命名システムに不具合があると思う
やりたい放題した崩滅の魔女は満足げな顔で街に帰っていった。あまりにも超越的な台詞を捲し立てるので、もしかしてこの人は小説にありがちな主人公に絶大な力を与え試練を課し最終的にラスボスとかそんな感じの存在なのではと訝しんでいたが普通に中二の転移者だった。安心した。別れ際部員募集の広告もらった。『服飾部』どこにも魔女要素が見当たらない。転移者達の謎の学園ノリは一体何なのか。嫌いじゃないが。もう一度言う。嫌いじゃない。
現在私は花畑に寝そべって茫然としてる。時刻は夕暮れ。確かに崩滅の魔女さんとの寸劇は心を摩耗させたけれど客観的に考えれば仲良くお話したのだ。ほとんど意味分からなかったけれど初対面の人と対話したのだ。公共サービスや商売に関係なく一時間以上話し合えばそれはもう友達といっても過言じゃない。それは、まあいい。マイフレンドと別れて瞑想を続けてたら魔法が使えるようになった。ライトクリスタル出た。数時間に及ぶイメージ模索による想像地獄は安易に語りつくせないうえに言語化が難しいのだ。魔法発現時のイメージをあえて例えてみれば、自らの体の一部を引き千切り丸めて固めたら可愛いペットができた、という猟奇的な表現しかできない。それでも魔法が使えた。予想では長い修行パートでコツをつかみピンチに陥った時に覚醒したり等のドラマチックな流れを得て魔法が使えるようになるのかなと期待してたが、案外あっさりである。魔法を覚えた。歓喜したしころころ転がった。それもまあいい。大事なのはその後だ。
名前:アムネシア
種族:天人族
技能:天魔法 1
魔導 1
気配遮断 1
索敵 1
本当に命名されてた。チェッカーを気まぐれに見てみたらこうなってた。アムネシア。私の名前はアムネシア。世界の果ての観測者。確かに私には転移後名前が無かった。ぼっちゆえに不便は無かったけれどちゃんと自分で考えて決めようと思っていたのだ。容姿に似合うような名前はアリスとかリリィとか浮かんだけれど何が悲しくてそんな少女少女した名前を自分に付けねばならぬだと却下し、いつか奇跡が起きて男に戻ることが出来るかもしれないとの願いを込めて中性的な名前を模索してたのだ。それなのに寸劇の結果強制的に決まった。アムネシア。よくよく考えればそんなに悪くないしむしろカッコいいとも思える。でも天人族のアムネシア。中二過ぎる。終焉の星のアムネシア。アニメか。記憶喪失って意味なのがさらに中二感増す。知らぬ人に名前の由来を聞かれたらアウトだ。あっ(察)とか言われる。弁解しようとするとアホな経緯を説明せねばならない。誠に遺憾である。魔法が使えた喜びと中二な存在になった悲しみによりテンションプラマイゼロの弊害か、ただただ茫然と空を見てた。
「またのご来店をお待ちしてます~!」
街にいつの間にやら出来ていた食堂で晩御飯を済ませた。肉じゃが定食は大変美味しゅうございました。石版通販の料理も味はなかなか美味しいのだけれど品数が少ない。その代わりに食材がかなり豊富なので自炊できる人なら作ろうと思えばなんだって作れるだろうと思う。異世界特有の摩訶不思議な食材の他に日本のスーパーで売っているような食材も普通にある。私は長年コンビニフードに支えられて生きてきたので食堂は実に助かる。褒めたい。このお店も例によって『調理部』が経営しているらしく転移者達のバイタイティに感嘆を覚える。
割と早い段階で気付いたことだが石版通販の品物は日用品を除いてどれも種類が少なく、その代り素材がやたら豊富な傾向がある。これは生産業の需要を作るためだろう。空き店舗型住居に荷物を運びこんでる人達がいるからそこも何らかのお店になるのだと思う。
何らかのスキルを習得するためだろう、広場のあちこちで奇行に走ってる人がいる。武器の素振りはまだ分かるが壁をよじ登っていたり縄で拘束されて楽しそうに宙吊りになっていたりする人は何のスキルを目指しているのか。
スキルは多岐にわたる。やはり戦闘能力に直結するスキルが多めだが『料理』や『鍛冶』『調薬』など生産に携わるスキルもあり、『絵画』『舞踏』等戦闘にまったく関係ないものまで存在している。それこそ全ての職の数と同数のスキルがあるのではないかというほどだ。スキルレベルは最大で10。どのスキルも5で一流と呼ばれるらしい。ただ勘違いしてはいけないのだが例えれば『料理』のスキルレベル、上がれば上がるほど料理が美味しくなり作れるメニューが増えるという事ではなく、料理に関しての記憶力が良くなり調理中の疲労軽減、というあくまで間接的なものでしかない。美味しい料理を作るためには努力が必要という事であり、努力の結果スキルレベルアップという努力を補佐するためのものが手に入る、という訳である。補佐とはいえその効果は絶大だ。スキルがある世界は言い換えれば努力が実る世界。そしてチュートリアル中はスキル成長率数十倍なのだ。みんな必死になるのも頷ける。
みんな目標を見据えてる。チュートリアルが終わった後の人生をどう生きるか考えて行動してるのだ。私に足りない要素。私がおろおろと困惑しているうちに皆はガンガン突き進んでいるように感じて微かな焦燥に駆られる。私はこれからどうなりたいのか。私の夢は。と、ここまで考えてまるで思春期のようだと苦笑いする。でもこれは必要なことだ。ゆっくり探していこう。巨大な月のおかげで明るい夜道。さあ、お家へ帰ろうか。
「待てっつってんだろゴラァー!!!!」
水晶光を足元辺りを並走させながら速度を緩めず路地を駆け抜ける。転んだら終わりだ。背後から怒声が聴こえるたびにヒッと小さく悲鳴を上げてしまう。階段を駆け上り花壇を飛び越えただひたすらに広場を目指す。追ってくる男は足が速く徐々に距離が縮まる。私は気が緩み過ぎていたのかもしれない。なんとなく転移者達は良い人が多い、と漠然と仲間意識を持って安心してた。過信してた。とにかく人通りの多い所へ行って助けを求めよう。私に戦闘能力は無い。魔法で生み出した水晶も攻撃力が全然ない。走る速度と同程度のスピードでしか飛ばないのでまだ投石のほうがマシなくらい。これではあの子が救えない。私も捕まったらどうなるか分からない。少女の体なのだ。ゾッとする。夜想曲的な展開は御免である。幼女を担いだ悪漢が鬼のような形相で追ってくる。早く、人里へ。
「何もしねぇから止まれ!!何もしねぇし誤解だから!おい!!!」
押すな押すな理論である。絶対何かされる。こわい。
「知り合いだ!!このクソチビの知り合いだから攫ってねぇ!!!」
自供した。顔見知りの犯行。遊びと称していかがわしい行為を強要するつもりだ。
「俺は無実だ!!!話をっ!聞け!!止まれ!!!!」
犯人はみな同じことを言う。
膝をついて座り込む私の目の前に人攫いの男がいる。黒髪黒目で鋭すぎる眼光の黒ずくめ。刀を腰に差したマフィアのナンバー3みたいな怖い顔の人が幼女を小脇に抱えたまま私を睨んでる。終わった。私はここまでか。救うことが出来なかった幼女は気絶しているのか微動だにしない。まだ7才くらいだ。これからなのに。不甲斐なくて涙がぼろぼろ出てくる。あとちょっとだったのに。あとちょっとで広場だったのに。バッドエンド。閉幕のベル。
「…いいか?もう10回は説明したと思うがもう一度言うぞ?聞け?今度はゆっくり話すから。いいか?このクソチビは、酒場で、酔い潰れた。それで知り合いの俺が、このクソチビを、家まで送っていく途中だったんだ」
ひょいと幼女の首根っこ捕まえてぶらぶら見せてくる。本当に酔い潰れたのかどうかは暗がりなのでよく分からなかったが、すやすやと涎を垂らして寝ているようだ。
「………こんな、ちいさな子がお酒を…?」
「やっと喋ったか…。言っとくがコイツこんな形して中身28のババアだぞ。性格悪くて金がねぇ。毎日たかりに来やがる。今日は酒まで盗られてこのザマだ、クソメンドくせぇ」
信じていいのかどうか迷ってしまう。気絶した子供を抱えていた事のうまい言い訳のように聞こえるがこんなスラスラ嘘がつけるのだろうかとも思う。でもチンピラみたいな人なのだ。今だって傍から見たら泣いて座り込む少女にヤンキー座りでガンをつけてる悪漢に見えるだろう。28はまだ若いのではと思ったがこの男性よくよく見れば二十歳すこし過ぎたくらいの青年だった。
「話続けるぞ?俺は正直困ってたんだ。コイツには恨み満載で顔合わす度に喧嘩してんだがそれが周りには仲良く見えるみてぇでな、潰れたこのクソを押し付けられた。で、歩いてる途中まではコイツに案内させてたんだが気付いたら完全に落ちてた。全然起きねぇわコイツの家知らねぇわで困ってた時にあんたに叫ばれたって所だ」
よくよく聞いてれば案外いい人なのかもしれない。顔に似合わず。まったく全然顔に似合わず。
「声に出てんぞゴラァ!!…わ!わりぃ震えるな泣くな!……な、なんで罵倒された俺が謝んなくちゃいけねぇんだよ…。と、ともかくな、これも縁だ。あんた、このクソチビ泊めてやっちゃくれねえか?こんなんでも一応女だからよ、うちってのも不味いだろ。廊下にでも転がしときゃいいからよ」
こんな提案をするくらいだから人攫いでは無いのだろう。追いかけられた恐怖からかまだ完全には信用できないがおそらくこの人は本当の事を言ってる。私の勘違いだったみたいだし誰も来なかったが住宅街で人攫いと叫んでしまった事をちゃんと謝ろう。
「誤解してすみません…。家に泊めるのは大丈夫です。ここからだとちょっと距離がありますけど」
「わりぃな。助かる。途中までは俺がコイツ持っていくからよ」
ホッとした様子の男性と幼女を連れて駆け抜けた道をのんびり戻る。突如家に人を泊める展開になったがこれも縁だ、と思う事にする。ぽつぽつ話しながら歩いている途中、私の叫びが聞こえていたのか治安維持しているらしい『女騎士道部』が駆け付けて男性が捕まりそうになったり誤解を解いたりのイベントがあったが、概ね何事も無く自宅付近に辿り着いた。受け取った幼女をよいせと背負い別れの挨拶をしている時に素朴な疑問が浮かんだ。男性は幼女に恨み満載と言ったがなぜだろう。ぶしつけな質問だが聞いてみたら、男性は少し迷うそぶりをして溜め息を吐いた後、名前、と言いながらチェッカーを見せてきた。
名前:チン・ピラー
種族:人族
技能:身体強化 1
あ。こりゃ恨みもするわ。同情を禁じ得ない。よかった。アムネシアで心底よかった。