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ニラナコイと太陽の盾

荒野を抜けると、二つ目の関所が見えてきた。一つ目と同じような作りであることがわかる。

「なあタント。何で関所があるんだ。何かから守っているとかか」

「そうねえ。ここからが領地と領地の境目ってことよ。今いるここはホンデュミオンの領地で、次の関所をくぐればもうホンデュミオンの都市が見えるわよ」

「わざわざ二つも関所を作っているのか、厳重なんだな」

「昔の戦争のなごりね。今は密輸とか犯罪者かどうか調べるだけで、人も減っているらしいし」

「でもそれにしても、向こうのところまったく人がいないわねえ」

「確かに、前は門番みたいな人もいたはずだけどな」

関所の前の赤い線が引かれているところについた。しかし、前回いた鎧を着た門番はどこにもおらず、かといって門に隣接する石の塔から人が出てくる様子はなかった。

「変ね。静かすぎるわ」

一応線の手前に三人で立っているが、静かな風の音がするばかりだ。「誰かいませんか」と声をかけても、誰の返事もしない。

「ちょっと、見てくるわね。コルチと待ってて」

タントが線をまたいで、塔の扉まで歩いて行った。たぶんここでも知り合いがいるのだろうから、顔が広いタントが頼もしく思えた。タントは木でできた扉にノックをしている。しばらく待ち、タントは扉を開けて塔の中へ入って行った。

「しばらく待っててな」

俺はコルチに言うが、もちろん返事はない。言葉を知らないからそうなのだけれど、もしホンデュミオンで話せるようになっても、話さないのではないのかと思えてきた。コルチは無垢な顔で澄んだ目をしているが、表情はめったに変化せず、動きも少ないのだ。まるで人形のように感情がないように見えてきた。絶対に口にはしないが、心の奥で不安に似た感情がある。コルチはフェニックスの尾を手に持っている。もしかしたらタントが言っていたとおり、その影響の一部かもしれない。どうやって取り出すかわからないが、フェニックスの尾を元の場所に返して、言語を知れば、きっとコルチは自分の家を見つけられるだろう。それまで、俺がついていかなきゃならない。俺のためにも。こちらを向くコルチの瞳を見ながら、俺は決意を再確認した。

「おーい、タント。早くしてくれよー」

なかなかタントは戻ってこないので、中で話でもしているのかと思った。しかし、中から返事や物音は一切なく、線の前で待っているのも退屈なので、木の扉を開けて中を覗いてみることにした。コルチを一人で待たせておくのもかわいそうなので、ついてくるよう手招きした。意外と大きくて重い木でできた重厚な扉で、引いて開けて中を見ると中はランタンの光で明るかったが、人は誰もいなかった。テーブルと椅子には書類が積まれており、奥には塔を上る階段が見える。

「すみませーん。タントはいますかー」

声が塔内に響く。塔の上で、コツンと物音がした気がした。タントは上の階にいるのだろうか。俺とコルチは恐る恐る中に入った。もう一度タントを呼ぶが、さっきと同じく上でコツンと音がしただけだった。何か嫌なことが近づいている気がする。俺はとっさに盾を構えて、入り口とコルチに背を向けた。俺の声が聞こえないほどの塔の上にタントはいるのだろうか。しかし、さっきから聞こえたコツンという音はなんなのだろうか。

「コルチ、いったん外に出よう」

俺は盾を構えたまま手を後ろに出して手を握ろうとしたが、手は何にも触れない。振り返ると、さっきまでいたコルチの姿がない。部屋を見回したがいない。

「何が起こっているんだ……」

ここに入ったとたんに、タントもコルチも消えた。あと関所の者も見当たらない。背後の木の扉から日の光が入ってきている。今はいったん外に出て状況を確認すべきなのかもしれない。俺は盾を階段に向けて構えながら、周りを見回しつつすり足で後ろの光を求めて後進した。背中に光が当たったと思った瞬間、バタンとドアが閉まった音がした。勢いよく閉まったため、驚いてその場で固まってしまった。風で動いたのだろうか、俺は後進して背中に木の扉の感触がすると、盾を持っていない右手で押して開けようとしたその時、俺の首に長いものが巻き付いた感触がし、首が引っ張られ足が宙に浮いた。

「ゴフッ、ゴッ」

パニックと首が絞められるのが合わさり、息ができなくなる。首巻き付いたものを外そうとするが、自分の体重も加わってからなのか重く外せない。地面を探して足をばたつかせるも、壁にかかとが当たるくらいで何もない。俺は左手に持った盾で縄を切ろうとこすりつけたが、縄は思った以上に頑丈で切断するには時間がかかりそうだ。俺は手を下に力なくぶらんと降ろした。

そろそろ意識がヤバくなってきた……。

何とか首を外せないか頭を上にあげるが、絡まった縄はさらに首を絞めつける。足をばたつかせるのも苦しくなってきた。天井を見る目も少しぼやけてきた。縄が伸びる先の天井に、白い紙のようなものが見える。顔が膨れ上がりそうな感覚をしつつ紙を見ると、もしかすると符かもしれなかった。

あの符をどうにかはがせばなんとか……。

希望が見えた両手に力をこめて天に伸ばし、片方の腕で首を吊っている縄をつかみ、もう片方の腕で符をはがそうと引きちぎれそうなほど伸ばすが、符には届かない。

あともう少し……。

ぼんやりとでしか見えない視界で符を触ろうと腕を伸ばすが、一向に届かない。

力が……はいらない……。

手が落ちるように降り、俺は瞼を閉じた。見開いていた眼を、真っ暗な闇で包まれる。

俺は子供の頃に川に落ちたことがあった。服が水を吸い身体に絡まり、水を死ぬほど飲んだ。顔は外を求めて首が折れるくらいに空を見たが、すぐに沈んでしまって音がなくなる恐怖に引きずり込まれた。流される俺は周りに手を振ったり水面を叩いた。しかし、周りは遊んでいると思って気にしなかった。もうおしまいだと思って力を抜いた。すると、すぐにパニックではなくなり、水に浮く力も湧いてきた。

俺は今同じ瞬間にいる。力を抜く。符をどうするか。身体が浮いて、天に昇る感覚がしていた。そして、符に届く方法を思いついた。

いける。当たればいける。

降ろしていた両手を握り右手で盾の側面をつかむ。右手の盾は徐々に大きく広くなっていた。目を閉じながら、空中で円盤を投げるポーズをとる。盾が大きくなり、皿のようなサイズの盾が手のひらに届くくらいまでに成長した瞬間、俺は目を開き、天井の符をめがけて盾を投げた。

飛んでいけッ!

固いものと固いものがぶつかる音がして、首の縄がすっぱりと切れた。解放されて地面に身体がたたきつけられる。地面に這いつくばり咳き込みながら、小さくなった盾を拾い俺は天井をゆっくり見た。天井には白い符がいたるところに貼り付けられていた。どうやったかはわからないが、たぶん符を使った魔術であることは間違いない。さっきまで俺の首を絞めていた縄が、符から伸びるように地面に落ちている。試しに触ってみると、どちらも本物であることがわかる。上にいる奴は間違いなく俺を殺そうとしていた。その証拠にまたコツンコツンと俺を探すような音が聞こえる。これは敵の足音に違いない。

しかし、どうやって上の奴を叩くか。

俺の首に縄をかけることができたってことは、何で判断しているかはわからないが、敵には俺の位置がだいたいわかるってことだ。縄をかけられないようにするには、このまま這いつくばって階段を目指すのが良いだろう。もう塔の外に出るっていう考えはない。タントもコルチも敵につかまっているはずだ。なるべく早く向かわなければ。

手を冷たい石と石の隙間に挟んで、階段の方に少しづつ進む。こんな時に剣がないのは心もとない。剣はタントとコルチが符で火を起こしていた時にたまたま近くにあったためドロドロに溶けていた。金属を溶かすほどの火力があることに驚いていたことが深く印象に残っている。だからか、そのときは剣はあまり使っていなかったので剣はまた買えばいいと思っていた。もう少しでホンデュミオンに着くからといって油断していた過去の自分を恨む。

ようやく指の先が階段に触れた。階段には灯りがなく、途中で曲がっているためさっきの部屋と比べて暗いことがわかる。この上まで行ければいいのだが、何をすれば敵に場所がばれるのかがわかっていないことが今一番の不安だ。縄をかけられた瞬間のことを思い出す。敵は下の階の俺が見えているなら今すぐにでも縄を出しているはずだ。何が条件なのか。俺はさっき拾った縄をちぎった一部を、思い切り木の扉にむけて投げた。縄は扉に正面から当たり鈍い音がした。音に対して何も反応がないなら違うか。俺は次に縄の一部を、テーブルの上にあるランタンに向けて投げた。縄が当たったランタンはテーブルに倒れて、ガラスの割れる音がする。部屋の中の明るさは変わらない。投げた後に気づいたことだが、ランタンの炎で塔が燃え上がらないだろうか。上半身を反らせてテーブルの上を見ると、割れたランタンの中が見える。そして、そこから出てきたものは、火のついた符であることがわかった。その燃えている符の火は周りに燃え移る様子がなかった。

いつも使ってるランタンって符でできてたのか。いいや、そんなわけない。普通中には燃料の油が入っているし、実際に使ったこともある。だからあの燃えた符は何かの手がかりだ。そうに違いない。

ランタンのあったあたりでコツンコツンという音が聞こえる。察するにあの燃えた符で俺を探知していたのだろう。そうなると、壁に掛けてあるランタンも怪しく見えるが、数が多すぎるのと符に近づけば近づくほど敵に正確に位置がバレるので、破壊するのは諦めよう。

なら、この先の暗い階段なら大丈夫かも。

さっきまで不審に思っていた暗い階段が、安息の地に思える。しかし、這いつくばったままだと、さらに今の状況だと階段は小高い山のように見える。とりあえず登山の道も一手からなので、段に手を乗せて体を持ち上げようとする。

スイーッ、コトン。

なんの音かとゆっくり振り返ると、テーブルの上には新しいランタンが出現していた。そしてランタンの上の天井で、縄の先にフックをつけられたものが符に引き上げられていたのが見えた。またコツンコツンと音が連続して聞こえ、コツン音が俺のいる階段の方に向かっていることが分かった。階段の上が少しずつ明るくなり、真上を見るとランタンの底のようなものが見えた。ランタンを持つ腕が見えただけで、敵の顔は見えなかった。そしてランタンの底が目の前に近づいてくる。

敵の場所を探そうと階段にも置いてきたか……。しかし、それをするってことはわかっていないということ。今が絶好のチャンスで好機だ!

頭上に降りてきた縄を右手でしっかりと握って立ち上がり、階段を背にして縄を肩に乗せ身体が倒れるほど思い切り引っ張る。ランタンの中で燃える符の熱で火が点きそうだったが、燃え移らないことを知っているから気にしない。縄にかかっていた力が抜けて、前に落ちる感覚になる。どすんと背後で大きな音がして、誰かの苦痛の声がする。しかし敵はすぐに起き上がり、階段を素早く駆け上がっている背中が見える。

「おいっ、待てっ」

俺も階段に駆けて敵を追いかける。追いかけて上の階につくと、そこはテーブルが並べられた事務室のような部屋だった。テーブルの上にはさっき見た縄や大きな鏡が置いてある。背中から血を流した男がこちらを見ている。こいつが縄を使った敵。

「まさか符ごと縄を切るとは……初めてだよ」

「タントとコルチはどこだ」

「ああ、さっき来たのは上の階にいるよ」

「それでお前らはフェニックスの尾をどうしようとしてるんだい? まさか元あった場所に戻すなどと言わないだろうね。フェニックスの尾は力がある者が使ってこそなのだから、例えばズダム様のような方とかね……」

「ズダム様? とにかくタントとコルチを返せ。さもなくば……」

ここで俺は言葉に詰まってしまった。

「さもなくば……何だって? まさかそんなおもちゃの盾みたいなので私と戦おうっていうのかい。お前は見たところ魔術は使えなさそうだし、一方的になるなあ。え、私の名前が聞きたいって? 特別にいいだろう。私の名前はニラナコイ。偉大なるズダム様の一番弟子。符はズダム様から教わった。ズダム様はフェニックスの尾をさがしておられる。手にした者は無限の魔力が使えるらしいからな」

ニラナコイが一人で話しているその間に部屋を見回すと、一階と比べてランタンが少なく暗い。そして、天井に符は貼り付けられていないことがわかる。天井の隅から隅まで見ても符らしきものはない。ここまで来るとは思っていなかったからなのだろうか、それとも別の何かが用意されているのか。

「その話は後からゆっくり聞くことにしよう」

俺はニラナコイに近づくことにした。相手はこの盾が伸び縮みすることを知らない。符とか魔術の話はタントから聞いてまったくわからなかったので、敵にペースをとられないために先手を取らねばならない。

ニラナコイは縄を使ってくるがそれ自体に力はない。盾のことが知られないうちに、近づいて短期決戦で片をつける。

「なんだーお前、俺に縄しかないと思ってんのかー」

走りながら、少しドキッとした。しかし関係ない。このまま殴り抜けるだけだ。ニラナコイは懐から符を取り出して地面に投げつけた。

「そうだよ! 俺にはロープしかねえんだよ!」

突然、地面の符から光が生まれたかと思った。ニラナコイの符から勢いよく出てきたのは、一階でも見た明るいランタンだった。ロープも飛び出してきて、縄を掴んだニラナコイは縄を自身の頭上で一周させて、光の輪を描いた。

「これでも食らえっ!」

俺の左脇腹にランタンが落ちてきたような衝撃が走る。まさかランタンを持ってくることができるとは。俺は身体が焼け溶ける感覚がしながら横に飛び倒れ、近くのテーブルに受け止められた。

「私だってやるときゃやるんだ」ニラナコイは口に笑みを浮かべて言う。そしてまた地面の符から飛び出したランタンをつかみ、ハンマー投げのように回転させる。さっきのランタンは符が燃えた火だったので服には火が燃え移っていないが、今ニラナコイが持っているランタンの中は、間違いなく本物の炎であることが明るさでわかる。次にあれを食らったらまずいことになる、一気に勝負を決めたいところだが。

「今度のは本物だー。覚悟しやがれー!」

ニラナコイの縄を回すスピードが増す。俺は周りに落ちている燃えている符を探して、右手にしっかりと掴んだ。無数の熱針が拳を内側も外側から貫通しているようだ。

「おい気が狂ったのか」

右手の炎を放さないようにしっかりと握る。燃え移りはしないが熱は伝わってくる。

「いくぞっ!」

俺は左手に盾を握りニラナコイに向けて走る。光の輪にむけて走る。

「まあ、火は消さないけどな」

ランタンの姿が左側から頭めがけて迫ってくる。

「ぬおおおっ!」

ランタンが当たりそうな寸前に右手を思いっきり握った。すると部屋を覆うほどのランタンは盾の影に隠れる。盾に衝撃が走ることをものともせずに前へ突進して、盾がニラナコイに当たって地面にプレスした。

「あつい、あつい、あついいっ!」

盾にランタンの油がまかれて引火したらしく、炎の盾の下敷きになったニラナコイは下でうごめいている。自分の体重を乗せて動かないようにする。すぐに右手の符の火が消えたが、皮膚がくっつき血が出て右手は動かせなかった。盾も小さくなっていき、炎も小さくなる。地面にはまだ少し焼けている変なにおいの焦げた男が倒れていた。まだ呼吸があるらしく生きているようだが、生きていても死んでいても俺はかわいそうだとは思わなかった。

盾で燃える火の残りを見て、俺はこれを「太陽の盾」と呼ぶことにした。盾についたドラゴンのウロコがきらりと光る。

「タント! コルチ!」

俺は焼けた男を飛び越して、塔の上へと急いで走った。

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