世界モノの小説を書いている秋月は、如何にもそれらしい台詞を吐きながら、期待に胸を膨らませているようだ。
ガラス張りのドーム状の建物の中にあるエスカレーターで下に降りると、目の前に巨大な水槽が現れた。
入場して一番最初に目玉であろう巨大な水槽を展示しているのはインパクトがあり、これからの展示に期待させる上手いやり方だと思う。
「うわあ大きい……ねえ、みてみて! スゴーイ!」
「おお! でけぇ……アレはエイかな?」
「えーと……マンタじゃないかな?」
エイもマンタも区別はつかないが、大きな水槽には他にも大きな魚が飼育されており、圧倒的な存在感を示している。
巨大な水槽を前に大はしゃぎする秋月は、まるで遠足に来た小学生の様だ。普段から子供っぽいところもあるが、今は完全に童心にかえっている。
「水族館の魚見て『美味しそう』って言うの日本人だけらしいぞ」
「あー、分かる! 水槽で泳いでる魚を見て、美味しそうなんて思うのなんて、寿司とか刺身を生で食べる日本人ならではよね」
水族館に行けば日本人なら誰でも、話題にしそうな会話を交わしながら順路を進んで行く。
「ほら見て! 小ちゃいサメがいる! サメもあれ位のサイズなら可愛いね」
水槽で泳ぐ魚を見て子供の様にはしゃぐ秋月は、美しさと可愛さを兼ね備えた完璧美少女だった。そんな彼女を見て俺は思う。さすが学園一の美少女と呼ばれるだけあるな……と。
でも……チートとかハーレムの小説書いてるなんて誰も思わないだろうなあ。
そう考えると残念美少女だよな……と思い、ちょっと親近感が湧いてくる。ファンアートを描かなければ、こうやって一緒に水族館に来るなんて事も無く、身近にいて遠い、ただのクラスメイトだったかもしれない。こんな風に仲良く出来るのも、魅力的なキャラクターを書いてくれた秋月のお陰だな。感謝しておこう。
「どうしたの? 黙っちゃって」
最近気付いた秋月の魅力について色々と考えていたところ、不本意ながら彼女に見惚れてボーッとしてた様だ。
「あ、いや……秋月がキレイだなあって……」
俺は秋月の目を見ながら、うっかり真剣な眼差しでそう答え……てしまった。
「え⁉︎ えと……私? 私が、キレイって言った……の?」
――し、しまったあ! つい、その時に思ってた本音をそのまま言ってしまった!
唐突にキレイとか言われた秋月は、豆鉄砲を食った鳩の様に目を丸くし、キョトンとしている。
「い、いや……え、えーと、秋月の見てた水槽がキレイだなぁって……言ったんです」
「そ、そうよね、と、突然何言い出したのかと思ったわ……」
俺は吃りながらも、苦しい言い訳をしたが、納得? してくれた……らいいな……。
「「…………」」
俺の不用意な発言で微妙な雰囲気になってしまい、お互い気まずくなってしまう。
――き、気まずい!
「ほ、ほら、あの水槽のクラゲが光ってるぞ」
このままオロオロしていても状況は変わらない、そう思った俺はこの気まずい雰囲気を誤魔化す為に、別の水槽に秋月の意識を向けさせる事にした。
「あ、ほんとだ! 行ってみよう!」
とりあえず意識をクラゲに向けさせる事に成功したみたいでホッと胸を撫で下ろした。
「うわ! 何コレ? イルミネーションみたいに光が走ってる」
目の前の水槽のクラゲは笠の頂上部分から下に向かって放射状に光が走っている様に見える。神秘的な光景に目を奪われる。
とりあえず、さっきのウッカリ発言で気まずくなった状況は、脱する事ができた。クラゲさんありがとう。
そんなハプニングもあり、屋外展示の直前にカフェレストランがあったので、休憩する事になった。
注文したドリンクと軽食を受け取り、テーブルに付くと同時に秋月が伸びをしながら満足そうに呟いた。
「はあ〜、凄い見た気がするけど、どの位見たんだろう?」
終始大はしゃぎだった秋月は、かなり充実した展示を楽しめているようで何よりだ。
パンフレットを見てみると、レストランが順路の中間くらいにあるみたいだ。今まで見てきた展示に見応えがあったせいで、たくさん見てきたように感じたが、まだ半分らしい。
「パンフレットを見る感じだと、半分くらいかな?」
「本当? これだけ展示があるのに七百円とかお得だね!」
「ホームページとか見ると、他の動物園とかも六百円とか安いし、税金で賄ってるんだろとは思うけどね」
「動物園もそんなに安いなら、今度行ってみない?」
サラッと『行ってみない?』とか、付き合ってる訳でもないのに、気を許し過ぎでは無いですかね? 秋月さん。
まあ……取材の延長みたいな感覚なんだろうけど、俺は正直、美少女にデートに誘われたみたいに感じてドギドキしてしまう。
「あ、ああ……機会があれば行ってみるかな」
こういう時に、恋愛経験の無い俺は気の利いた返事が出来ないので、冷静を装いつつ、勘違い男と思われないように、『じゃあ、一緒に行こうか』と言わず、あくまで『一人でも行ってみるか』みたいな曖昧な返事をしてみる。
「小説の中で、そういうシーンがあったらお願いするかも。その時はよろしくね」
うん、やっぱり取材デートの延長で、そう言ってただけだったようだ。変に勘違いしなくて良かった。
それにしても秋月と俺の距離感がよく分からないな。相談とかで頻繁に放課後や休日に会ったりしてるし、取材とはいえデートもしてて、側から見たらカップルみたいな行動をしてるような気がする。
うーん……まあ、秋月も友達みたいな感覚なんだろうし、深く考えるのは止めよう。




