表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

第十一話 宿

「来てすぐだというのにご迷惑をかけてしまい、すみませんでした」


 家主が帰った後、今度は俺たちに向かってジェロックさんが頭を下げた。


「いえ、実際に切り倒したのは私なので、ジェロックさんが謝る必要はありませんよ」

「むしろ、俺たちの方こそすみませんでした」


 俺とフィリアも揃って頭を下げる。


「しばらく待っていてください」


 ジェロックさんが受付の奥へと消えていく。少しすると、なにやら封筒のようなものを持ってやってきた。


「修繕費にお金が回ってしまうため、本当に僅かなのですが……」


 手渡された封筒の中を覗くと、金貨と銀貨が合わせて十枚ほど入っていた。


「町を壊しておいて、さすがにお金は受け取れないですよ!」

「いえいえ、私に出来ることはこれぐらいしかないもので。どうかお受け取りください」


 フィリアと顔を見合わせるが、フィリアは小さく縦に首を振った。


「では、ありがたくもらっておきます」

「夜も遅くなってきましたし、急いで宿を見つけないといけないな」


「そのことなのですが」とジェロックさんが言葉を遮った。


「お恥ずかしい話ですが、観光産業に乏しいこの町では宿屋が少なく、すでに今日はどこも満室状態になっておりまして……」

「てことは、俺たち今日……」


 宿無し野宿という最悪のパターンが頭をよぎる。


「いえ、役場に職員の宿泊室で空きがありましたので、今日はこちらにお泊りください。もちろん、お金は払っていただかなくて大丈夫です」


 ジェロックさんが優しい方で本当に良かった。断る理由もなく、俺たちはジェロックさんに案内され、役場の三階にある宿泊室に向かった。


「こちらになります」


 ジェロックさんが通路の突き当りに位置するドアを開けて、中を示した。ベッドと机、椅子、明かりだけの質素な部屋だが、少しでも節約したい俺たちにとっては、十分すぎるもてなしだ。


「私は一階の町長室におりますので、もし何かおありでしたら、そちらまで尋ねてきてください」


 「良い夜を」という挨拶とともに、ジェロックさんが今来た階段を降りていった。


「さて、ひとまず宿は確保できたし、お金もゲットできたし、晩御飯を食べに行こう」

「そう言えば、私たちここに来て、まだ何も食べていませんでしたね」


 一度食事を意識し始めると、途端に空腹感がやってきた。


 スーツケースを部屋に置いて俺とフィリアは役場を出ると、来るときに通った大通りへと足を運んだ。


 若干居酒屋が多めだが、ラーメンらしきものなど、普通の飲食店もあるようだ。


「フィリア、安さ重視でいいか?」

「節約しないといけませんし、そうしましょう」


 先程頂いた金貨にどれくらいの価値があるのかはわからないが、さすがに何ヶ月も食っていけるような高額貨幣ではないだろう。金欠で困らないためにも、今は必要最小限の出費に抑えたい。


「あそこはどうでしょう」


 そう言ってフィリアが指差したのは、通りの外れにあるパン屋だった。


「この時間だし、置いてあるものも限られてきそうだな」

「しかし、売れ残りを避けるために、値段が下がっているかもしれないじゃないですか」


 ほんのちょっとまで神世界にいた天使が、パン屋の経営事情について語っているのが少し可笑しかったが、フィリアの意見は一理ある。


「じゃあ、行ってみるか」


 人混みが出来ないほどの活気の通りをフィリアと並んで歩く。途中、肉の香ばしい匂いや揚げ物の匂いが食欲をかき乱したが、諦めることなくパン屋に着いた。


「やっぱり、私の思ったとおりです!」


 店内に入ると、既に塩パンやクロワッサン、食パンといったシンプルなものしか残っていなかったが、フィリアの言う通り、値段は2割引になっていた。


「とは言え、さすがに食パンだけで食べるのもしんどいな……」

「あっ、雪陽さん、ジャム売ってますよ!」


 そう言われフィリアの方を見ると、レジの脇にイチゴジャムやブルーベリージャム、マーマレードが置いてあった。


「フィリアはどれがいい?」

「んー……イチゴジャムにしましょう」


 食パン一袋とイチゴジャムを持ってレジに向かう。合計で銅貨60枚に対し銀貨1枚を渡すと、銅貨40枚のお釣りが返ってきた。


「素で封筒持ち歩くのも危ないし、鞄でも買おうか」

「スーツケースに鞄は入ってないんですか?」

「あー、そう言えば小さいやつが何個かあったと思う」

「じゃあ、鞄は買わなくても大丈夫ですね」


 食パンとイチゴジャムを手に、役場の宿泊室まで戻る。


「なんだか、雪陽さんの家で食べた朝ごはんみたいです」

「そう言われると、確かにそうだな」


 食パンを袋から取り出し、イチゴジャムを塗って口に運ぶ。その味はあちらの世界と変わらないもので、少し郷愁感がこみ上げてきた。


「そういや、なんでイチゴジャムを選んだんだ?」

「私、あの3つの中でこれしか食べたことないので、安全策で一度食べたことのあるものを、と」

「ブルーベリーもマーマレードも美味しいから、次はそっち買ってみようか」


 それぞれ満足するまで食パンを食べると、特にすることもなくなってしまった。今日は色々あったし、明日に備えてもう寝てしまうか。


「……なあ、フィリア」

「どうしました?」

「今更なんだが、この部屋ってベッド一つしかないよな?」

「そうですね」

「俺らって、別に部屋を用意されたわけでもないよな?」

「そうですね」

「そんでもって、ベッドの上に枕が並んで2つ置いてあるのは気のせいじゃないよな?」

「気のせいじゃないですね……」


 俺の言わんとする事を察したフィリアが少し頬を赤く染めた。


「きょ、今日は雪陽さんがベッド使ってください! 前回、私がベッド独り占めしちゃいましたし!」

「フィリアだって疲れてるだろうし、俺は机で寝るの慣れてるから、フィリアがベッド使ってよ」

「でも雪陽さんだって同じように疲れてるだろうし」

「しっかり寝れなかったせいで、フィリアの具合が悪くなったりしたら嫌だから」

「うう……」


 フィリアが言葉に詰まる。強引だが上手いこと折り合いがついたと感じ、就寝具のジャージをスーツケースから取り出そうとした。


「じゃ、じゃあ、二人でベッドに寝ませんか!」


 予想外の返しにフィリアの方を振り向くと、思わず口をついて出てしまったのか、フィリアは顔を真っ赤にして俯いていた。


「その、雪陽さんがイヤじゃなければ、ですけど……」


 そんな言い方されたら、断るに断れないだろ……


「じゃあ、一緒に寝よう」

「はい!」


 恥ずかしそうにしながらも、フィリアは嬉しそうな笑顔を見せたのだった。


追記:3月22日に一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感想、誤字脱字の指摘などがありましたら、感想ページの方によろしくお願いします。評価ポイントも付けて下さると、ありがたいです!
感想ページはこちら

完結済!こちらもよろしくお願いします
インフィニティ・ライフ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ