第15話 イラスト教室へようこそ(後編)
「ちょっと、聞いてる?」
「ん? ああ、ボーッとしてた」
どうやら秋月が俺に声を掛けていたようが全然気付いていなかった。なぜだか分からないが、そのセーラー服の女の子から目が離せなかった。
「もう、ボーッとしてるのは学校だけにしてよね」
どうやら秋月の俺に対する学校での印象はいつもボーッとしてるらしい。
それにしても……あんな生徒さんいたっけ?
「森山先生、あそこの女の子は新しい生徒さんですか?」
秋月の小説を読んでいた森山先生はノートPCから顔を上げ、俺の視線の先を辿りながら答えた。
「別の時間帯のクラスに在籍してんにゃけど、今月からこのクラスに移動してきはった生徒さんやで。今、中学三年で四月から高校生いうてはった」
別のクラスから移動して来たって事は、この教室に元々通っている生徒さんだ。
「あー! 冬人くん友火ちゃんという可愛い子がいながら他の女の子に興味津々なのー?」
予想通りかっちーさんの集中力は数分しか保たなかったようだ。
「違いますよ! 見慣れない生徒さんがいたから気になっただけです」
「もー可愛い子を見るといつもこうなんだからぁ」
かっちーさん……ある事ない事言わないで。秋月の視線が痛いです。
「アンタこの教室でも女の子にデレデレしてるの?」
秋月がジト目で蔑ますように語りかけてくる。
「いやいや、あれはかっちーさんが勝手に言ってる事で、別にデレデレしてないって。この教室でもって……いつもデレデレしてるみたいじゃないか」
秋月が体験入学に来てから、かっちーさんは絶好調だ。俺は大迷惑だが。
「あー、神代くん、秋月さんとイチャイチャしてるところ、ほんま申し訳ないんやけど二人を紹介させてもらえへん?」
森山先生が、さっきの生徒さんに俺たちを紹介したいと余計な一言を添えて伺ってきた。
「あー、冬人くん、教室内でイチャイチャしてるー。やらしー」
「かっちーさんは黙っててください!」
「冬人くん、こわーい(棒)」
かっちーさんの悪ノリは今、最高潮だが無視する事にする。
「はいはい。かっちー、口より手ぇ動かす」
「はーい」
この台詞を聞くのは今日は二回目だ。毎回、教室では何回も聞く事になる。かっちーさん五分後には忘れてそうだな。
「夏原さん作業中ごめんやけど、ちょっとええ?」
森山先生が声を掛けると夏原さんと呼ばれた少女は振り向き立ち上がった。
「はぁい」
背は低い。150cmくらいだろうか? 肩まで伸ばした黒髪のセミロングで、大き目でフレームの太いメガネを掛けているせいか、一見地味で野暮ったく見える。しかし、メガネの下の素顔は間違いなく美少女であろう事は容易に伺えた。
「この二人は神代くんと体験入学の秋月さん。同じ高校のクラスメイトやって」
森山先生に紹介されたのに続き、夏原さんと呼ばれた少女が口を開いた。
「夏原奏音でぇす。よろしくお願いしまぁす」
その容姿に見合った可愛い声と、特徴的な語尾の伸ばす話し方で彼女は自己紹介をした。
「神代です。よろしくお願いします」
「秋月です。私は体験入学で来ました」
お互い挨拶を済ませたが、夏原さんはイスに座らずジーっと俺の顔を見ている。美少女に見つめられ俺はちょっとドキドキしてしまった。
「神代さんの事は知ってますよぅ。絵が凄い上手い高校生の男子がいるって他のクラスでも噂なんですぅ」
「え⁉︎ そうなの? 俺ってこの教室で有名なんだ……」
どうやら、知らないところで俺は有名人になっていたらしい。
「だからぁ、会ってみたっかたんですけどぉ、今日は会えて嬉しかったでぇす。あとぉ、思ったよりもカッコイイですぅ」
夏原さんは満面の笑みで、俺に会えて嬉しかったと言ってくれたのは素直に嬉しいけど……こんな美少女にカッコイイとか言われると照れる。
「ふーん……良かったじゃない。こんな可愛い子に慕われてて。学校じゃカッコイイなんて言われた事ないもんね」
不機嫌そうな秋月が冷たく言い放つ。
そんな様子を見ていた夏原さんは、俺と秋月の顔を交互に見た後、まさかの質問を俺たちに浴びせてきた。
「ところでぇ、お二人わぁ、恋人同士なんですかぁ?」
――ブッ! またこの質問かよ⁉︎ 即、反応したのは秋月だった。
「ち、違うわよ! コイツと恋人同士とか、な、何で最近、何回も聞かれるのよ!」
それは、俺も秋月の意見に同感だ……春陽にも聞かれたが、今日で何回目だ⁉︎
「夏原さん、俺とコイツはだたのクラスメイトで、付き合ってるとか無いから」
ちゃんと否定はしておかないと今後、教室でネタにされてしまう。
「そうなんですかぁ? でもぉ、普通は体験入学してまで、クラスメイトの男子を追っ掛けて来ないと思いますよぅ。そう思いませんかぁ? 秋月さぁん?」
おお……秋月を煽ってるように聞こえるのは、気のせいだろうか? この話を続けるのは何か良く無いと判断した俺は、どう答えて良いか分からずオロオロし始めた秋月の代わりに答えた。
「秋月は小説を書いてて、先生にアドバイスが欲しいから来たんだよな?」
「そ、そうよ、べ、べつにコイツがいるから来た訳じゃないから!」
かっちーさんに突っ込まれてた時もそうだったが、秋月を見てるとテンパっている時は、論理的に話すのが苦手なんだなと思った。
「秋月もそういってるし、俺と秋月が付き合ってるとかそういうのは無いから、誤解しないで欲しいな」
教室で変な噂を立てられても困る俺はキッパリと否定した。夏原さんは再び俺の顔をジーっと見つめてくる。
「分かりましたぁ。神代さんがそう言うなら安心ですぅ」
何を安心したのかは分からないが、納得してもらえたようだ。それにしても……何で秋月にあんなに突っかかったんだろ?
その後、各々は作業に戻り秋月も先生と小説についてのアドバイスを受けたり、かっちーさんと話をしたりと、盛り上がっているようでひと安心だ。
「はあ……今日の教室はなんか疲れたな……」
結局、今日は秋月の事が気になって自分の作業は全然進まなかったな。
「冬人くん、さっきは大変だったねえ」
「かっちーさん……いや、本当にどうなるかとヒヤヒヤしましたよ」
「モテる男は辛いね〜、ひひ」
意地悪く笑うかっちーさんだが……今日はもう、あなたに突っ込みを入れる気力も無いです。
◇
こうして波乱の体験入学は終わりを告げ、俺は秋月と二人で駅に向かって歩いている。
「で、どうだった? 秋月は小説の事で聞きたい事は聞けたのか?」
今日の教室は色々な邪魔が入って俺は全く作業ができなかった。秋月はちゃんと目的を果たせたのだろうか?
「ええ、色々とアドバイスしてもらえた。的確に悪い箇所を教えてもらえて本当に役に立った。特に小説を書く時の作法とか教えてもらえたわ」
秋月は間違った小説の書き方をしてたんだと反省していた。
「で、今日は体験入学だったけど今後、教室に通うのか?」
秋月も体験入学をして正式に通うかどうかの判断するつもりだったはずだ。
「ううん……やっぱり、あの教室は絵を描く人が通う教室だなって思う。変わった人が多いけど良い人ばかりで楽しかった。でも……夏原さんは苦手」
秋月と夏原さんは相性は悪そうだった。ま、教室に通わないなら関係ないけど。
「そうか、小説の事はよく分からないからアドバイスはできないけど、相談ならいつでも聞くからな」
「かっちーさんがいつでも相談に乗ってくれるってライムトークの交換してくれたから、アンタの適当な感想は不要よ」
いつの間にかっちーさんとそんなに仲良くなったんだろう?
「そーかよ、役立たずで悪かったな」
確かに小説のアドバイスは出来ないけど、頼ってもらえないのも何か寂しいものがある。
「アンタには私の小説を認めてもらって、イラストを描いてもらう約束したでしょ? まだ見せられないんだから仕方がないじゃない?」
「あーそうだったな。面白いの書いてくれよ。その時は俺も全力で描くからさ」
「うん、頑張る」
「で、どんなジャンル書いてるんだ? ジャンルくらい教えてくれてもいいだろ?」
恥ずかしがって、なかなか教えてくれなかったが笑わないでよ? と、ひと言添えて教えてくれた。
「え、えーと……ラブコメ」
異世界モノとかハーレムかと思ったが秋月から聞かされたのは意外なジャンルだった。
「へー、ラブコメかあ……それは意外なジャンルだったな。また、何でラブコメなんだ?」
俺の先を歩いていた秋月は振り返り、後ろで手を組みながら少し恥ずかしそうに笑顔で答えた。
「なんでラブコメかって……? それは……ひ・み・つ! だよ!」




