第三話 夕食
風呂から上がってリビングを見ると、少女が何かをすることなく、ただ床に座っていた。
「晩飯、カップ麺で我慢しろよ」
「カップ麺……?」
少女が不思議そうに首を傾げる。まさか、カップ麺すら分からないのか。
電気ポットはないのでやかんでお湯を沸かし、カップ麺の蓋を二つ開けてお湯を注ぐ。
三分経って蓋を完全に開け、箸とともにカップ麺をリビングの丸机に運んだ。
「こっちがお前の分」
「いいんですか?」
「いいも悪いもないだろ」
俺は箸を持つと、軽く手を合わせてカップ麺を食べ始めた。そんな俺を少し面食らった表情で少女は見ると、おそるおそる箸を持ってカップ麺を口に入れた。
「あつっ!」
「冷まさずにいきなり食べたら熱いに決まってるだろ」
少女は少し涙目になりながら、ふーふーして麺を啜った。
「濃い味ですが、おいしいです」
「なら、よかった」
麺を啜る少女の顔が少しだけ笑ったように見えた。
二人でカップ麺を食べ終わると、俺は少女の容器も一緒にキッチンに持っていこうとしたのだが、
「私が持っていきます」
少女は俺の手を制すると、自分と俺の容器をキッチンへ持っていった。
「私は泊まらせていただいている身なのに、さっきから色々してもらってばかりで、なにも出来ていなかったので」
そう言うと、少女は残したスープを捨て、手際よく容器を洗った。
そして、丸机をはさんで俺の向かいに座った。
「なにかある場合は、私も手伝います」
俺の目を見て、少女はほんの少しだけ柔らかい口調で言った。
その眼差しを受けて、俺の鼓動はどんどん高まっていく。
風呂に入って体をきれいにしたからだろうか、それとも食事を取ったからだろうか、家に上げる前と比べて、目の前の少女がより一層可愛く見えてきた。それこそ、クラスの可愛い女子に魅力を感じなくなるほどに。
そして、この場に置いて、俺は彼女に対し絶対的優位に立っている。まさしく、貴族と奴隷の関係のように。
今なら、俺の汚い欲望にこの少女を利用することだってできてしまう。それこそ、消えない傷を負わしてしまうことすらも。
でも、ここで獣になってしまったら、人として終わってると思った。だから、俺は欲望ではなく、質問をぶつけることにした。
「お前、何歳なんだ?」
「あの、おこがましいとは思うのですが、名前で呼んでくれませんか」
少女が少し不安そうな目でこちらを見つめた。
「その、フィリアは何歳なんだ?」
「……すいません。答えたいんですけど、わからないんです」
またしても、少女はわからないと口にした。謎ばかりが増える事態に戸惑う俺は、腕を組むと今までのことを整理した。
それなりに質問してきたが、今分かっているのはフィリアというおかしな名前と性別のみ。住所はおろか、家族も国籍も年齢すらも把握できていない。
普通に考えたら怪しい人だ。だが、出会った時の乱れた服装、そしてあの怯えた表情が、もしかしたらとんでもなく辛い目に遭ってきたのかもしれないと思わせる。
これ以上何か尋ねるのは、よくないかもしれない。
そう思いフィリアの方を見やると、机の上に腕枕をして穏やかに眠っていた。
少し驚いて時計を見るが、まだ八時だ。ここに来るまでに相当疲れが溜まっていたんだろう。
机に頭を預けて深い眠りに落ちた少女を、俺は起こさないようにそっと抱きかかえた。予想以上に軽く、それでいて柔らかい少女の体に再び心臓が鼓動を速めた。
俺は壁際のベッドまでゆっくりとフィリアを運んだ。フィリアは安心した顔でぐっすりと眠っていた。
仕方ない、今日は床に毛布でも敷いて適当に寝るか。
フィリアの寝顔を見ながらそう決心すると、俺は勉強机に着いて参考書を開けた。
結局、フィリアの正体については何もわかりませんでしたが、彼女は何者なのでしょう……
追記:3月4日に一部修正しました。