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潮騒に紛れて心が削れる音がする




 ダンジョン神殿の転移陣部屋で転移ルールを口頭で説明していた男性が沈痛な面持ちで見てくる。その目は心に刺さる。やめてください。この男性もまさか『そんな装備で大丈夫か?』『大丈夫だ。問題ない』のやり取りをドヤ顔で行った少女が転移後僅か3分で泥だらけの涙目で帰ってきた事に言葉も無いのだろう。唯一の短剣も無くした。ちなみに服の汚れは謎の力によって綺麗になっているが顔と髪はそうはいかない。この惨状に至る経緯を想像できなくてもしょうがない。



 刹那の出来事だった。ダンジョン第一階層に転移した私はすぐ近くにスケルトンがいる事に気づいた。薄暗い石造りの通路、点々と灯る松明に浮かび上がる槍を持った人骨。ゲームや映画では見慣れた感のあるスケルトンでも実際自分の目で見てしまうとどうしても震えを抑えきることができなかった。それでも、今はこんなでも私は男なのだ。戦わねばならぬ時がある。今がその時だ。短剣を鞘から抜きヤクザ映画のカチコミの如く構え、走りだし、転がる。割と距離があった筈なのに軽快にころころ転がり続けスケルトンの足元に辿り着いた。短剣はどこかに吹っ飛んだ。スケルトンは困惑を隠せない様子。正直私も困惑を隠せてないが即座に勝利への道筋を思い描き、全力で、逃亡したのだった。完。





 大勝利だ、と一人ごちて勝利の美酒で喉を潤す。人間ってのは生きてるだけで勝ちなのだ。確かにスケルトンは倒せてない、武器も無くした、だかそれでもあの激しい戦いの中で生き延びた。これが勝ちと言わず何を勝ちと言う。3年間は生命の保証がされているのだからずっと自動的に勝ち続ける。これが勝ち組か。僅かに鼻を啜りながらもぐいっと美酒を一気飲みする。石版通販でみつけた柚子酒。ほの甘くておいしい。異世界柚子あるのか。異世界ってなんなんだ。ずるずるパスタに似た何かを食べ終えてボフッとソファに横たわる。


 窓の外には夕暮れ時のグラデーション。涼やかな虫の鳴き声。もう動く気力が無くなってしまった。今日はたくさん転がったのだ。しかたない。放っていたスキル図鑑をぱらぱら捲る。端的に言って、私にはまだダンジョンは早い。敵が強いとか云々以前に私には戦う力が欠けている。まぁ実際コケて逃げてきただけだから戦ってもいないのだけれど、その辺の事情は棚の隅に置いておく。まずは、体に慣れるために運動しようと思う。軽すぎて制御が効かないのだ。ぽんぽん飛ぶ。これは少女の体の所為というより天人族の特性なのではと訝しんでる。槍棒高跳びでぽーんと家の二階建ての屋根を超えたのだ。よくよく考えればありえない。軽すぎる事を考えれば武器に振り回されるのも納得できる。武器の扱いにペナルティをくらっている状態だと思い至り悲しくなるが、私には起死回生の一手が残されている。  

 掲示板でお勧めスキルとして紹介されていてスキル図鑑では近接戦必須とまで言われている『身体強化』。このスキルは単純に体を鍛える事で手に入り、スキルレベルが上がるにつれて身体能力が強まっていくのだ。力は強く、体は頑強に、足も速くなり病気にもなりにくい。単純で効果的。スキルレベルが5を超えると人外の強さになるらしい。これは取得せねば。


 体を鍛えるのと同時に習得を目指したいのが『魔力操作』。どうせなら魔法を使ってみたいし謎属性を無視するのはもったいない。まあ魔力操作のスキルレベルが上がったからって魔法が使えない可能性が高いのでモチベーションが保つかが心配だ。石版通販に各種魔法書が売っているのだが基本的に見知った属性ばかりで変な属性はない。ゆえに呪文が分からない、といった具合である。されど希望は捨てきれない。現状武器の扱いに不安がある以上魔法に期待してもいいじゃないか。習得法は瞑想したり魔力を感じることで覚えるそうなので暇をみてちまちまやっていこうと思う。


 焦り過ぎていたのだろうと思う。石版通販のなかには33万前後のポイント。食糧や日用品の物価はだいたい日本と似たようなものだったので生活する分には余裕がある。初期費用100万が一日で34万に減ってかなり切迫した心境だったけれどあれは武器が悪いのだ。二階の空き部屋にまとめてぶっこんであるけどいつか使いこなせるようになりたい。まあそれはともかく鍛錬である。そもそもなんの訓練もなくいきなり実戦に突っ込むのは我ながら無謀極まった。地道にやっていこう。明日から私の修行パートの始まりである。







  名前:不明

  種族:天人族


  技能:天魔法  1

     魔導   1

     気配遮断 1

     索敵   1 

     



 翌朝、ふと思う事があってスキルチェッカーしてみたらなんかいた。魔法が生えてた。ベッドから身を起こしたあと寝起きの頭を揺らしながら昨夜の事を思い出してみる。私はまだこの家の蛍光灯(魔道ランプ?)のスイッチの場所を完全には把握してない。ゆえにいつも暗くなると手探りでスイッチを見つけたり見つからなかったりしてる。昨夜もそんな感じで寝室に続く廊下のスイッチをうろうろ探していたら光る水晶が空中にパッと現れた。ありがたいと思いそのまま歩くとついてくる。そのまま寝室に入りベッドに横になるも未だ水晶は空中でふよふよしていたので助かりましたとお礼を言うとフワッとやわらかに消えていった。という顛末である。その時は特に気にしなかった。


 パジャマと下着を脱ぎ去って変身のポーズをしていつもの白ローブ姿に切り替える。ベッドの上で変身してしまったせいか土足で布団を踏んでいる状態になり慌てて飛び降りた後おもむろに私は呪文を唱えた。


「ライトクリスタル!!!!!!!!!」


 出ない。魔法は発動しなかった。適当で安直な名前だったせいか拗ねているのかもしれない。アプローチを変えよう。


「…悠久なる刻の鐘よ天駆ける蒼の星々よ原初の光の螺旋となりて全ての闇に終焉を!ライトクリスタル!!!!!!!!!」


 出ない。完全に拗ねた。今のは割と良かったと思うのだけれど。






 スキル図鑑には『天魔法』は載っていなかったが『魔導』は載っていた。魔導を持っていると魔力操作は覚えないらしい。というのも魔法を補助するスキルは3種類あってそのうちどれか一つが種族や素質によって選ばれる。魔力操作は魔法を使う際の魔力の効率的な運用と精度の向上。魔力支配は魔力操作の特性を持ちつつ他人の魔力に干渉できる。そして魔導とは己の魔力をイメージのみで各属性物質に変換し操作できるものだという。つまり詠唱とかめんどくさいことしなくてもいいけど消耗激しいですよって事らしい。え、これは当たりじゃないかな。イメージは得意だ。四六時中イメージしてる。空想の友達いっぱいいる。これは早速魔法練習に行かなくては。ご飯食べてる場合じゃない。いや、ご飯はちゃんと食べよう。


 海に来た。魔法練習にはいいロケーション。ここなら魔法失敗で右手が燃えてもすぐ消化できるので安心である。いや、あの調べ魔晶石の男性は火属性だから燃えたんだ。じゃあ私は右手が天に召されるのだろうか。少し怖くなったが頭を振り切り替えて集中する。イメージ。イメージ。魔力操作の習得もイメージが大切らしいから他の魔法使い達も必死でイメージ訓練してるんだろうか。想像力を鍛える部活とかもあるんだろうか。イメージ倶楽部。いかがわしい。雑念を振り払うのだ。


 天魔法は水晶っぽい魔法なのかなと思う。調べ魔晶石の中に現れた降り積もる水晶の雪。昨夜の自動追尾機能付き水晶ランプ。魔力を魔導で水晶にする。いや魔力ってなんだよ。魔力ってどこだ。探せ。探し出せ。この世のすべてをそこにおいてきた。とりあえず右手を海に差し向け水晶マシンガンをイメージしてみる。出ない。水晶ビーム。出ない。





「…ずっと刻の狭間を彷徨っていた。そんな時に聴こえたの。わたしは聴いてしまったの。あれは星の呼び声?貴女の歌声?」


 びくってした。チラッと声の方を窺うと何時の間にいたのか左隣に黒いゴスロリ風の女性がやたら真剣な顔をして海を見てる。この人何を言ってるんだろう。さっぱり意味が分からない。もしかして、中二病の人なのだろうか。何か返答しなきゃいけないんだろうか。えっと。


「それはきっとセカイの産声。あなたは開幕のベルに間に合った」


 ど、どうだ!それっぽく言ってみたぞ!未だ右手を海に向けたまま横目でゴスロリを窺う。めっちゃ満足げな顔してる!あっ、これ中二仲間だと思われてる!確かに私は一人海に向かって右手を掲げていた。ぽいけど!中二っぽいけど!


「ここはさみしい場所ね。よせてはかえす終焉の海。崩滅の魔女たるわたしに相応しい」


「歓迎します。ようこそイレギュラー。終わりの始まる場所へ」


 産声って言ったのになんで終焉にしようとするの!勝手にフリースタイル中二バトル挑まれても困るんだけど。しかもなんか動けない雰囲気でいまだに右手が下せない。素で喋ったら負けなのか?必死でそれっぽい返事を返す。


「わたしはパンドラ。二つの世界を呑み込んだ崩滅の魔女。わたしの封印を解いてくれたのは貴女なのでしょう?時の狭間の観測者さん?それとも貴女はこの星そのもの?」


 ここぞとばかりに設定をもりもりブッ込んできた!こっちも設定押し出すと嫌な化学反応起きそうで怖い。というか私は自分の名前をまだ決めていないのだ。こういう時はあれしかない。


「私には名前がありません。私は私が何者であるかすら分からないのです」


「貴女は全てを知っている。だけど貴女は貴女を知らない。ならば貴女は記憶喪失アムネシア


 一方的に設定付けられたうえに命名された!!訳が分からない!もうおうちかえりたい!おんもこわい!



「ねぇ、シア。貴女はそこから何が視える?」


「…数多のセカイの行く末が」



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