若鮎
琵琶湖の鮎は、琵琶湖のみで生息するものと、河川へ遡上するものがいるが、そのどちらも成魚になっても十センチ程度にしかならない。それゆえ琵琶湖の鮎は、小鮎と呼ばれている。
ところが、その小鮎を他の河川に放つと、立派な鮎と成長することが大正の始まりに発見され、鮎苗として全国の河川に放たれるようになった。
そんな琵琶湖の鮎に例え、湖国を飛び出し活躍する若者、……特にスポーツ分野で活躍する者を「若鮎」と称することがある。
りょうは、そんな若鮎の一人だ。
小学生の低学年より、りょうは人一倍足が速く、運動会の駆けっこはもちろん、マラソン大会も一番で、小学校の教員室の壁の上に貼ってある、それらの記録のほとんどが、りょうの名前に変わった。
学校の記録だけではなく、市の記録も次々塗り替えた。そのうえ、県の記録会に、さらには全国の記録会でも、素晴らしい記録を出した。
そんなこともあり、りょうは推薦を貰い、高校進学と同時に、県外へと飛び出した。
だが、この一年、りょうは思うような記録が出せないまま、新年を迎えてしまった。
りょうは新年最初のトレーニングを早々と切り上げると、その足で食堂に向かった。まだ人気のないと思われた食堂には、テレビを見上げる一団があった。
その一団ははバレー部で、今日から始まった春高に釘付けになっていた。
と、りょうの目に、見慣れた文字が入ったユニフォームを来た人物が、画面いっぱいに映し出された。
アナウンサーがその画面に映った選手の名をあげ、淡々と試合内容を告げる。
その名はどこかで……。りょうは記憶を探っている間に、画面にはその選手がアタックを決める姿が画面いっぱいに広がり、その名が繰り返される。
その名は、よく知っていた名前だった。そこで学友近寄り、その選手を詳しく知りたいと声をかけた。学友は知りあいか? と、広げたままの雑誌のページ数を繰り、その選手が載るページを見せてくれた。
そこページには、小学校の教員室の壁の上に貼り出されていた校内記録の中で、唯一その記録を書き変えられなかった名が確かにあった。
りょうは食い入るように、そのページを見る。プロフィールに地元中学の名が載っていた。――間違いない、あの人だ。
小学校の時の上級生。と、答えながら雑誌を返した。どんな人だったかと学友にたずねられ、りょうは小学校時代の記憶を掘り起こした。
――あれはそう、あの人が卒業間近の全校生徒が集まって遊んだ時だ。
あの人はりょうとは違う班組みだったけれど、あの人から声をかけられ、りょうと雑談するうちに、どちらかともなくかけっこを始めた。
始めはじゃれ会うかのように、だが、何時しか本気で走り、そんなことをしているうちに視線が集まり、喚声がわき上がり、お互いの名前が体育館中に響き渡った。
ひといっきり走った後、あの人はりょうの駿足を誉め、自分の持っている記録、お前に抜かれてしまうんだろうな。と、言われた。
そのかけっこの楽しさから、陸上クラブに入り、走りに磨きをかけた。そう、あの人の記録を塗り替えるために。
――結果から言うと、五年の時は記録変えられず、六年の時は塗り替えたのだが。
学友にその思い出を話している間に、画面はいつしか別のチームの試合を告げて始め、話は尻切れトンボにならざるをえなかった。
りょうは新たな試合に集中し始めた学友から離れると、すっかりのびてしまったラーメンを腹に納め、寮に戻った。
寮に戻ってからも、りょうの脳裏から小学校の頃の思い出と、あの人の活躍の姿が離れず、思わずパソコンを起動させて、あの人の試合を一から見た。
あの人が、コートを走る様は、まさに水を得た魚。いつか見た博物館の鮎の姿と重なりあう。
りょうは、しびれるような、それでいて、背中を押されるような感覚に、しばらくの間動けなかった。
りょうが我に返ったのは、空の色がすっかり変わってからだった。
りょうはパソコンをたたみ、立ち上がるとそのまま玄関に向かい、反射素材が入ったたすきをかけ、数キロ先の海に向かって駆け出した。
――若鮎が静かに泳ぎ出す。