第十四話 テレポート
菱形(◇)で挟まれた部分は一人称がフィリアに変わります。
「二人ともお疲れさん!」
「ふうっ……普段もこれぐらいのお客さんが来るのか?」
「うん。祭り事とかがあった時はもっと来るよー」
「シャインちゃんと二人でやってても、私もうヘトヘトです……」
夜もすっかり深くなり、最後のお客さんが帰った(正確にはオヤジさんが追い出した)頃には、日付が変わろうとしていた。
「今なら風呂が温かいから、さっさと入っとけよー!」
テーブルの後片付けをしているオヤジさんが、予め沸かしてくれていたようだ。
「じゃ、フィリアちゃんは私と入ろっか」
「えっと……」
「あ、もしかして、雪陽くんと入りたかった?」
「そ、そうじゃないから!」
フィリアが赤面しながら、首をブンブンと横に振った。
「あーあ、雪陽くん、拒否られちゃったね」
「フィリアがそんなに全力で否定するなんて、俺傷ついたなー」
「えっ、うう……」
棒読みな俺の台詞に、フィリアが顔を赤くしたまま困った表情を見せる。ちなみに、その後ろではシャインがニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべていた。
「じゃ、じゃあ、今度は一緒に入りますか……?」
「「えっ」」
今、とんでもないこと言わなかったか!?
「ちょっとシャイン、俺、これどうしたらいい……?」
「私に聞かれても困るし。自分で考えなよ」
小声で耳打ちすると、そっけない返事がきた。
当のフィリアは、両手を組み合わせてもじもじしながら俯いている。髪で隠れてよく見えないが、顔は真っ赤なんだろう。もちろん、俺も相応に赤くなっているはずだ。
男気を見せろ、見せるんだ、俺……!!
「こ、今度な……」
「やっぱり雪陽くん、ドーテーだよね」
ニヤニヤスマイルのシャインがボソッと呟くと、固まったままのフィリアの腕を掴んで、風呂場まで引っ張っていった。アイツ、占いの館での会話、聞いてやがったな……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フィリアちゃんって雪陽くんとどういう関係なの?」
「えっ、雪陽さんと?」
「カップルであることはお互い否定するくせに、傍から見ればカップルにしかみえないんだよね~」
体を洗い終わり、湯船に浸かっていると、突然シャインちゃんから質問されました。正直言って、どういう関係なのか私が知りたいぐらいです。
「どう、って聞かれても、私もよくわからない、かな。カップルって呼ばれるような関係じゃないってことはなんとなくわかるけど」
「じゃあ、フィリアちゃんは雪陽くんの事が好きなの?」
広くない浴槽の中で、シャインちゃんが私に顔を近づいてきました。
「ええっ、えーと……好き、です」
「ま、そうじゃなきゃ、一緒にお風呂に入りませんか、なんて言わないもんね~」
「あっ、あれは、その、成り行きというか、元はと言えばシャインちゃんが色々言ったからっ……」
「まあ、種を蒔いたのはあたしだけど、まさかあんな展開になるとは予想してなかったよ~」
自分でもどうしてこんな事になったのか、絶賛混乱中です。
「ううっ、なんであんな事言っちゃったんだろう」
「そりゃあ、雪陽くんと一緒に入りたかったからなんじゃないの?」
「そうじゃない、と思う。一緒になんて恥ずかしすぎるし……」
お風呂のせいか、恥ずかしさのあまりか、頭がぽーっとしてきました。これ以上いると、のぼせてしまうかもしれません。
「フィリアちゃんって、いじめたくなる可愛さだよね~」
「雪陽さんにも意地悪されるんだよね」
「いやー、雪陽くんの気持ちわかるわー」
なんで意地悪したくなるのか、私にはさっぱり理解不能です。
「そろそろ上がろっか。雪陽くんもお風呂待ってるし」
少しクラクラしながら湯船から出ると、今日一日の疲れがどっと出てきました。今夜はぐっすり眠れそうです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日もか、今日もなのか。
就寝前、俺は、いや俺たちはまたしてもこの問題にぶち当たっていた。
「今日は雪陽さんがベッド使ってください」
「いや、フィリアの方が仕事的にもしんどかっただろ。フィリアが使ってくれ」
お互い譲り合える性格はよろしいことなのかもしれないが、毎度毎度これでは埒が明かない。
しかも、今日は昨日と違って、枕も一つ、ベッドも一人用の大きさしかない。間違ってもここに二人で寝れば、密着は避けられないだろう。
いや、フィリアとくっついて寝たいな、とか考えてるわけじゃないですよ?
とまあ、フィリアに知られたら笑われるであろう、無駄な思考を巡らせてたりもするのだが、ぶっちゃけ今日はベッドで寝たいな、とも思っているのだ。仕事疲れたし。でも、それは相手も同じだから、無神経に「じゃあ、ベッド使います」と言えないところが、日本人の難儀な性格なのだ。
「それなら、一日交代でベッドを使うというのはどうですか」
「じゃあ、今日はどっちがベッド使うの?」
「それは、雪陽さんでお願いします」
フィリアがどうぞどうぞ、と言わんばかりに手を向けてくる。ここで引き下がっても仕方がない。
「それじゃあ、使わせてもらうよ。ありがとう、フィリア」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことじゃないですから……」
フィリアが小さく欠伸をしながら、部屋の明かりを消そうとする。
「あ、ソファから落ちても痛くないように、下になんか柔らかいもの置いとけよ」
「……そうですね。そうしときます」
「私、落っこちるほど寝相悪くありません!」などと言い返してくると思ったが、眠たいせいか、フィリアは黙って部屋にあったクッションを何個かソファの下に並べた。
「明かり消しますね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋が闇に包まれるとともに、程なくしてフィリアの穏やかな寝息が聞こえてきた。やっぱり疲れが溜まっていたのだろう。
しかし、眠たいとは言え、俺はすぐに寝れるというわけじゃない。俺はこれからの生活について、うつらうつらしながら考えた。
しばらくはシャインのこの家でお世話になるだろう。だが、いつまでもとはいかない。いずれかは家を借りるか買うか建てることになるだろう。
そうなると、貯金が必要だ。夜は下の酒場を手伝うとして、日中は時間がある。この時間に働いて、少しでも稼いでおきたい。
でも、そんな簡単によそ者の俺が職を見つけられるだろうか。相手にしてもらえない可能性だってあるし。
ふあぁぁ……そろそろ本当に眠くなってきたな。
…………ゴンッ!!
え、何今の音? 多分、この部屋だよな……
すっかり眠気がとんでしまった頭を起こす。窓から差し込む月明かりのおかげで、うっすらではあるが、部屋の中が見渡せた。
何かが落下したわけではなさそうだが……あれ、ソファの上に人影がないぞ。
もしやと思い、ベッドから出て見てみると、ソファの側のクッションの上でごろんと寝ているフィリアの姿があった。さっきのはフィリアがクッションを通して床にぶつかった音だろう。
この調子じゃ、またすぐに落っこちるんだろうな……
一つため息をつくと、俺はフィリアを抱きかかえ、ベッドまで運んだ。その代わりに、俺がソファの上に移動した。ベッドには劣るが、机よりかは断然寝心地がいい。眠気を誘う効果なら、ソファの方が上かもしれない。
今度こそ寝よう。
フィリアがベッドから落ちない事を祈って、俺は眠りについた。
「雪陽さん、起きてください!」
フィリアがソファで寝ている俺の肩をトントンと叩いた。うっすら目を開けると、窓から朝陽が差し込んでいた。まだ寝てたいんだけどなあ……
「んん……どうした」
「どうやら、私たちは寝てる間に体の場所が入れ替わる体質らしいんです! すごくないですか!!」
「断じて違うわっ!!」
俺の朝の睡眠が邪魔されたのは、俺の昨日の仕業、いや、更に遡って言うなら、フィリアがソファから転落したのが原因のようだ。
「なになに、なんかあったのー?」
ノックなしでパジャマ姿のシャインが部屋に入ってきた。もしかしたら、今の声で起こしてしまったのかもしれない。
てか、シャイン胸でかくね。隣にいるフィリアと見比べても、一回りか二回り大きく見えるんだが。
いや、俺が普段女の子を見てないからわからなかっただけで、逆にフィリアが貧にゅ……朝からこの思考はダメだ。朝じゃなくてもダメだ。
「シャインちゃん、聞いて! 私と雪陽さんの体が寝てる間に入れ替わったの!!」
「てことは、今フィリアちゃんの体の中には雪陽くんがいるってこと?」
なんでそうなる。
フィリアの説明も下手だったが、それはありえないだろ。じゃあ、シャインは「シャインちゃん、聞いて!」って楽しそうに喋ってるやつが俺だと思ってるのかよ。
……もう寝よう。
興奮気味のフィリアと、「どゆこと?」と疑問符たっぷり浮かばせてるシャインを余所目に、俺は二度寝へと旅立つのだった。