第十三話 観光
「町を見て回ると言いましたが、どこに行く予定なんですか?」
「はっきり言って、なにも決めてない」
「そんな事だろうと思いましたよ」
フィリアが少し呆れた笑みを浮かべる。その時、
「おーい、そこのお二人さん!」
背後から、女の子の声が聞こえた。
「そうそう、そこの君たちだよ」
振り返ると、明るい茶髪を肩口で切り揃えた少女と目が合った。
「えーと、俺たちに何か用ですか?」
「君たち、草原から来たっていう観光客だよね」
「えっ、なんでそのことが?」
「観光客なんて中々来ないし。この町小さいから、噂はすぐに広まっちゃうよ?」
よく見ると、周りの人たちもチラホラと視線をこちらに向けていた。
「もし、よかったら私がこの町を案内するよ」
目の前の少女は、歳は俺たちと同じぐらいだろうか。「元気」という言葉を擬人化したかのような、明るい笑顔をする少女だった。
「行く所も決めてないですし、お願いしていいですか」
「あー、敬語とか固っ苦しいのナシナシ。歳近いんだから、普通に接してくれて構わないよ」
「わかりました、じゃない、わかった。名前は?」
「よくぞ聞いてくれました、シャインです!」
ピースサインと一緒に、シャインが決めポーズをとった。見た目、中身共に元気が似合う女の子だ。
「二人の名前は?」
「空野雪陽と」
「フィリアです」
「そっかー、君があの木を切ったっていうフィリアちゃんだね」
シャインがフィリアをまじまじと見つめた。視線に耐えかねて、フィリアが恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「ん~っ、想像してたよりも女の子っぽくて可愛いっ! お友達になろうよ! ねっ」
「えっと、よろしくお願いします」
「んもー、敬語はダメだよ、フィリアちゃん!」
「じゃあ、よ、よろしくね」
「うん、よろしく!」
シャインがフィリアの手を掴み、強引に握手をした。しかし、フィリアも嫌がることはなく、少し笑顔を見せて握手に応じた。
「じゃあ、早速行ってみよう!」
シャインが俺たちの前を楽しそうに歩きながら、通りをズンズン進んでいく。
「まずはここ!」
シャインに案内されて俺たちが着いたのは、役場から近い所にある時計塔だった。
「この町には高い建物がないから、この時計塔の上からは、町が一望できるんだよ」
シャインが町民証を、俺とフィリアが昨日もらった滞在許可証を管理人に見せて、時計塔を上っていく。
「ここがてっぺんだよ」
「わあぁ……!」
「いい眺めだな……」
上りきった時計塔の頂上からは、赤や黄色、緑など様々な色をした屋根の町並み、町を囲むようにして造られた城壁、そして、その向こうにある地平線から昇る太陽が見えた。
「やっぱり、朝と夕方は景色が抜群に良いね!」
「シャインは毎日ここに来るのか?」
「毎日じゃないよ。なんとなく、この景色が見たいな、って時だけ」
シャインが大きく息を吸って、うーん、と伸びをした。
「朝陽が城壁の先の地平線から昇ってくるのを見ると、あんまり元気ない時も、今日も一日頑張ろう、って思えるんだ」
そう言って、シャインが屈託のない笑みをこちらに向けた。
「さて、じゃあ次はどこに行こうかな~」
「俺たちそんなにお金持ってないから、なるべくお金使わない所だと助かるな」
「ははっ、この町にお金じゃんじゃん使えるような店なんてほとんどないから、安心していいよ」
時計塔を下りて、次の場所へ向かう。
「えーと、雪陽くん、って呼んでいい?」
「いいよ」
「雪陽くんとフィリアちゃんは、どこからここに来たの?」
「草原から、だな」
「迷いの草原?」
「そう、それ」
前を歩くシャインが立ち止まると、驚いた顔をしてこちらを向いた。
「ってことは、雪陽くんもなんか凄い能力があったりするのかな?」
「悲しいことに、俺には全く。フィリアはあるみたいだけど」
「木を切り倒す能力だよね」
「そこまで限定的じゃないけど……」
フィリアがささやかな否定をしたが、シャインは気にも留めず、話を続けた。
「昔、っていっても数年前だけどね、二人が来たのと同じ草原から凄い騎士様がやってきたんだよ。全身鎧に包まれてたから顔は分からなかったけど、とにかく凄いの。とんでもないスピードで走るし、川の水の量が減ってたのも、すぐに解決しちゃうし。本当にヒーローだったな~」
「今は、王都って所で騎士団に所属してるんだよな」
「あれ、もしかしてジェロックさんに聞いた感じ?」
シャインが、ありゃ、といった表情で、ほっぺたをぽりぽりと掻いた。
「あっ、着いた着いた」
「ここは?」
「よくぞ聞いてくれました!」
シャインはその場で軽やかにターンを決めると、両手で俺たちの目の前の建物を示した。
「ダンディ親父の冒険者の酒場へようこそ!」
シャインに連れられて俺たちがやって来たのは、木造2階建てでデッキもある、洒落た雰囲気の酒場だった。
「ちなみにだけど、ここ、私の実家ね」
「てことは、ここの店主って」
「私のお父さんだよ」
シャインと共に、開店前の店の中へ入っていく。
「おとうさーん! 噂の二人、連れてきたよー!」
「う、噂の二人って」
「私たちのことですよね……」
俺とフィリアがお互い顔を見合わせていると、カウンターの奥から、禿頭でガタイのいい「オヤジ」という呼び方がふさわしいであろう、男性が姿を見せた。
「おかえり、シャイン。おっ、その二人が木を切ったっていう観光客だな?」
「そそ、雪陽くんとフィリアちゃん」
「こんにちは」
「へえー、本当に君があの木をぶった切ったのか!大したものだな!!」
シャインの親父さんが俺に近寄ると、肩をバンバンと叩いた。
「えーと、切ったのは俺じゃなくて、隣のフィリアの方なんですが……」
「おっ?」
親父さんがビックリとした表情でフィリアを見る。フィリアがおずおずと「そうです……」と言うと、親父さんは「そうか、そうか! お嬢ちゃんの方だったか!」と言いながら、今度はフィリアの背中を叩き始めた。
「ちょっと、フィリアちゃん女の子なんだから、バシバシ叩かないでよね!」
「おおっと、悪い悪い。つい、シャインと同じ感覚で叩いてしまって」
「言っとくけど、私もれっきとした女の子だからね!」
「シャインが女の子を名乗るには、淑やかさが足りなさすぎるな!」
「な、なにをー!!」
シャインがオヤジさんの胸をぽかぽかと叩いた。淑やかさが足りないってのは、そういうところなんじゃないか、と思ったが、言わないでおいた。
「俺はフランクだ。こいつはそそっかしくて落ち着きのないやつだが、仲良くしてやってくれ」
フランクさんが相変わらず叩き続けてるシャインの頭をゴシゴシと撫でた。
「もう、あたしも16歳なんだから、子供扱いしないでよねっ!」
「16にもなってコレだと、先が思いやられるな!」
「そんな風に育てたのはおとうさんでしょー!」
「そんなことよりも、二人の観光案内をしてるんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった」
叩く手を止めたシャインが、はっ、とこちらを振り返った。
「いやー、なんだか恥ずかしいところを見られちゃったな~」
「親子の仲が良くて、羨ましいなと思うよ」
「羨ましいかな~、ただのがさつなオッサンだよ?」
「それでも、暖かいなって思う」
「じゃ、いっか」
シャインに連れられて、再び街を練り歩く。といっても、ランドマークのような観光建築物はないので、観光というよりかは散歩に近い気もする。
「あっ、ここはなかなか面白いよ~」
「占いの館?」
「ここのお姉さん、よく当たるって評判なんだ」
漆黒の木で造られた小さい建物で、紫に妖しく光る入り口の暖簾が、いかにもそれらしい雰囲気を醸し出していた。
「せっかくだし、占ってみてもらったら?」
「でも、こういうの高いんじゃ……」
「まあ、そこはあたしが融通きかせるからさ」
シャインに押されて半ば強引に入ると、店内は暗く、外とは違って空気がひんやりとしていた。
「おっ、シャインじゃ~ん。どうしたの、恋の相談?」
「違う違う、昨日来た噂の二人を連れてきたんだよ」
店の中央で胡座をかいて座っている若い女性が顔を上げた。その顔は長い黒髪に隠れて半分しか見えず、髪の隙間から覗かせた瞳は眠そうというか、泥酔しているのかというぐらいにトロンとした目をしていた。
「あー、これが噂の切り倒しカップル」
「いや、カップルというわけでもないんですけど……」
「切り倒し、は否定しないのか」
占い師が座れ、と手で示すので、大人しくフィリアと並んで座る。
「名前は」
「空野雪陽です」
「フィリアです」
占い師が奥から水晶玉を持ってくると、よっこらしょ、の声とともに俺たちと女性の間に置いた。
「ん。で、何を占って欲しいの?雪陽の童貞卒業の目処とか?」
「違いますよ!」
「雪陽さん、ドーテー卒業ってなんですか?」
「フィ、フィリアは知らなくていいから!」
「あ、知らないんだ。童貞卒業ってのは……」
「説明しなくていいですから!」
見た目もそうだが、この人予想以上にヤバい人だぞ。
少し恨みを込めた目でシャインを探すが、店の中には居なかった。こんなことになるとわかってて、避難したのかもしれない。
「卒業の時期じゃないなら、何を占ってほしいわけ?」
「ええと……」
「これからの私たちの生活についてお願いします」
「そんな抽象度高いこと言われても、私知らないし」
あんた、占い師じゃねえのかよ。
「もうちょい、具体的な事で頼むわ。例えば、明日の晩ご飯は何、とか」
「それ、占う必要あります?」
「人によってはあるんじゃないの~?」
「じゃあ、今日私たちが泊まる場所はどこですか?」
「おっ、良い感じの質問だね~」
フィリアの問いかけでようやく満足した目の前の女性が、長い黒髪をわっさわっさ揺らしながら、水晶玉に手を近づけたり、遠ざけたりし始めた。気のせいか、暗い室内で水晶玉が光を発したように見えた。
「んー……知り合いの家じゃね?」
やっぱり気のせいだった。
「クソ適当っすね」
「ま、信じるか信じないかはあなた次第、だな」
お決まりの台詞とともに水晶玉を後ろに片付けると、占い師は「終わり終わり」と言って店から俺たちを出した。
「あの、お代は?」
「お代?あー、いいよ、別に。楽しかったし。ま、その代わり、また来てよ」
占い師の女性は眠そうなあくびをした後、ふらふらと店の中に戻っていった。
「占いはどうだったー?」
シャインが店の角からひょっこり顔を出して聞いてきた。
「占いもなにも適当じゃねえか」
「まあまあ、所詮は占いなんだし。100%当たる、って期待してるわけじゃないじゃん」
「お代も無かったですし、いいじゃないですか」
無料だったからいいのか、と疑問に思わなくもなかったが、いいのかもしれない。
その後も、市内のオススメスポットを色々と回ったのだが、
「雪陽さん、大変です!」
「どうした、そんなに慌てて」
「私たち、まだ宿を取ってません!」
「あっ!!」
陽はもう沈みかかっている。今からだと、間に合わないかもしれない。
「ごめん、シャイン! 今日はこの辺で」
「ごめんね。また明日来るから」
「あっ、ちょっと二人とも着いてきて」
宿屋のある方へ駆け出そうとした俺たちをシャインが引き止めた。
「俺たち急いでるんだけど」
「なら、走っていこー!」
突然、シャインが人の間を縫うようにダッシュし始めた。見失わないように俺たちも必死で後を追いかける。
「って、ここ、ダンディ酒場じゃねえか」
「そだよー、ちょっと待ってて」
シャインが開店中でお客さんも入っている店の中を駆け抜けると、オヤジさんとわちゃわちゃ話しはじめた。
少しして、ニコニコな顔をして、シャインが戻ってくる。
「ここの酒場の2階、私たちの住居スペースなんだけど、一部屋空いてるから泊まってっていいよ!」
「それホント!?」
「ホントホント!」
シャインがサムズアップすると、店からオヤジさんが出てきた。
「そのかわり、シャインと一緒にちょっと店の方を手伝ってくれよな!」
「もちろんです」
「じゃあ、早速お嬢ちゃんは着替えて、シャインと接客に当たってくれ。んで、えっと……」
「雪陽です」
「長いからハルだ!ハルは厨房の方で皿洗いを頼む」
最後に俺とフィリアの肩にポンと手を置くと、オヤジさんは厨房へ消えてしまった。
「私、上手く接客出来るでしょうか……」
「シャインもいるし、なんとかなるよ」
不安そうにするフィリアの背中を押して、俺も店内に入る。皿洗いなら、俺も出来るだろう。
あっ。
占い、当たってたな……