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第四話 朝食

 翌朝、んんーと低い声を漏らして俺は目を覚ました。椅子に座りっぱなしということは、どうやら勉強していて寝落ちしてしまったようだ。


 時計を見ると、既に八時半を示している。平日なら大パニックだが、今日は土曜日。部活動に入っていない俺は一日なにもすることがなかった。


 壁際のベッドを見る。昨日拾った少女は、半日経ってもまだぐっすりと眠っていた。短パンから伸びる白い脚が朝から眩しい。


 俺は机で寝たせいであちこちが痛む体を伸ばすと、キッチンへ向かった。カップ麺の側に置いてある食パンを二枚出すと、チーズだったりジャムを広げて、トースターへ入れる。


 2,3分ジリジリという音を聞いて、チンッと鳴ったトースターを開けると、程よく焼けた食パンのいい匂いが鼻腔をくすぐった。俺は別々の皿にトーストを乗せると、丸机まで運んだ。


「朝だぞ。起きろ」


 少女の肩を揺さぶると、んっ……と声を出して、フィリアがうっすらと目を開けた。


「いつの間にか寝てしまって……あれ、ベッド……?」


 状況を飲み込めておらず、フィリアが目をこすりながら左右を見回す。


「もしかして、私ベッド奪ってましたか!?」


 申し訳なさからか、フィリアの顔が少し青褪めていく。


「違う、そこの机で寝ちゃってたから、俺が運んだ」

「えっ、運んだって……?」

「こんな感じで」


 そう言って俺がお姫様抱っこのポーズをとると、今度は青褪めていた顔が赤く染まった。


「その、私が寝ている間、あなたは……」

「そこの勉強机で寝落ちした」

「本当にごめんなさい!泊まらせていただいてる身なのに、ベッドまで奪う形になってしまって」

「俺が勝手にしたことだから、気にするな。それより、朝ご飯用意したから」


 俺が丸机のトーストを指差すと、フィリアのお腹がきゅるると可愛らしく鳴った。


「チーズケチャップとイチゴジャム、好きな方食べていいよ」

「いいんですか? それじゃあ……」


 フィリアは少し笑みを作って、イチゴジャムのトーストの皿を自分の方へ引き寄せた。俺が反対側に座り、チーズケチャップのトーストを手に取る。


「いただきます」


 静かな部屋にサクッとトーストを囓る音が鳴った。


「久しぶりの朝ごはんです……」


 フィリアがしみじみと口にしたその言葉。


「フィリア、お前いつから食べてないんだ?」

「朝ごはんは四日前からです」

「その間はどうしてた?」

「……」


 さらに尋ねると、フィリアは俯いて黙ってしまった。


「すいません、あまり思い出したくなくて……」

「悪い。答えたくなかったら、それでいいから」


 少し空気が重くなってしまった中、俺たちは喋ることなくトーストを食べた。


 俺が食べ終わるのを見計らって、フィリアがお皿をキッチンへ下げた。


「お皿、ありがとな」

「いえ。こちらこそ、朝ごはん美味しかったです」


 フィリアはそう言ってふわりと微笑んだ。


 昨日出会った時に比べると、笑うことが少し多くなった気がした。


「食器、洗っておきますね」

「ああ、助かる」


 キッチンから、スポンジを擦る音が聞こえてくる。


 無言でいることに少し気まずさを覚えた俺は、唐突に尋ねた。


「なあ、ここを出たらこれからどこに行くつもりなんだ?」

「……わかりません。その日暮らしですから」

「親戚とかは?」

「いません。いたとしても、住所も電話番号もわからないんじゃ、どうしようもないですし」


 言葉を変えて昨日と似た質問をしてみるが、やはりなにもわからないままだった。


 だが、少なくともフィリアがただの家出少女なんていうものじゃないことは、確信していた。保護者に捨てられたのか、なんらかのはずみで記憶喪失になってしまったとか、彼女の事情はもっと複雑で厄介なものだろう。


 フィリアが皿洗いを終えて、こちらに戻ってきた。


「そういえば、まだ名前を聞けてなかったです。教えてもらえませんか」

空野そらの雪陽ゆきはるだ」

「すいません、どんな漢字ですか?」

「大空の空、野原の野、白くて冷たい雪、太陽の陽」

「なるほど……」

「変な名前って思っただろ」

「いえ、とても素敵な名前だと思います」


 ありきたりなお世辞に、少し呆れた目でフィリアを見る。だが、フィリアの真剣な様子を見ると、本当にそう思ってくれているのかもしれない。


「……ありがとう」

「雪陽さんと呼んでもいいですか?」

「好きに呼んでいいよ」

「わかりました。では雪陽さん」

「どうした?」

「短い間でしたが、お世話になりました」


 そう言うと、フィリアは頭を下げた。


「泊めてもらった上に、朝ご飯まで用意してくださって、本当にありがとうございました」

「てことは、フィリアはもう行くのか?」

「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないですし。着替えてきますね」


 フィリアが洗面所の中に消えていった。しばらくして、Tシャツ短パンではなく、出会った時の服装に戻ったフィリアが姿を現した。


「この服もありがとうございました」


 綺麗に畳まれたTシャツと短パンをフィリアから受け取った。


 フィリアが少し重い足取りで玄関に行き、ローファーを履こうとしたその時、手が止まった。


「あれ、なんで靴がこんなにきれいに……」

「汚れてたから、少し泥を落としておいた」


 フィリアが泥が落ちてきれいになったローファーに視線を落とす。その目に、涙が浮かび始めた。


「雪陽さんは、とても優しい人です、優しすぎます……」


 頬を伝った涙が、玄関の床に小さなシミをいくつも作った。


「私なんかのために、なんでここまでしてくれるんですか……」

「なんとなく気まぐれでやっただけだ」


 気恥ずかしさを覚えて少しぶっきらぼうに言うと、視線を落としたままのフィリアが振り返って、俺の胸に顔をうずめた。


「フィリア!?」

「すいません。でも、少しだけこのままでいさせてください……」


いままでに比べると、少しほっこりした回だったと思います。

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