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第十六話 一緒に……

 シャインの家に泊まり始めて、二週間が経った。


 日中はこどもの教室でバイトをし、夜は酒場の手伝いをする。宿泊費ゼロ、光熱費ゼロ、食事も賄いがでるという神条件で生活していることもあって、少しずつではあるが、お金も貯まってきた。それでも、初日にもらった金貨一枚には及ばないけど。


 ちなみに、俺が子どもたちに勉強を教えている間、フィリアはシャインと一緒に酒場の料理で使う食材の買い出しに行っている。まあ、それが終われば遊んでるのかもしれないが。


 すっかり馴染みつつある、3人での朝の食卓。


「そういや、二人って結局一緒にお風呂入ったの?」


 そこに流れる穏やかな時間をぶち壊したのは、突然放たれたシャインの一言だった。


「ちょっと雪陽くん、お茶吹き出さないでよね!」

「いや、今のはシャインが悪い」


 近くにあった布巾でテーブルを拭くと、ジト目でシャインを見た。幸い、被害範囲は着ているジャージと俺の朝食だけだった。


「今ふと気になったから、聞いてみよっかなー、って」

「せめて食べ終わってからとかにしてくれ。吹き出すの分かりきってるんだからさ」

「いや~、吹き出すとは予想してなかったなー」


 スーッと俺の視線から逃げるように、シャインが顔を逸らした。


「んで、結局どうなの? フィリアちゃん」

「えっ、私!? その、入ってないけど……」

「まだ入ってなかったの!?」


 シャインが目を真ん丸にして驚いた。


「いや、あれ以来フィリアから言ってくることも無かったし、やっぱり社交辞令だったのかなー、と」

「フィリアちゃんから誘ってくるの待ってたの!? 雪陽くん、それでも男?」

「そうは言っても、素の状態で風呂に誘えるわけないだろ!」

「じゃあ、素面しらふじゃなかったらいいわけだね。うち、お酒だけはいっぱいあるから、なんならあたしがお酌してあげよっか?」


 シャインが悪い笑みを浮かべながら、お酒を注ぐ動作をしてくる。


「第一、俺まだ飲めないし」

「あれ、雪陽くん何歳だっけ?」

「17」

「大丈夫じゃん。お酒オッケーなの16歳からだし」

「そうなの?」

「うん。てか、雪陽くん知らなかったの?」

「俺が前いた国では20歳だったんだよ」

「じゃあ、まだ飲んだことないんだ」


 お酒か。飲んでみたい気もするが、俺アルコール弱そうだしな。


「そういや、フィリアちゃんは歳いくつだっけ?」

「わかりません」


 迷いなく、清々しいまでに即答しやがった。


「あ、なんか聞いてごめんね?」

「ううん、私は気にしてないから」


 シャインはフィリアには両親がいないのだと思っているのだろうが、実際は時間の流れがおかしい所に住んでただけの天使だからな。

 

「そろそろ雪陽くんはバイトだね」

「もうそんな時間か」


 時計を見ると、あと二十分ほどしかなかった。食べ終わった食器を厨房に片付けると、着替えるために二階に戻ろうとした。


 でも、ここで戻ってしまったら、あの誘いが本当に社交辞令で終わってしまうかもしれない。わざとかどうか知らないが、せっかくシャインが話題を振ってくれたんだ。今こそ勇気を出す時だろ、俺。


「なあ、フィリア」

「なんですか?」

「その、今夜よかったら一緒に風呂入らないか」

「っ!! ゴホ、ゴホッ! せちゃったじゃないですか!」


 シャインを非難した俺もまた、タイミングを誤ってしまった。言葉を絞り出すのに精一杯で、周りまで気が回らなかった。


「ごめん、お茶飲んでる時に話しかけて。それで、嫌なら全然いいんだけどさ」

「すいません、嫌というわけではないんですが、その、心の準備が……」

「いや、今すぐじゃないからな?」

「わかってます。でも……」


 フィリアは頬を朱色に染めると、コップに視線を落としながら再びお茶を飲み始めてしまった。


 今のは、オッケーってことか? それとも、心の準備ができてないから、他の日にして、ってことか?


「すまん、そろそろ行かないとだから」

「……お仕事頑張ってください」


 イマイチはっきりとしないまま、俺はバイトに向かった。




「冷めないうちに風呂入っとけよ!」


 風呂場からオヤジさんの声が届く。ようやく長い一日が終わった。これほど悶々とした一日はこれまでなかっただろう。むしろ、あってたまるか。


 子どもたちに勉強を教えている間も、厨房で皿洗いをしている間も、ずっと今日のお風呂の事が頭から離れなかった。危うく、皿を落としそうになったりもした。


 今日は女子が先で、後に俺が入ることになっている。俺の前にシャイン一人だけがお風呂から出てきたなら、それはつまり、そういう事である。


 ちなみに、今フィリアは部屋にいない。かといって、シャインと一緒に入ってる保証もない。


 どうしよう、全裸はさすがにまずいよな。バスタオルでも下に巻いて入るべきだろうか。


 でも、これでもしフィリアが裸で来た場合、逆に恥ずかしいよな……


 フィリアが裸…………


 ダメだッ! 入る前から想像してたら、生で見た時にブレーキ効かなくなるだろうがッ!!


 頭冷やせよ、俺。冷静に考えて、いくらなんでも裸で来るわけがないだろ。……もしかして、今のフラグか?


 ああっ、もう全ッ然落ち着かない! 心の準備が、って言ってたフィリアの気持ち、今なら悶え死ねるほどに分かるわ。


 その時、部屋の扉の向こうから「お風呂上がったよー」とシャインの声が聞こえた。フィリアの声はしない。一緒じゃないのか? それとも、黙ってるだけか?


 結局心の準備など到底ままならないまま、タオルと着替えを持って脱衣所に向かった。先に脱衣所にフィリアがいる、ということもなかった。


 やっぱり、恥ずかしがってシャインと一緒に入ったんじゃないのか? そうだよな、きっとそうに違いないよな! ……バスタオル巻いて入ろう。


 深刻な情緒不安定の中、風呂場の扉を開ける。だが、中にフィリアが待ってるということもなかった。一緒に入るとすれば、先に湯船に浸かって待ってるのが一番現実的かなー、とも考えていたのだが、その読みも外れてしまった。


 やっぱり、恥ずかしかったんだろう。そりゃそうだ。俺だって、恥ずかしいぐらいなんだから。フィリアが俺と入るのを断っても、それは至極当たり前の事だ。


 お風呂の熱気にあてられて、かえって冷静になってきた。来ないのなら、巻いてるバスタオルも邪魔でしかない。そう思い、バスタオルを取り去って脱衣所に置こうとした。


 その時、ガラガラと脱衣所と廊下を分かつドアが開く音がした。


 誰だ!? 脱衣所は洗面所も兼ねてるから、もしかしたらトイレに行って手を洗いに来たオヤジさんという可能性だって十分にある。でも、もしそうじゃなかったら……


「……雪陽さん、ですか?」


 ……フィリアだ――――――――!!!


「入りますけど、いいですか?」

「ちょ、ちょっと待って! まだ、心の準備が……!」

「まだしてなかったんですか? 私はもう大丈夫ですよ」


 急いでバスタオルを巻き直さなくては、俺のあられもない姿がフィリアの眼前に……!


「……準備出来たよ」

「開けますよ」


 ゆっくりと風呂場の扉が開かれる。扉の陰から現れたのは、上下に一枚ずつバスタオルを巻いたフィリアだった。


「その、恥ずかしいので、あんまりじっくり見ないでください……」

「ああ、すまん……」


 羞恥を帯びたフィリアの声に、慌てて浴槽の方へと視線を移す。フィリアの恥じらった声音で、俺の心の準備とやらが瞬く間に崩壊していった。


「……」

「……」


 いつも、フィリアと何話してたっけ!? 頭がオーバーフローしてて、なんにも考えられない。


「雪陽さんは、もう体洗いましたか?」

「いや、まだだけど……フィリア、その格好じゃ洗いづらくないか?」

「実は、さっきシャインちゃんと入ってて、その時に体は洗ってしまってるんです」


 確かにそう言われてみると、髪が濡れているし、顔が紅潮しているのも、お風呂上がりが理由なのかもしれない。


 ということはさ、俺と一緒にお風呂に入るためだけに、フィリアは来てくれたってことになるじゃん!! なんだよ、嬉しすぎるじゃんかよ!!


「私は先に浸かってるので、雪陽さんはゆっくりしてください」


 そう言ってフィリアが俺の横を通って、湯船に入る。その際に、バスタオル越しにヒップラインがわかってしまい、俺は慌てて顔を背けざるを得なかった。


 何も思考出来ないまま、半ば無意識の状態で体を洗い終える。すると、フィリアが体を少し縮こませて、スペースを作ってくれた。


 この家の浴槽は決して広いほうではない。高校生が二人で入ったら、密着とまではいかなくとも、接触は不可避だろう。


「じゃあ、入るな……」

「どうぞ……」


 浴槽の縁を跨ぐ際に見えてしまわないよう細心の注意を払って、湯船に体を沈める。水面が少し上昇し、フィリアの肩と俺の肩が触れ合った。


「……」

「……」


 話すことが思いつかない。なんとなく気まずさを覚えて水面に視線を落とすと、水中でタオルが揺らめいて、フィリアの白い太ももがちらちらと見え隠れしていた。


「雪陽さん」


 フィリアに名前を呼ばれ、顔をそちらに向ける。すると、フィリアもまたこちらを見て、至近距離で向き合う形になった。


 端整で、それでいて可愛らしいフィリアの顔が間近にある。その頬は桃色に染まっており、首筋や肩に張り付いた黒髪がとても艶めかしかった。


「雪陽さんは私の事をどう思ってますか……?」

「どうって言われても…………一番大切な存在だと、思ってる」

「あ、えっと、そうじゃなくてですね、その……」


 フィリアがさらに顔を赤くして、視線を少し逸らした。


「雪陽さんは、異性として私の事をどう思ってますか…………?」


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