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コルチ その2

ふと目が覚める。特に夢でも見ていたわけではなかったが、起きたとき何か違和感があった。窓から入る月の光のみの部屋で、隣のベッドの毛布が膨らんでいることを確かめた後、毛布を被り寝ようとした。しかし、頭から毛布をかぶって寝ているコルチの寝顔を見たくなったので、裸足のまま床に降り隣の毛布をめくると、そこにはコルチはいなかった。代わりに丸められた毛布が置いてあった。

「コルチ!」

ワタシは叫んだ。今が何時だろうと誰かの迷惑だろうと構わない。部屋の中を盗賊のように荒らしてコルチを探した。冷蔵庫の中も風呂もトイレも探したがどこにもいない。ワタシは少しパニックになっていた。

「コルチ! お願い返事して!」

コルチの名を叫びまくった。向いの建物の窓が明るくなり、住人が窓を開けてにらんできた。

「コルチ! どこなの!」

窓から身を乗り出しそうにながら通りを見ても、通りは暗く人はいなかった。コルチと叫んでも、悲しく夜の闇に響くだけだった。

「こうなったら」

もしコルチの身に何かあった時、例えば迷子とか誘拐とかの時、そんな時に備えてコルチの背中にある符をつけていた。ワタシは散らばった荷物の中からホンデュミオンの地図を取り出し、白色の符と赤色の符をバラバラに破って地図の上に満遍なくばらまいた。これを使うのは何年ぶりだろうか、たしかあの時はあの人の家を探すために使った気がする。

「きたきた」

バラバラだった符が虫のように地図上を這い、二つの場所に集まる。白色の符片が集まったところが自分の居場所。そして赤色の符片が集まったところがコルチの場所。しかし、そこでゆっくりしている暇がないことを知る。赤色の紙小さな山は地図から落ちて、床を這っていた。それはつまり、ホンデュミオンにはもうおらず、外にいるということになる。しかもまだ移動しているということは非常にマズいことだ。

「コルチ!!」

床から符束が入っているホルダーと地図を拾い、窓から外に飛び出した。一階から降りたのでケガはしなかった。相変わらず通りには人がおらず、余計に自分の不安が増した。地図の裏にさっきの符を散らばらせる。これでホンデュミオンの外でも、コルチの大体の距離がわかる。二つの符は地図の端から端にいた。これが遠いのか近いのかはわからないが、行くしかない。ワタシは裸足で石レンガの通りを走った。符は方角もわかる。ホンデュミオンの外壁まで来た時に符を見たが、符は走った時の風できれいに吹き飛ばされていた。

「なんですって」

焦る気持ちから言葉が漏れる。ワタシは赤色の符をビリビリに破り、地図の裏にばらまく。赤色の符は白紙の上を動く。どうすればいいか少し戸惑ったが、指の先をかじり血を出して赤色の符の山に血を垂らした。符がより赤くなり地図にも染みていく。

「これでよし」

ワタシは地図を手に握り、また走り出した。目の前には大きな外壁がそびえたっていた。ホンデュミオンの出入り口から回り込んでいる時間はない。ワタシは符を手のひらに持ち、垂直に立つ壁に飛びついた。そして、符で手ごと壁ごと氷漬けにして、体を持ち上げながら壁を登っていった。そこまで高くない壁なので助かった。壁の上で外を眺めると、月の光に照らされた広い草原が見える。地図を広げると、この草原のどこかにいるはずだ。壁から降りるときも手を交互に凍らせながら、登るときよりすばやく降りた。

「まってなさいよ……」

壁を登っているとき降りているときに、コルチの安否と同時に敵のことを考えていた。いったいコルチを盗んでいったのは誰なのか。ラカンの話にも出てきた、ズダムとかいう男の仲間なのか。一つ心配なことは、コルチはフェニックスの尾を持っていることだった。フェニックスの尾がどうなろうか構わないが、コルチは無事であってほしい、心の中はそれでいっぱいだった。

「痛っ!」

足にトゲが刺さっていた。抜かずに追おうとしたが思った以上の痛みに耐えられず、かといって抜こうとしても奥まで刺さっていて抜けなかった。そこで、足の裏に符を貼り足をしっかりと凍らせた。氷で靴を作ったつもりだったが、逆に滑って転んでしまうことになった。なので、トゲが刺さった箇所だけ凍らすことにして、急いで草原を走った。

「うそでしょ……」

しばらく走ったところで違和感を感じ、地図を開くと血の付いた符は地図上で、自分の後ろ側にあった。こんなに開けているので、走れば地図を見なくてもわかるだろうと思っていたが、いつの間にかコルチを通り過ごしていたのか。ワタシは地図を広げながら、符の動きに注意して振り返り走った。

「コルチ! 返事して!」

コルチに付けた符に近づいたところで、名前を叫んだ。敵がいたら場所がバレる、という考えはあったがコルチを第一に考えると気にしなくてもいいことだった。むしろ敵をおびき寄せてぶっ倒す。敵が逃げたら追いかける。頭の中で先に決めておいた。そうすればすぐに動けるから。

「コルチイイイイ! 返事! お願い!」

息ができなくなりそうなくらいまで叫び続けながら、血の符の方向へ走った。

「コルチ!? どこ!」

確かにいるはずだった。二度も見逃すことはしない。しかしコルチはいなかった。確かに血の符が示す上にいるはずなのに。コルチに付けていた符も地面には落ちてない。

「コオルチイイイイッ!!」

腹の底から男の声で叫んだ。怒りと悲しみが口の中から飛び出す。自分の力の無さと、ホンデュミオンに着いたことでの油断と、ラカンへの申し訳なさと、頭の中に昔のことが巡るたびに身体から力が抜けていく。四つん這いで身体を支えようとするが、背中に乗った後悔が膨れ上がっていくようで、手足が震えて曲がり、最後には頭が地面に着いた。いつもの自分ならこんな姿は誰にも見せないし、一人っきりでも絶対にしない。そう昔決めたはずだった。

「ごめん、コルチ」

自分の服で顔を覆った。今から自分がすることを、恨まないでほしい、そして自分を嫌いにならないでほしい。そう願っていた。

「絶対に迎えに行くから。近くにいるんでしょ」

息が詰まりながら、震える手で一枚の符を掴んだ。その符は、コルチに付けたものと同じものでペアになっており、特別なものだった。符を握りながら、昔のパートナーの姿が思い浮かんだ。突然消えたあの人を死に物狂いで追いかけたが、見つけた時にはもう息をしていなかった。今していることも同じなのか。自分がしていることは無駄なのか。符を両手でしっかりと握り、地面にうずくまる。

「もうさせない」

決心のために言った言葉は誰の耳にも届かなかった。符を握る両手から、氷漬けになっていくのを感じる。遠くの方で、コルチも徐々に氷に包まれているのだろう。氷が腕を伝って身体に侵食してくる。両手で握る符は、遠隔で魔術を使えることができる。一瞬だけなら触れてすぐに手を離せばいいが、長い時間となるとずっと触れていなければならない。自分は氷漬けになるが、それでもコルチが守られるのだったら問題ないはずだ。少なくともこの氷の中では敵から攻撃されることはないし、呼吸もできる。

「ラカン……頼んだわよ……」

頬に流れていた水もすぐに固まり、目の前が氷に包まれて肌に密着するのを感じ、ゆっくりと目を閉じた。ラカンは今何をしているのだろう。朝ちゃんと起きられるのかしら。目を閉じて、日が昇るのを静かに待った。

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