1-1.市川一翔(29)
7人目。親はいつまで子供を作る気だろうか。
ろくにお金もなく、幸せとはとても言い難い暮らしをしながら、
1日1日を必死に繋いで生きているのに。
俺、市川一翔は6人目の兄弟の出産を見ながらそう思う。
勿論、兄弟が嫌いとか、親が嫌いと言うわけではない。
だが、自分自身だけでなく兄弟のためにも必死に働いている自分を思うと、
正直もうやめてほしいと思う。今でさえ、
自分の給料から兄弟のためにお金を引いているのに、
もう一人増えるとなると…。
今までの経験から、兄弟の為に自分が出すお金を一人分追加して、
頭の中で計算してみると残る額に呆れてしまう。
また仕事増やした方がいいかな…なんて考えながら、
子供が生まれて喜んでいる両親と兄弟に愛想笑いをする。
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荷物をまとめ、パソコンの電源を落とす。
「お疲れ様でしたー!」
走って出て行きながら、社内に向けてそう言う。
「お疲れー!」「ほーい」「気をつけてなー」「また明日なー!」
などと聞こえてくるのがわかる。
だが、それを気にすることなく一気に階段を駆け下りる。
会社の玄関を出て、駅に向かいダッシュする。
ヤバい……後5分で電車出発する…!
今は21時55分。家に帰るには22時発の電車に乗らなければならない。
自分の家はかなり田舎で、この都会からでも1日6本しか電車は出ない。
今日は22時発が最後の電車だ。
走りながら時計を確認する。時計は21:58と表示してある。
よしっ…!何とか間に合いそうだな…。
急いで駅に入る。今日は人もそんなに多くないため、
二段飛ばしで階段を駆け下りる。ホームが見えてくる。
今日も無事、帰れそうだ!
そう思ったとき、目の前を歩いていた男性とぶつかる。
「うわっ!…すみません、急いでるので失礼します!すみませんでした!」
そう言い、直ぐに立ち去ろうとする。電車が出発するメロディーが流れ出す。
俺が立ち上がり走ろうとした瞬間。肩ががっしりと掴まれる。
「電車が出発します。ご注意ください。」
あ、終わった…。家に帰れないの…久し振りだな……。
そう確信し、男性の方を見る。
「お前、俺にぶつかっといて立ち去ろうとするなんて、
いい度胸だな……。ちょっと来い。」
肩を掴まれたまま、駅の外。人の気配のない路上へ連れて行かれる。
「お前、有り金全部出せ。出したら殴るのは5発にしておいてやる。」
出しても5発殴られるのかよ…。殴られるのは慣れてるし、
いっそのことお金は出さないでおこうか…。
最悪なことに今日、給料を貰ったばっかりで、お金を多めに持ってるし…。
家族のためのお金もある。
「えっと…。すみませんがお金は出せません。家が苦しいもので…。
どうか見逃してくれませんかね?」
必死に笑いながらそう言ってみる。返答はもちろんのこと。
「あぁ?見逃すわけねぇだろ。俺にぶつかったんだからな。
…。ていうか、殴られ希望か…。望み通り、思いっきり殴ってやるよ!」
男の手が頬に当たると同時に激痛が走る。
つい、昨日。前に殴られた傷が治ったばっかりなのに。
そう考えると、少し悲しくなる。
「けっ!二度とぶつかってくんじゃねぇぞ。」
かれこれ1時間位だろうか。ようやく男から解放される。
なんとなく時計を確認してみる。時計は22:27を示している。
なんだ。30分も経ってないのか。…。今晩はどうしようか。
これから朝まで、お金を使わずに過ごす方法を考えながら、
傷の痛みを気にしないように歩き出す。
道路へ出ると、右から眩しいライトが近づいてくる。
しまった…!車来てるか、確認しないまま出てしまった!
あぁ、今朝が家族との最後の時間だったのか。
もっといろいろ話しとけば良かったな。
そう思った瞬間。全身に激痛が走り、意識が無くなった。
初めまして。未空と申します。
この度、[小説家になろう]の方でも掲載させていただくことにしました。
これからも読んでくださると幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します。