表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

魔法とか触手とか全裸とか



「……神様。感謝いたします」



 私は感謝の念が極まって咽び泣いた。もう駄目だと思ってた。私の物語はもう完結マークがついたのかと思ってた。起死回生、一発逆転。捨てる神あれば拾う神あり。Q&Aの残念な神ではなく本当に必要なものをさりげなく与えてくれるこの目の前の男性こそが神なのではないか。後光が眩しくて目を細めてしまう。ほろほろと涙が止まらない。命を救われたのだ、膝を折って溢れ出る信仰を捧げよう。


「待って!!ちょ…!なんで泣きながら土下座!?周りの目が痛いから立ってお願いだから!!待て待て待てお前ら俺何もしてねぇ!!!!!」


 神様の願いだ、言う事を聞かねばなるまい。残念な神へあげるつもりだったシュガートーストはこの御方に捧げるべきだろう。顔を拭った後おもむろにバッグから取り出してお供えする。


「何で今パンくれたの!?えっ副会長その剣しまって!!違う違うカツアゲてねぇよ俺!!!」





 今朝の一件でテンションが奈落まで落ちた私は唯一まともに扱えた頼りない短剣を持ってとぼとぼとダンジョン前広場へと辿り着いた。ダンジョンは洞窟、もしくは巨大な穴のようなイメージを持っていたけれど以外にも綺麗で巨大な神殿だった。どう見てもモンスターを内包しているようには見えない。ダンジョンの前には円形の広場があり噴水が涼しげに陽を反射している。そんな広場に転移者全員じゃないかというくらい人が集まっていて反射的に逃げ出したくなる。パーティー募集の看板を掲げてる人や謎の串焼きを売っている人、熱心に掲示板を見てる人等様々だが、大多数の人はただ様子見をしているだけのようだ。一様にダンジョンに行こうか行くまいか迷う表情をしているがそれが当たり前だと思う。平和な世界から来たのだ。どんな化物が出てくるか分からないがとりあえず行ってみようぜって人はごく少数ではないか。

 私も空気を読んで皆と似たような神妙な顔つきで辺りを観察していると机と椅子を芝生の上にいくつも並べて書き物をしている集団がいた。こんな場所で書き物をしているのが不思議で頭を捻る。その中にいた女性がおもむろに走りだしダンジョン横にある巨大掲示板に紙を張り付けた。ふむ。情報を集めて共有する作業をしているらしい。机の側面に付いてる看板に『生徒会』と記されている。そのネーミングはどうなのか。そんな生徒会のブースに水晶玉を持った男性がいてその背後の立札が見えたとき私の涙腺は緩んだ。そんなまさかと思った。


『あなたの魔法属性調べ魔晶石 1回 5000ポイント』







「……落ち着いてくれたならよかったよ。うん」


「すみません。つい崇め奉りたくなって…」


 目の前に座っている男性は苦笑いしてるように見えるが気にしない事にした。この調べ魔晶石、私は使いきりのアイテムだと勘違いしていたがこれもスキルチェッカーと同じく触れるだけで誰でも使い放題なものらしい。なるほど。100人に使ってもらえば元が取れるのか。最初に買わなくて良かったとホッとしてるとどうやら既に4人ほど自腹を切った人がいてブースの前で膝を折ったという。別の意味で膝を折ったのは君が初めてだよと教えてもらった。何故か返ってきたシュガートーストをもしゃもしゃ食べながら説明を聞いていたら生徒会の女性がお茶をくれた。ありがとうございます。一息ついたところで石版通販を呼び出す。5000ポイントを通貨に変えて銀貨5枚。



「じゃあさっそく調べてみようか」


 こくりと頷き水晶に触れてみる。丸い魔水晶から青白い光の粒子が飛び散り始め、魔水晶の中には雪が降り積もっているようでスノードームに見える。いや、よく見てみると雪ではなく小さい小さいクリスタル。とても綺麗で頬が緩む。男性は眉をしかめながらも手元の説明書みたいな小冊子と魔水晶を交互させて、首を傾げた。私もその様子の理由が分からなくて首を傾げる。なんとなくこれは氷属性なんじゃないかと思うのだけど、どうだろう。男性は別の小冊子を取り出して読み、また魔水晶を見て反対側に首を傾げる。つられて同じ方向に首が動いてしまう。これはあれかな?分からない的な?




「……この外に広がっていく光は聖魔法っぽいけど規模が少し派手だ…結晶体は氷のみの筈なんだけど…うーん。薄い青だけど角度で若干色が違うし細かく降ってる?…複数の属性というわけではなさげかな。多分一つの属性なんだけどこんなのどの本にも載ってないし初めて見た。ごめん、分からない。謎だ」


 謎らしい。


「ちなみに、その、フォローになるかどうか分かんないけど、どの魔法を使うにもまずは魔力操作ってスキルが必要なんだ。各種属性の魔法書もまずは魔力操作を既に持っていることが前提に書かれてる事が多くてね。今マジカ・マギカっていう魔法使い目指してる連中が必死に習得しようとしてるけど、君もまずはそこから始めたらいいんじゃないかな。あ、属性は結局分からなかったんだからお金はいいよ」


「…いえ、分からないという事が分かったのは収穫です。お金は受け取ってください。ありがとうございました。」



 残念である。魔法は一朝一夕には行かないものらしい。魔力操作については忘れないようにしよう。ついでに魔法についていくつか質問した後しょんぼりとその場を辞して広場の隅を目指して歩き始める。









 残念である。分からない事が分かったのは収穫です、じゃあないんだよ。一度は言ってみたかった台詞なんだよ。格好つけたあと颯爽と立ち去ったけど内心ドン凹みだった。感涙に至るまで上げてから落とすの心が崩壊するからやめてほしい。実の所適当に魔法書買えば自然と脳内に魔法の呪文がインストールされてブリザードと唱える、相手は死ぬ、くらいの簡単なものを想像してた。シュガートーストよりも甘い見通しだった。魔法使い難しいらしい。さっき調べ魔晶石の男性は最初期から火魔法と魔力操作のスキルを持っていたらしいのだけど未だ八割方右手が燃えると嘆いてた。こわい。燃えたくない。

 

 気分を変えるために掲示板を見てみようと思ったが、この体はもしかして背が低いのか周りの人が偶然デカい人の集いなのか一瞬で埋まってしまう。押され流されながらも懸命に泳ぎ最前列に辿り着く。有用だと思えるスキル一覧とそのスキルの覚え方。部員の募集広告。部員て。部活動か。さっきの『生徒会』とか『マジカ・マギカ』も部活動なのだろうと察する。目的の合致した者が集い話し合い切磋琢磨したり打ち上げと称して飲み会したりするのだろう。ほうほう。効率的かつ友達もできる。アットホームな部活です。御免被る。私は少々人見知りだから相手が一匹ならなんとか挑めるが集団になると尻尾巻いて逃げざるを得ない。

 部活は置いておこう。大切なのはダンジョン情報。



『神殿内にある魔法陣に入り中央の碑石に触れるとダンジョン内に転送されます。なお魔法陣付近でたむろしてると転送に巻き込まれるので注意が必要です。』



 猫耳の萌え絵が説明してくれる図が描かれていて気が逸れる。これ描いてるの生徒会の人なんだよね。頭を振って切り替えた後モンスター情報に目を移す。


『スライム 引くほど雑魚です。コアを踏むと死ぬ』


 猫耳の萌え絵がスライムに服を溶かされてる図が描かれている。やりたい放題すぎていっそ爽快な気分になる。


『スケルトン 武器を持っているもののトロい。転倒させたあと頭を踏むと死ぬ』


 なぜ執拗に踏むのか。武器を振え。猫耳の萌え絵が触手に縛られてる図が描かれている。スケルトン全然関係ない。猫耳が描きたいだけなら個人で薄い本でも作ればいいじゃないか。買うから。その情報紙の付近には素材変換ポイント情報が貼ってあり、スライムとスケルトンから獲れる魔石は一つ500ポイント。一匹倒せば安いごはんが食べられる。一時間内で三匹倒せば時給1500円と考えれば高い印象だが剣を一本買うためには200匹倒さないといけないと考えると激安である。今のところダンジョンの一階層と二階層にはこの踏むと死ぬ悲しい生き物しかいないらしい。でも、そうか。踏むと死ぬのか。自信がむくむくと深淵から湧き上がってくるのを実感する。踏むと死ぬくらいだから私のバッグに入っている頼りない短剣でも十分戦えるかもしれない。




「バッカスが帰ってきたぞ!!!!!!!」




 どこからか大声が聞こえて場が一時騒然となる。ダンジョン入り口あたりにいた人垣が綺麗に二つに分かれて傷だらけでボロボロな男性が三名、沈痛な面持ちだが威風堂々といった様子で凱旋を果たす。うち一人は片腕がない。ダンジョンから出ると自動修復してくれるのか、白い煙に巻かれて徐々に腕が元通りに変わっていく様子が見て取れる。傷は治っても血まみれなのは変わらない。その凄惨な姿に場が冷や水を浴びせられたようにしんと静かになる。私も先ほどまでの自信がしおしおと深淵に帰っていくのを感じる。だが待ってほしい。とある事情でシリアスになりきれない。三人のうち先頭を行く大剣を肩に担いだ眼光鋭い赤髪オールバックの男性。全裸である。悪鬼羅刹の人だ。今日はネクタイもしてないから完全体全裸。たまたま全裸なのか普段から全裸なのか判断に迷う所である。転移者ほぼ全員集まっているであろう中で唯一の全裸であるその人はシリアスな顔のまま生徒会のブースに辿り着く。なぜ誰も全裸に突っ込まないのか。もしかして私だけ服が見えてないのか。困惑が絶えない。異世界に来て今一番ファンタジー感を目の当たりにしてる。


「……何があったバッカス。他の2人は何処だ」


 生徒会のブースから七三メガネで名札に『書記』と書いてある男性が出てきた。いや、そこは生徒会長出て来ようよ。トップ同士のシリアス展開に発展しようよ。


「…スキル育ってねぇ奴には三階層は早えって注意書き立てろ。ゴブリンだ。同胞が2人喰われちまった」


「ゴブリン?…すまない、雑魚のイメージが強くてな。群れにでもあたったのか?」


 眉を寄せた書記の人が他の生徒会メンバーに教会への様子見を指示し再び全裸に顔を戻す。


「ゴブは雑魚?確かに俺も奴らに出会うまではそう思ってたさ。群れ?馬鹿を言うな、たった4匹だ。サイズは俺らの半分くらい粗末な武器で緑色、そこまでは想像通りさ。だからって特殊な能力は持ってねぇ。見た目の割に力もあるが俺らよりは弱え。だがな、殺意が違ったんだよ。奴らは死にもの狂いで襲ってきた。……分かるか?武器を持った生物が全力で襲いかかってくるんだ。骨なんかと比べもんになんねぇぞ。隙があれば仲間ごと切りつける、武器が無くなりゃ噛み付きだ、俺らはその殺意に充てられた。もはや連携も何もあったもんじゃねぇ。何とか奴らは倒したがこっちは2人も殺られた、こりゃ負けだ。大負けだぜ」


 書記の人が心配そうに全裸を見るが全裸は問題ないとばかりに首を振る。


「たしかに、今日は負けた。だがそれだけだ。勝てるまでやればいつかは勝てる。俺らにゃあ三階層はまだ早かったのかもしんねぇがそれでも俺らは止まらねえ。たまたま今日が残念会の酒に変わっただけだ。悔し涙の乾杯で、次は負けねえの気合の乾杯だ」



 一瞬天を仰いだ後踵を返す。ハッとした書記の人が全裸を呼び止めた。




「…最後に聞きたい。服はどうした」




 それ!それ聞きたかった!気になります!全裸は自分の体を見下ろしたあと悠々とした動きで石版通販でネクタイを買いそれを巻いてニヒルに笑う。それを見て書記の人は神妙な顔のままこくりと頷く。そうじゃない!こくりじゃないんだよ!!あぁもう!!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ