表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠れぬ夜は、羊を数える。

作者: きよこ

弥生祐様主催「5分企画」参加作品です。

「5分企画」で検索すると、素敵な作品が読めます!

 互いのすべてをむさぼるような激しいキスも。

 肌を這っていくごつごつとした手の感触も。

 体の中心を貫く快感も。


 ただの本能。


 彼の手が太ももをなぞって、焦らすように往復する。やがて到達するその指の感触に、私は腰をあげて、「早く」とねだっていた。

 彼の荒い息遣いに、ひたすら呼吸を合わせて。

 彼と私が繋がることに満足する。


 たとえ体が繋がっても、心までは繋がることはないのに。






「羊が21匹……」


 ぽつりと出た言葉に、寄り添うように眠っていた彼が「なに?」と笑った。

 今、私の横で寝息を漏らしていたのは元彼であって、彼氏ではない。

 別れてからもう三ヵ月も立つ。なのに、私と彼は、こうして体だけの関係を続けている。

 彼は私と別れてすぐに、別の女と付き合いだした。そのくせ、「体の相性はお前との方がいい」なんて言って、週に一度、私のところに通ってくる。

 端的に言ってしまえば、セフレに成り下がったのだ。


 空洞になった心に、空しさだけが残る。

 生ぬるい風だけが吹きぬけて、肌に残る湿気に嫌悪感を抱くように。


 いつの頃からか、私は夜に眠れなくなった。

 心配した友人が、ふわふわした羊の抱き枕をくれた。

 眠れない夜には、羊の数を数えるなんて、あまりに初歩的で平凡すぎる方法を、私はひたすら毎夜繰り返す。

 羊の抱き枕を、人の温もりに変えて。



 最初の内は、彼といれば安心して眠りに落ちることが出来た。

 程よい倦怠感に包まれながら、彼はまだ私のものだと醜い独占欲を迸らせる。

 彼が、己の欲望を満足させるためだけに私のところに来ているなんて、すぐに気付いた。けれど、わざわざそんなことを思い知る必要なんてない。だから、考えないようにしてた。




「羊が94匹……」


 寂しい夜。彼は彼女と愛を語らい、二人だけの時間を積み重ねていく。

 私はただひとり、この小さな羊を相棒に孤独な時間を費やすだけ。


 少しだけ開けた窓から、長雨の余韻が匂いとなって零れる。


「羊が61匹……」


 何度眠れぬ夜を過ごせば、私は私を愛してくれる人を見つけることが出来るのだろう。

 抱き枕にすがりついて、寂しさを紛らわすような真似を、あと何回繰り返せばいいのだろう。


 彼の腕に包まれても、もう眠ることは出来ない。





「男は皆、狼だよ」


 友人は自嘲に似た笑いを顔に張り付かせ、何を当たり前のことを、とため息をつく。


「羊と一緒に狼も数えれば?」


 そしたら眠れるんじゃない? と意味不明なアドバイスをくれる。

 私は「そう」とだけうなずいて、足の先からどっぷりと堕ちていく感覚に囚われる。

 脱け出せない、蟻じごく。

 何をすればいい? どうもがけばいい? 答えを見つけるには、どうすればいい? 




「ねえ、彼女と別れて、私とやり直そうよ」


 目を潤ませ、柔らかい体を沈ませ、彼の胸に唇を這わせて。彼にすがりつく。


「悪いけど。俺はあいつが好きだから」






 男なんて、どいつもこいつもただの狼で、目の前にいる羊を食い尽くすことしか考えてない。羊が何を思い、何を求め、何をしようとしているのか気付きやしない。

 久しぶりの煙草を口にくわえ、墨を落としたような真っ黒な空を見上げる。

 くゆらせた煙がとうとうと空に流れていくのをただ眺めて、ふと、ベッドにうつぶせになった彼を見る。


「羊が32匹……」


 羊だけしかいない私の言葉。異質な狼を混ぜれば、狼は何を思い、何を求め、何をしようとするのだろう。

 いつの間にかギリギリまで燃えてしまった煙草の灰を、そっと彼の手に降らせた。

『狼と子ヤギ』。童話のあの世界で、狼は子ヤギを騙そうと、その手をヤギと同じ白に変えた。

 騙された子ヤギは、狼に食われてしまうのだ。

 羊もヤギも、狼に食われる運命。


「羊が52匹……」


 誰かを愛したい。無性に、ただ一人を。求めてる。

 内臓が内側から絞られるように、きりきりとした苦しさだけが支配する。


「……羊が百八匹」


 煩悩の数。百八つ叩いたところで、消えるわけない。

 人は欲望だけをむさぼる。

 相手の気持ちなんて、お構いなしに。


 彼のことじゃない。私のことだ。


 寂しいから彼を拒否できない。彼を無くしたら、この寂しさを何で埋めればいい?

 体だけでもいい。繋がっていたい。

 愛がなくてもいい。抱かれていたい。

 ……私は私を支えるために、こんな考えを捨てなければならない。


 灰で白く染まった彼の手にそっと触れる。少し冷えている。私は彼の手を温めようと、その手を両手で包んだ。

 愛に包まれていると錯覚にさいなまれ、彼の胃液に溶けてしまいたい。

 ――だけど。


 閉じられたまぶたにそっとキスをして、彼の体に顔をうずめる。

 クーラーの風を浴びた体は、氷のように私を冷やした。


 ……私はしょせんただの『女』だ。

 自分を哀れみ、可哀想だと憂いて、孤独に酔う。

 強かに生きる力を隠し持ち、それを見せずに自分の人生を嘆く。


 吸いさしの煙草をもう一度手に取る。彼の腕から抜け出て、また空を仰いだ。

 羊の目をした月にそっとキスを送ったら、天に上る煙が、月に傘を創り出した。

 ベッドの脇に眠る、羊の抱き枕を強く抱きしめる。

 私に残った、最後の砦。私にとっての正義の味方。


 私にはこの子がいる。だから、大丈夫だ。


「あんたといるよりは、寂しくない」


 彼に聞こえるように大きな声で叫ぶ。彼は起きない。


「羊が71匹……」


 おとぎ話はいつだって狼が負けるのだ。腹を割かれ、井戸に落とされ、その罪を思い知るのだ。

 そうして私は、哀れで滑稽なその醜態をさらして、それでもなお、強く――。


 

 


 眠れぬ夜は、終わらない。

 寂しさは消えることはない。

 だから私は羊を数え続ける。


「羊が32匹……41匹……狼が1匹」


 私を食らう狼を思い、正義の味方の羊を抱いて、浅い眠りに落ちる夜。



お読みいただきありがとうございました!


作者のお遊びで、羊の数にもこっそり意味があったりします。

お遊びですので、話にはあんまり関係ないのですが、お暇でしたらぜひ解読してください(笑)

ありがちな手法ですので、すぐわかると思います。


ご意見ご感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な世界でした。 所詮、考え方も捉え方も違う男と女… 完全に相手の心の内まで理解するなんて無理なんでしょうけれど 少しでも理解してほしいものですよね。 分かり合おうと努力してほしい… 感…
2008/07/18 13:05 宮薗 きりと
[一言] どうも、遅くなりました(-.-;) はじめまして。同じ企画に参加していた李です。今後とも宜しくお願いします。 凄く暗い感じのお話ですね。でも個人的には好きです。ノワールのような感じが良いで…
[一言] こんにちわ。 これ、面白いです〜! 短いので、作品や技量的にどうかなどと言う前に、すごい魅かれる。いや、エロっぽいとか言う話でなくてですよ。 細かい設定は無視して、セフレの関係を、切れない主…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ