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カルーシュ

「おいラカン、お前ホートに水やってないじゃろ」

祖父のパトが外から叫ぶ。俺はホートを切るナイフを台所に置いて、めんどくさそうな顔をして家の窓を開けた。

「今日は水をやらなくていい日なんだよおじいちゃん。もうホート作って何回になると思ってんの?」

「む。そうだったかな? まあ水はしっかりやるのじゃぞ。お前の父は村でも優秀なホート男だったんじゃから」

「はいはい、わかってるって」

俺は窓を閉じて、またナイフを持ってホートを切り始めた。

ここに住んでもう七年になる。俺の家の周りには高い山々があり、家も他の町や村に比べて高いところにある。だから買い物をするにはちょっと遠出をしなくてはならないが、その代わり町や村を襲う魔物は滅多に見ない。祖父のパトと住んで、ホートという山などの高所でも育つ作物を育てて、麓の町に下りては売っている。他にもミーゴ、二ャトップも作って同じく売っている。七年前に俺の父はより良いホートを作るために、この山に引っ越したいことを言っていた。ある日起きると草が生え放題の荒地で麻袋の上に寝ていた。夜で、空にはいつもより星が輝いていた。起きると祖父が駆けてきて「寝ている間に引っ越してごめんなあ」と繰り返し言っていたのを覚えている。祖父は夜中に盗賊が家を襲い、父は寝ている俺を麻袋で包み祖父と逃げるように頼んだと言った。その後父は帰って来なかった。もう諦めはついているが、ホートを見るたびに父の姿を思い出す。

「手が止まっとるぞ、また下らんことを考えておったのか」

「違うよ。新しいホートの調理方を思いついたんだよ」

「ふん。生のホートが食えずにおって何を言っとるか」

そうブツブツ言って祖父はまた外に出て行った。切った後のホートを一つつまみ、口に入れてみる。不味い、というより味がしない。しかも生は粘り気が多いので、ネトネトしたものが絡まって気持ち悪く居座り続ける。接着剤のほとんどがホートから作られているという話は本当だと感じる。口の中のホートを噛みながら夕食の準備をする。

夕食が出来たと同時にに祖父が帰って来た。祖父の顔は「またシチューなのか、何日目だと思ってるんだ?」と言いたげでイスに座った。夕食が終わると、すぐに祖父は自分の部屋に入った。俺は皿を洗う。

片付けが終わり、俺は外に出て草むらに寝転がった。空にはただ一つの月とそれを囲む星が輝いている。毎晩流れる景色を見ているが、何度見てもいつ見ても飽きない。巨大な生きている絵を見る感覚だ。そのことを祖父に言ったら伝わらず、早く寝ろと言われた。それでも俺にはここが必要だ。父と別れたあの日を忘れないためかもしれない。

「助けて!お願い!」

悲鳴と共に目が覚めた。立ち上がるとまだ夜で夢だったと思ったが、草むらの奥から叫び声がする。俺はその方向に走った。するとそこにいたのは、羽ではばたき飛んでいるカルーシュと倒れた男の子だった。カルーシュは足の鋭い爪で男の子を切り裂こうとしている。

「待ったああああ!」

俺は咄嗟に叫んだ。カルーシュがこちらを向き、男の子から少し離れた。男の子は動くようすではない。

叫んだのはいいが、これからどうすればいいのかまったくわからない。カルーシュは比較的スライムなどと同じ弱い魔物だが、素手で戦って勝てる相手ではない。

「チッチッチッチッ」

カルーシュが羽を広げて威嚇する。俺は何考えてるのかわからない鳥の目を見ながらじわりじわりと男の子に近づく。

倒すことは考えない。男の子を助けなければ。しかし、どうすればいいのか。カルーシュは奇妙な鳴き声をしながら男の子の方に近づく。

俺は嫌な想像をしていた。カルーシュが男の子を持ち去ってしまうことや、俺に飛びかかってくること、仲間を呼ばれること。顔に流れる汗が夜の風に冷やされて肌を流れる。

「チチチチチチッ」

カルーシュは羽をさらに広げて鳴いて、それは周りの山に響いた。まさか恐れていたとおり仲間を呼んだのだろうか。

「チチチチチチチチッ」

カルーシュはさらに大きく鳴いた。そして顔を空に向けたときに俺は走った。そして倒れるように男の子に覆いかぶさった。カルーシュは鳴くのをやめて飛びかかってきた。背中に熱い糸が何本も引っ付くような感覚がす走る。俺は下の男の子を抱きしめて転がるように逃げた。目を閉じて必死に男の子を抱きしめながら転がった。身体に走る感触が草むらの新鮮なものから柔らかい土にかわる。俺は転がるのをやめて周りを確認してカルーシュの方向を見る。少し距離が離れたようだか、爪を向けこちらに向かってくる。俺は男の子を離して、ホートを地面から抜いて思い切りカルーシュに投げつけた。カルーシュはホートを右の鋭い爪ではたくように切った。俺はまたホートをカルーシュに投げた。今度は左の爪で切られた。

「チチチッチチチッ」

無駄なことを蔑むように鳴いて、ついに爪が身体にとどく距離になる。カルーシュが獲物を狩る。

「ぬおおおおおおっ!」

しかし、爪は肉を切らなかった。代わりに切れたのはネトネトした芋だった。獲物に夢中で爪に芋がついているのがわからなかった。

「くらえええええいっ!」

俺はカルーシュの両脚を掴み、力任せに爪どうしを合わせた。カルーシュの目が恐ろしく大きくなる。カルーシュは羽で叩いてくるが力を弱めたりはしない。するとカルーシュはバタバタと暴れ、手から離れた。もう一度と爪で襲おうとするが、爪どうしがくっつき動かない。俺はまたホートを投げた。カルーシュはバランスが悪そうに山に帰って行った。それを見たあと俺は力が抜けてその場に倒れた。

身体が揺れるのを感じて目を開ける。あの男の子がいた。男の子は俺を見ると青色の目に涙を浮かべていたが嬉しそうだった。

「君、ケガとかしてないか」

男の子は何も答えずに俺を見ている。外の国から来たのだろうか、服の素材も見たことがないし。髪の色は緑色で、自分の十歳くらいの友人を思い出す。

「とにかく、家に来なよ」

俺が家に向かい歩き出すと、男の子もついて来た。帰る途中にバラバラに切れたホートが地面に転がっていたので、拾って帰った。家に入ると男の子は周りを不思議そうに見回していた。男の子を手招きして椅子に座らせる。

「さてと、君の名前は何て言うの?」

と言ったが言葉が通じないのだった。男の子は首をかしげてこちらを見つめる。俺は椅子から立ち上がり、紙とペンを探した。もしかしたら文字は伝わるかもしれない。

「ラカン、今日はホートの水をやる日じゃないのかの」

奥の部屋から祖父が出てくる。手にペンを持っているので、何か書いていたのだろう。

「おっ、おじいちゃん、ちょうどよかったよペン貸してくれない」

「ん。別によいが何に使うんじゃ」

「そこの子と話したくてね。話せないっぽいんだよね」

男の子が祖父の方を振り返り見る。

「おや、お客さんがいたのか。話せないってどうやってここまで来たんじゃ」

祖父は顎の白ヒゲをなでながら男の子をじろじろ見る。男の子はよくわからなそうに頭をかいている。

「いやー、実は昨日の夜に倒れてたんだよ。そうそうカルーシュ倒したんだぜ、ホートを爪に当ててよ」

「そうか。カルーシュを素手でな。よく、死ななかったの」

いつもにらんだような祖父の目が一瞬優しくなった気がした。それは安心と悲しみを帯びた目だった。男の子が俺を上目遣いで見ているのに気づいた。

「んで、紙も欲しいんだけど」

「これを使いなさい。ワシは外に行ってくるからの」

祖父がいなくなったのでさっそく紙にドナド語で「こんにちは」と書いてみた。男の子はその紙に書かれた文字をじっと見て俺の顔を見つめた。この反応はたぶん伝わってない。ドナド語以外の言語は知らないので、この方法も駄目だ。

がたんとドアが開く音がして祖父が家に入ってくる。

「おじいちゃん。この子どうすればいいかな」

知らないことなどは大体祖父に聞けば何とかなる。

「教会に行くのはどうじゃ。ホンデュミオンの教会なら確実じゃろう」

「ホンデュミオンってどこだっけ」

「ここから北に行って二つの関所を越えればホンデュミオンじゃ」

「え、遠くないか、それ」

「大丈夫じゃ。ワシが若い時は五日もあれば着いた。あとこれを持って行ってくれ」

祖父は奥の部屋から光るものを持ってきた。それは魚のウロコが大きく成長したものに見えた。

「ドラゴンのウロコじゃ。お前の父さんがパラディンの時持っていたものじゃ」

「ドラゴンのウロコだって? しかも父さんがパラディンなわけないだろ」

「今まで隠しておいたんじゃが、お前がカルーシュを倒したのだったら渡さなければならん。そして話さなければならん。お前の父オシエがパラディンだった話をな」

祖父は俺の前に椅子を置いて座った。

「そもそもパラディンを知っとるか。王宮などに仕える騎士のことを言うのじゃが、父はそのパラディンの中でも位が高く、騎士の中で一番王に近づけるほどだったのじゃ」

祖父は椅子から立ち上がり台所の戸棚から酒を持ち出して来た。そして酒のフタを開けグイッと飲んだ。

「しかし反乱が起きた。ちょうど不作の時で民衆も荒れていての。王宮に話を聞かない奴らが押し寄せたのじゃ。オシエはパラディンであるため王を守らなければならなかったのじゃが、愛する国民を攻撃するのはしたくなかったのじゃ。悩んだ末オシエは持っていた槍を捨て、王をかばうようにして民衆と話すことにしたのじゃ。興奮している民衆もオシエのことは知っていて聞く耳を持ったのじゃが、どっからか飛んできた矢が膝に刺さり倒れて気を失ってしまったのじゃ。無防備になった王は捕らわれ国を追放された。そんなことしても何の解決にもならんのにの」

祖父はまた酒をグイッと飲もうとしたが空になったようで、また台所から新しい酒を持ってきた。

「パラディンであるにも関わらず守るべき人を守れなかったこと、飢饉によって心が荒れてしまった国民に何もすることができなかった後悔、そしてオシエはパラディンをやめたのじゃ。そして各地を転々とし、麓の街にたどり着いた。そして不作になりにくいホートを作り始めたのじゃ。二度とあんなことが起こってはならないとな」

父さんがそんな経験をしていたなんて。あんなにホートにこだわりがあったのはそういうことだったのか。

「お前さんが生まれて幸せに暮らすはずだったんじゃが、ある事が起こった。それは七年前のことで急に引っ越すことになった原因じゃ。深夜の街にカルーシュの大群が襲ってきたのじゃ。カルーシュはホートが好物らしく、家を集中的に攻撃したのじゃ。膝の古傷で走れないオシエに頼まれて、寝ているラカンを麻袋に入れて運んだのじゃ。オシエはカルーシュの視線を外させないためにホートをすりつぶし体に塗った。その結果ワシらは無事に逃げることができたのじゃ」

俺はいつの間にかうつむいていた顔を上げることはできなかった。

「カルーシュが去った後家に戻るとオシエの姿はなかった。ワシは落ちていたドラゴンのウロコを拾って帰ったのじゃ。ラカン。お前には父の血が通っている。だからその子を守ったのじゃ」

「ホンデュミオンには遠い。そのためには旅に出るのと同じ覚悟が必要じゃ」

祖父はそこから何も言わなくなった。酒を飲んでいるが、顔は全く赤くなっていない。俺の父さんが俺を守ってくれた。そして消えていった。なんだよ。自分の身は守れてないじゃんかよ。いきなりいなくなって、じいちゃんと住み始めて、いつか帰ってくるかもしれないと思って、諦めて。

「じいちゃん。俺、パラディンになる。いや、それの上になる」

俺は顔を上げて祖父の顔を見ていた。奥歯に熱がわき目に力がはいる。

「俺、ホンデュミオンに行くよ。そして仲間を作って旅をする」

「なら何でも持っていけ、今日は買い出しに行くぞ」

祖父は少し笑ったような気がした。

次の日の朝。

「んじゃ、行ってきまーす」

草を踏みしめ家に向かって男の子と手を振る。家の前にいる祖父も無言で手を振る。

振り返り歩き出す。まずは麓の街の次の街に行くことにした。

気になって振り返ると家が小さく見えた。小さいが、とても頼もしく安心する。これから何が起こるかわからないが、それでも俺たちは絶対に大丈夫な気がする。俺たちは山をゆっくりと下りて行った。


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