行商団ガロック
「おーい、そこのガッチリしたおにいさーん」
草原を歩いていると前に手を振っている女が遠くに見えた。女の周りに三人の男と荷車を引いた馬がいた。
「おーい。ちょっと見てきなよー」
連中はどうやら行商人らしい。荷車に「ガロック」とプレートがある。男の子は無邪気に手を振っている。昨日街で買い忘れたものもあるかもしれない。行ってみることにした。
「いらっしゃい。どうぞ荷車の中を見てってよ」
女は荷車の布をどかす。三人の男たちはそれぞれ剣を磨いたり、馬に餌を与えたりしている。
「ポーションはいらないかい。三日歩き続けても疲れ知らず。こっちは怪力になるポーションだよ。マンドラゴラを配合してるから飲みすぎは注意だけどね」
女はべらべらしゃべる。しかし、そんな効果を持つポーションは見たことがない。しかも、値段も値段で高い。買えないことはないが、持っている金の半分近くなくなる。男の子はポーションの瓶を手に持って振ったりして、瓶のフタを押し出しそうに沸く泡を見ていた。
「聞きたいんだけど、これってその、安全なやつなのか?」
「は? ああ、そういうこと。大丈夫だって。ばっっちり安全。安心して買ってね」
女が鼻の穴を少し広げて早口で言った。考えるに市場などでは売れない違法な物だろう。ポーションを売るのには国からの許可がいるからだ。行商は許可が必要なものも簡単に売買できるので、こういったものも珍しくないと祖父から聞いた。
「おっ、少年。目の付け所がいいね。それは魔法が使えるようになるポーション。はるばるホンデュミオンから持ってきたものさ」
「見たところ少年は不思議な力を感じるねえ。もしかして魔法使いかな。だったらこの足が速くなるのがオススメかな」
男の子は女の顔を見るが首をかしげている。言葉が通じないのだからそりゃそうだ。
「すまないが、その子は話せないんだ」
「ふーん。珍しいねえ。この年まで」
女は唇を触りながら男の子を見ていたが、触るのをやめて次は俺の方を向いて話しかけてきた。
「聞きたいんだけど、これからどこかに行く予定なの? もしかしてホンデュミオンまで?」
「ああそうそう。この子が話せるようにね。それが何?」
「いいえ。その、そんな装備で大丈夫なのかなって。そこの少年は丸腰じゃない。もし魔物にでも襲われたら怖いわよ」
「確かにそれもそうだな。でもその時は俺がこの子を守る。だから、そうだな。万が一俺がここにあるものを飲んで腹痛にでもなったら情けないから。ここにあるものはいらないかな。楽しかったよ」
俺は男の子の手を握って去ろうとした。すると、目の前に三人の男が立っていた。背後から女の声がする。
「ははは。少年を守るんだろ? 行けばいいじゃないのさ」
「卑怯な…」
「ていうか、そのちっぽけな昨日買ってきましたみたいな剣だけでその少年を守る? いい加減にしなさい」
三人の男は寡黙に俺を見下すように見る。腰に剣や銃をつけて武装している。後ろに女もいるので勝ち目はない。
「あのねぇ」
「もし私たちが魔物だったらどうするの。あなたもしかして魔物と戦ったことないんじゃないの?」
男の子が俺の顔を不安げに見つめる。俺はこの子を守れるのだろうか。口に出した割には自信がない。男の子が手を握る力が増す。俺は深呼吸をして女の方を向いた。
「だから、買えって言うのか、その怪しいポーションを」
「そう。そういうこと。サービスしとくわよ」
俺は財布を取り出した。
「一番安いやつを頼む」
「あら、ダビで払ってもいいのだけれど、私たちが欲しいのはそっち」
女は俺の背負っている袋を指さした。この中にはホートくらいしか入っていない。
「ホート、入ってるわよね。お代はそれでいいわ」
「本当か? こんなのどこにでもあるぞ」
「ここら辺の特産品。しかもそのホートは山で育った生食できるやつ。私らにとってはごちそうなのよ」
そんなものなのか。自分の世間知らずさが身に染みてわかる。ホートをごろごろとカバンから出す。
「取引成立ね。ここのポーションとか、全部持ってっていいわ」
女の言葉は信用できないが、手持ちのホートとポーションを交換して、俺たちは行商人の馬車から去った。
「今後ともガロックをごひいきにー」
女が手を振っている。男の子も俺の隣で手を振っている。いつの間にか日が暮れて周りは紅くなっている。近くに街はないので、野宿をすることにした。まず火をつけて、男の子に火の近くにいるようにジェスチャーをした。食べるはずだったホートはもうないので、そこら辺から食べられそうなものを探す。そこに男の子が来た。
「ねぇ、今日は変な人と会ったね」
「ああ。そうだな。俺も疲れたよ」
「芋をたくさん渡したけど大丈夫なの?」
「さあ、野宿なんて久しぶりだから」
俺は今誰と話しているんだ。なんで男の子と話しているんだ。
「キミ、話せたのか」
「え、うん今さっきまでわからなかったけど。あとジュース勝手に飲んじゃいました」
男の子がジュースと言ったので、俺は火の近くのカバンに走った。そこにはポーションの空の瓶が転がっていた。しかも購入した全部。
「キミ。体変じゃないか? 頭痛かったりとか」
男の子は俺の顔をじっと見つめていた。手に持っていたポーションの瓶を見ると、「三分で効能は切れます」と書いてあった。俺はポーションの瓶を地面に叩きつけた。
~行商団ガロック~
「姉さん、うれしそうですね」剣を磨きながら男は言う。
「もちろん。だってやっと見つけたのよ。これで王からお褒めをもらってね、ガロックも一流行商団の仲間入りよ」
「あの子が宝をとったとは思えないけどなー。俺はなー」
「私たちはそんなこと気にしなくていいわけ。とにかくあのポーションを渡せたのはよかったわ」
夜の中ガロックの馬車は北に進んで行った。