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ドリック その2

鉄のハシゴをゆっくり一段ずつ下りていくと、砂の地面に足が着いた音がした。意外と深かったのか、空の光予想以上に離れている。枯れた井戸の底から空を見ているような気分だった。

「おーい、行っていい?」

空の穴からタントの声がした。タントの声は会った時から野太かったが、この時は反響して届く声が神秘的でなぜか安心感を覚えた。だんだん目が慣れてきて底を見渡すと、レンガで組まれた通路のようなものがあり、通路の奥に仄かな火のような光がわかる。

「すごいわね、一人で住んでるのかしら」

タントは俺の後ろに立ち、暗い通路には進もうとしなかった。俺が先頭ってことか。ここはある意味人の家だから失礼なことをしているのではないか。でも魔物が出てきそうなくらいに暗くて不気味だから、ドリックさんには大目に見てほしい。俺は石の固い壁を触りながら前に歩いて行った。光に近づいて行くと、ランタンに照らされた俺の家より広いリビングだということがわかる。部屋に入ると、ドリックがリビングの四つある椅子の一つに前かがみで座っていた。

「座りな。ラカンとか言ってたね。パトに孫がいるなんてな、まったく言ってたことが違うじゃないか」

前かがみでフードを被っているので、ドリックの顔がはっきりわからない。頬杖をついて何やら考えこんでいるのか独り言を唱えている。俺はドリックの正面の椅子に座った。

「後ろのお嬢さんとボクもお入り。なんだ、知らない人の家は苦手なのか」

「あらお嬢さんなんて」と笑いながらタントは言うが、左手はいつでも符を出せるように警戒している。タントと手をつなぐコルチは不思議そうに部屋の中を見回す。タントは椅子に座り、膝の上にコルチを乗せた。乗せられたコルチは少し驚いた表情をしていて、少しかわいそうだった。

「パトの孫よ、パトから何か聞いてここに来たのか」

石像のように固まったままの体勢で俺に聞いてくる。

「いえ。ただ会うように言われただけです」

「そうか、ならいいんだがな」

ドリックの声が少し柔らかくなった気がする。ドリックは椅子から立ち上がり、奥から丸く平たくて白い皿のようなものを手に持ち、椅子に座った。皿を膝に置いて、俺の方に手のひらを差し出してきた。タントは静かにドリックの一挙一動を見ている。

「パトからもらったんだろ、ウロコをな。もし金にかえたんなら帰ってもらうがな」

俺はいつもウロコを入れてあるポケットを手でさすった。ドリックは手を俺にさらに近づけて、催促している。このウロコは自分の宝物である物、それを何をするかわからない人にやすやすと渡したくなかった。

「ドラゴンのウロコで何をするんですか」

「このプレートと合わせていいものにしてやる。いらないんならいいけどな」

合わせるってどうやってだろうか。この人にそのような力があるのだろうか。

「それってウロコはなくなるんですか」

「まあな。このプレートと一体化する。だからなくなるといったらなくなる」

俺はポケットの上からウロコを触っていた。ウロコにはいつの間にか熱が帯びている。俺は迷っていた。じいちゃんはこの人から何か与えようとしたのだろうが、その代償に父の形見を渡すのはどうかと思う。

「すみません。もしかしてあなた、ホンデュミオンにいませんでしたか」

タントは部屋に入って初めて口を開いた。タントはドリックに疑いを持っている。タントは同じ部屋にいて、非常に居づらかっただろう。

「そのことはあまり話したくない。が、話さないとそいつは納得しないだろうが」

「お願いします。きっと納得します」

おい、勝手に何を言っているんだ。タントの方を見たが、目を合わせてくれなかった。

「いいだろう、昔の話だ。私はホンデュミオンで鍛冶屋を営んでいた。ある時私の友人が提案してきた。符を武具に取り込めないかということだった。私は友人と共に魔符術を学んだ。そしてついに物に符を取り込むことに成功した。取り込んだ物は並みの金属より硬く、柔軟で壊れにくく、まさに芸術というべきものになったというわけだ」

ドリックは一通り話し終えたように、頭を天井に向けた。タントは肝心なことは聞けていないと思うのだが、納得したように頷いている。そしていきなり、タントは俺の耳元に身体と顔を伸ばして、小声で話してきた。

「ラカン。この人は信用できるわよ」

「なんでそう思うんだ」

「ワタシの勘よ。信じなさいって」

そう言ってタントは椅子に戻った。フードで顔はうっすらとしか見えないが、明らかに俺の方を見ていることがわかる。俺はポケットからウロコを取り出した。薄暗いこの部屋の中でも、光を反射して輝いている。俺はウロコを顔に当てた、少し暖かい。生きていた時の父さんの手によく似ている気がする。しばらく顔に当てた後、俺はドリックにドラゴンのウロコを差し出した。

「いいのか。後悔すんなよ」

「はい。大丈夫です」

「そうか、わかった」

ドリックはドラゴンのウロコを膝のプレートに乗せて、その上から紙を敷いた。少し盛り上がった紙の所を両手で抑えて、規則的に押しこすり始めた。紙の下からウロコの光があふれてきて、徐々に薄暗いこの部屋がどのような広さかや、何があるかわかるような明るさになっていく。ドリックが手を止めると、光も徐々に消えていった。

「ほらよ、これがお前の盾だ」

渡されたプレートは白かったはずが、全体的に紅くなっていた。これにあのウロコが宿っている。取っ手がついてあり、それはウロコの一部だったことがわかる。しかし皿の大きさなので、これを盾と言っていいのだろうか。

「心配するな。ドラゴンのウロコを物に混ぜると持つ者の精神力で大きさが変わるようになる。素材としては最高のものだ」

早速取っ手を握ると、若干盾が広がった気がした。取っ手から手を離すと、また皿のような大きさに戻った。

「渡すものはもうない。それじゃあな」

ドリックは符を持っていた。後ろに落ちる感覚がして、ざらついた砂に尻もちをついた。いつの間にか黄色い十字の岩の前にいる。コルチも驚いたようで、目を丸くしている。符で人を別の場所に飛ばすこともできるのか。俺は紅い盾についた砂を払って、立ち上がった。コルチに手を差し出して起き上がらせて周囲を見回した。しかし周りにはタントの姿がなかった。名前を呼んでみたが、返事はなかった。

「瞬間移動ですって。あなたはもしかして本当に」

「とっさに符で防御したな。ホンデュミオンから来たのは間違いないようだな。何が目的だ」

「あなた、ドリックじゃなくて元ホンデュミオンの王だった人の」

「それ以上言うな。私のことは黙っていてくれ。そしてフェニックスの尾を頼んだぞ」

「待ってください。ワタシはあなたに憧れて魔術師になったのです。どうかその魔術を教えてくれないでしょうか」

「駄目だ。それはもう終わったことだ。それではな」

俺の目の前にいきなりタントが表れたので驚いた。タントは立ったまま動かなかった。

「どうかしたのか」

タントは返事をしないまま動かなかった。まさか、疑っていたから何かされたのだろうか。

「秘密を持つ男の人って、素敵よね」

「お、おうそうだな」

「さ、いきましょ。そのお皿かわいいわね」

タントはコルチの手をつかみ、歩き進み始めた。何があったのかわからなかったが、機嫌がよさそうなので大丈夫だろう。俺の手に持つ盾が光を反射している。ドラゴンのウロコはなくなったが、この盾には父さんが宿っている。そう思うと、勇気と自信があふれてきた。俺も二人の背を追って荒野を歩き始めた。

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