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しんかい

作者: 児玉児玉

 ある海にイジめられっ子の魚がいました。イジめられっ子の魚は、みんなに毎日のようにイジめられました。


 とうとうある日、イジめられっ子の魚は仲間外れにされ、浅瀬から追い出されてしまいます。オレンジ色の魚達が戯れる中、浅瀬にいられなくなった魚は、どんどんと泣きながら海の底へと潜っていきました。


 そして、暗い海の底で、ワンワンといつまでも泣き続けました。


 いっぱい泣きすぎたせいで、目の周りは真っ赤に腫れ上がってしまいました。だけど、イジめられっ子の魚は泣きやむことはありませんでした。


 イジめられっ子の魚は、微かに光が届く海のそこで、光が射す浅瀬のほうを見続けました。ただ見てても何も見えません。だから目を一生懸命見開きました。すると、時々光が遮られ、上にいる魚たちのシルットが現れました。イジめられっ子の魚は暗い海の底から、毎日シルエットを眺め続けました。時が経つのも忘れてしまうくらい、ずっと眺め続けました。とてもとても長い間眺め続けました。


 イジめられっ子の魚は、イジめられているのに、イジめっ子魚達を嫌いではありません。むしろ、こうも皆にイジめられる理由、自分の何がいけないのか、他の魚達と自分では何が足りないのか、余計なのか、それらが全くわからない自分が嫌いでした。


 そんなある日、イジめられっ子の魚が、いつものように海の底から浅瀬を見ていると、小さな魚達のシルエットが現れました。けどその時は、なんだかいつもと様子が違うみたいでした。何やら慌てているようでした。すると、いきなりとてもデカいシルエットが現れました。そして、小さな魚のシルエットは、次々とデカいシルエットに襲われていきました。


 イジめられっ子の魚は焦りました。そして悩みました。助けに行きたい、けど自分が助けに行ったところで、あんなデカい魚に勝てるわけがない。だけど、小さな魚達が襲われていくのを、ただ海の底で見ているのも耐えられませんでした。


 ならいっそのこと、もっと海の底まで、潜ってしまおうかとも考えました。もっとずっと光の届かないほどの海の底に行けば、何も見なくてすむ。そして、いま見たことは、全て忘れてしまえばいい。そうとも考えました。


 イジめられっ子の魚が悩んでいる間にも、次々に小さな魚たちは襲われていきます。


 そしてイジめられっ子の魚は決心しました。助けに行こう。


 イジめられっ子の魚はどんどんと浅瀬へ向かって行きます。


 そしてとうとう浅瀬に着きました。浅瀬では、やはりデカい魚が、小さな魚を襲っていました。イジめられっ子の魚は一瞬たじろぎましたが、もう決心していました。勇敢にデカい魚に立ち向かっていきます。デカい魚は、イジめられっ子の魚に気づき、こちらの方へ向きを変えてきました。そしてデカい魚がこちらを見た瞬間、デカい魚はとてもびっくりして、踵を返して慌てて逃げていきました。


 イジめられっ子の魚はなにが起きたのか、さっぱり分かりませんでしたが、とりあえず小さな魚たちの元へ行きました。そしてイジめられっ子の魚は驚きました。なんと襲われていた小さな魚達は、自分を浅瀬から深海へ追いやった、イジめっ子の魚達でした。イジめっ子の魚達は珊瑚に身を潜め、目を閉じビクビクしながら恐怖に震えていました。イジめられっ子の魚は、一瞬何をどうすればいいのか分からなくなりました。そして自分をイジめていた魚達が、あまりに小さくて驚きました。


 けどイジめられっ子の魚はおもいました。たしかに前はイジめられていたけど、今こうして助けてあげたんだから、また仲間に入れてもらえるかもしれない・・・


 そう思い、イジめられっ子の魚は、淡い期待に胸を膨らませ、イジめていた魚達に話しかけました。


「ねえ、もうデカい魚は逃げて行ったよ。もう怯えなくて大丈夫だよ」


「えっ、本当に? すごいねキミ。ありがとう」


 そう言い、珊瑚に身を潜めて、ビクビクしていたイジめっ子魚達は、パっと珊瑚から出てきました。


 珊瑚から出てきたイジめっ子魚達は、イジめられっ子の魚を見て仰天しました。仕舞いには泣き出したり、歯をガタガタさせながら「食べないで」と言い珊瑚へ、一目散に逃げ込んで行きました。 


 イジめられっ子の魚は、一体何がなんだかわからずその場に漂いました。


「ねえ、もうデカい魚は逃げて行ったよ。もう珊瑚に逃げ込まなくても大丈夫だよ」


「いやだ、食べないで」


 イジめっ子魚達は、一向に珊瑚から出てきません。イジめられっ子魚は、何だか悲しくなりました。


「僕が皆を食べるわけないじゃないか。出てきておくれよ」


「そんな嘘を言っても騙されないぞ。絶対にここから出るものかい。さっさと僕らを諦めて他へ行ってくれ」


「そんな、僕は皆と仲良くしたいだけなのに・・・」


「何を言っても無駄さ。騙されるものかい」


 イジめられっ子の魚は、珊瑚の中へ入って行きたかったのですが、入れませんでした。珊瑚は何故かとても小さく見えました。


 次第に珊瑚の中が、安全と理解した、イジめっ子魚達から罵声が、イジめられっ子の魚に浴びせられました。皆で口を揃えて「化け物」と連呼しました。「目玉の化け物」やら「口の化け物」やら言われました。


 イジられっ子の魚は、もうその場にいることは出来ませんでした。口を一杯に広げ大声で泣きながら、また海の底へと潜って行きました。もう浅瀬に居場所は無くなってしまいました。


 もう皆と仲良くすることは出来ないと思うと、涙が止まりませんでした。


 微妙に光が差し込む深さのところで、キラキラ光る魚と出会いました。


「何でそんなに泣いているの?」


「皆が僕のことを化け物と言うんだ。僕、悲しくて」


「そんなことはないよ。僕らしんかいの生き物は、みんなそんなものじゃないか。そんなことを言うやつは、この広い海のことを何も分かっちゃいないやつだよ」


 イジめられっ子の魚は、キラキラ光る魚が、一体何を言っているのか分かりませんでした。


「だって皆僕のことを『目玉の化け物』『口の化け物』って言ってきたんだ。僕、何のことか分からなくて、それが悲しくて」


「君、自分の姿を見たことないの?」


 イジめられっ子の魚は、頷くようような沈黙で、返事をしました。


「なら、僕の横っ腹の部分で見ればいい。こんなキラキラしてる体だからね。なんでも反射してしまうのさ」


 キラキラ光る魚は、イジめられっ子の魚の前に、横っ腹を出しました。するとイジめられっ子の魚の姿がそこに現れました。


 イジめられっ子の魚は、思わず悲鳴を上げてしまいました。そこに映っている魚は、目がとてつもなく巨大で真っ赤、口は何でも一飲みできてしまいそうなほどでした。オレンジ色だと思っていた全体は灰色でした。


「違う、こんなのは僕じゃない。僕はもっと目も口も小さかった」


「それこそ違うよ。これが君なんだ」


「違う、僕の体はオレンジ色だった。それにもっと小さかったんだ。これじゃ本当に化け物じゃないか」


「おいおい、君はそうとうなかんちがいをしているようだね。今見たとおり、君は目も口もものすごくデカいし、体はもっとデカい。それに体は灰色だ。これが本当に君なんだよ。あと、自分のことをそんなに悪く言うのは良くないよ。君は進化したんだ。新しいかんきょうに対応するためにね」


 イジめられっ子の魚は、キラキラ光る魚の言うことなど、全く聞こえていませんでした。あまりにも悲しすぎて、その場に漂うことすらかないませんでした。


 そして、どんどんと海の底へと沈んで行きます。力なく崩れ落ちていくようで、キラキラ光る魚は慌てて何度か呼びかけましたが、イジめられっ子の魚は微動だにせず、呼びかけに答えませんでした。


 イジめられっ子の魚は、光が届かないところまできました。辺りは真っ暗です。時々、頭の先を光らせた魚が挨拶をしてきましたが、イジめられっ子の魚には、聞こえないようでした。しばらくすれば頭を光らせた魚も「ちぇ、なんだい」と言って去ってしまい、また真っ暗になるのでした。


 真っ暗な中で、イジめられっ子の魚はいろいろと考えました。そして、何かを考えればやはり最後には悲しくなり、涙を流しました。もう全部が悲しくなりました。


 やがて本当の海の底へやってきました。イジめられっ子の魚は地面にお腹をつけて、その場から身動きひとつしませんでした。本当に長い間そうしていました。


 やがて遥か上にある、暗闇の先から、小さなちりやら砂粒やらが、イジめられっ子の魚を、やさしく少しずつ包み始めました。それはとても心地の良いことでした。


 イジめられっ子の魚を包む一粒一粒が命の欠片であり、やさしい光を放っているようで、イジめられっ子の魚は、なんだか遠い昔、みんなで寄り添って眠っていた頃を思い出し、温かくなりました。

 

 そして、イジめられっ子の魚は完全に見えなくなり、暗い海の底になりました。


 命の欠片達はいつまでもイジめられっ子の魚の上に降り注ぎ続けました。





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