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とある二人のワンシーン

年の始めに、彼女の雑煮を

作者: 佐藤海月丸

皆さん、あけましておめでとうございます!

 ピーンポーンと、どこか遠くからなるチャイムの音で目を覚ます。

 壁に掛けられた時計を見れば、朝の七時。新年早々、こんな朝早くからいったい誰だろうか。


 こたつから身を出し、のそりと立ち上がると、ズキッと鋭い傷みが頭を走った。


「っつ……!」


 思わず一度床に座り込み、痛む頭に手を当てる。

 こたつを見やれば、二本のビールの缶。そういえば、昨日はビールを飲んだんだっけか。

 自分が酒に弱いことを分かっていたが、周りに咎める人がいないのを良いことに、調子に乗って二本も。


 そんなことを思い出している内に、もう一度急かすようにチャイムが鳴る。

 相変わらず頭は痛むが、来客を待たせるのもあまりよろしくないだろう。

 そう思い、カランと音をさせながら、転がったビール缶を手に持ち、台所に置き、そのまま玄関に向かう。


 銀色に鈍く光るドアノブに手をかけ、重いドアを軋ませながら開くと、そこには――。


「あけおめ! 遊びに来ちゃった!」


 ポニーテールに結わえた黒髪を揺らしながらにっこりと微笑む、"彼女"の姿があった。


「……お前、何しに来たの?」


 思わずそう尋ねる。雪は降っていないとは言え、時期は真冬だ。相当寒いのは、玄関を一歩出ただけで分かる。

 彼女は不安そうに瞳を揺らし、俺に聞き返す。


「ごめん、昨日電話であんまり良い生活送ってないって言ってたからさ。連絡もしてないし……迷惑だったかな?」


 カサリ、という音が聞こえる。その方向に目を向けると、スーパーの袋と、その中の食材が目に入った。


「あっあの、いや、あー……」


 どもりながら、そういえばそんなこと話してたんだっけ、と思い出す。

 先にも述べた通り、昨晩は酔っていたため、記憶が曖昧なのだ。

 その中で、コンビニ弁当ばっか食べてるとか、そんな話題が出たのだろう。きっと。多分。よく覚えていないが。


 とは言え、こんな寒い中来てくれた彼女を追い返すほど、俺もクズではない。

 彼女のスーパー袋を手で掴み、自分の方へ寄せると、彼女は驚いたようにこちらを見る。

 どうしたの、とでも言いたげなその顔から目を背ける。


「……とりあえず入れ。冷えるだろ」

「……うん! ありがとう!」


 嬉しそうに声を上げる彼女の声を背中で聞きながら、俺はリビングへと向かった。


 ――◆◆◆――


「悪いな、あんまり片付いてなくて」

「うん、それは良いんだけど……すぐにこたつって……」


 部屋に入った彼女は、こたつに身を入れた俺を見てか、戸惑ったように口にする。

 他の地方から来たという彼女には理解し難いだろうか。確か九州の方から来たと言っていたから、そもそもこたつという風習が無いかもしれない。いや、知らないけど。新潟出たことないから、間違った知識かもしれないけど。

 そんな彼女に、こたつの毛布を肩までたくし上げながら返した。


「こればっかりは仕方ないな。新潟県民の本能として体に染み付いてる」


 多分、だが。分からない。俺だけかもしれない。

 ただ、少なくともこたつが嫌いな新潟県民など一人もいないだろう。

 超便利だし、こたつ。テーブルとして使えるのは勿論、布団として夜寝るのもありだ。朝のぼーっとする頭は普通の比じゃ無いけど。

 俺のこたつ愛半端ないな。もはやこたつが恋人と言っても過言ではないかもしれない。


 なんて、目の前にいる本当の恋人に言ったら怒られるだろうか。呆れられるかもしれない。実際、今でも若干呆れられてるし。


「エアコンとか無いの?」

「そんなもん、大学生が住めるような安いアパートにあるわけねーだろ。お前は何か暖かそうな格好してるけどさ」


 紺色のダッフルコートを脱いだ彼女の下に着ていたのは、超もっこもこの白いセーターである。下に履いているのが鮮やかな赤色のスカートと紺色のハイソックスで少し寒そうだとはいえ、上は視覚だけでも暖かそうに見える。


「そうなの! これ、袖の辺りもモコモコでさ! すごく暖かいんだ!」

「へー、そうなのかー」

「うわっ、超適当……まあ、いいけど……。それじゃ、台所借りるよ?」

「おう、好きに使ってくれ」

「ありがとー。……きゃっ!」


 台所に入った彼女から何やら声が聞こえた。

 はてどうしたのだろうと考えると、あーと一つ、思い当たった。


「ちょっと! こんなに毎日お弁当ばっか食べてるの!?」

「あー、うん。ここ最近は、な。電話でも言ったろ?」

「いやいや、これは『ここ最近』って量じゃないって! 何週間分!?」

「あーっと……軽く一ヶ月くらい、朝と夜分、かな?」

「一ヶ月!? いくらなんでも多すぎるよ!」


 呆れたような怒ったような、そんな表情で俺を睨む彼女。

 うん、反省はしてるんだ。ただ、自炊の面倒臭さと、最近見つけた割りと高収入のバイトでお金に余裕ができてきたせいで、だらけてしまっただけなんだ。だから、後悔はしてない。


「しかも、何でこんなにごみ溜めとくかなぁ?」

「洗って乾かして、しばらくすると捨てるのが面倒になってな……」

「はあ……」


 深い溜め息をついた彼女は、がさごそとごみ袋に弁当の容器を突っ込む。その仕草がどこか雑に見えるのは、俺の気のせいだろうか。


 ごみも一まとめになっていたため、すぐに片付け終わり、彼女が袋から食材を取り出す。

 それを見てふと、そういえばと気付く。


「そういやお前、今日何作ってくれんの?」

「ああ、言ってなかったっけ? 今日はお正月らしく、お雑煮を作ろうと思います!」


 可愛らしくびしっと敬礼のポーズを決めて答える彼女。どうでもいいけど、手が逆です。


「雑煮か……おい、餅は越○製菓だろうな?」

「え? あ、うん、そうだけど……そんなに越後○菓のお餅っておいしいの?」

「いや、味の違いなんて分からないが、『越後』と名の付くものがおいしくない訳がないからな」

「一体何の根拠が……?」


 不思議そうに眉をひそめる彼女。

 いや、だってうまいじゃん、えちごひめ。あれは苺だけど、俺はあれ以上にうまい苺を知らない。ちなみに、他に『越後』と付くものも知らない。何かあったかね?


「とりあえず、作り始めちゃうよ? あんまり朝ごはんが遅くなるのもいけないし」

「ああ、頼むわ」

「うん、任せて!」


 そう、満面の笑顔で言い、彼女は食材を手に取った。


 ――◆◆◆――


「うん、こんな感じかな?」


 小さな皿に口をつけた彼女は、満足げに頷く。

 あれから数分後。部屋には醤油の良い香りが広がっていた。部屋の空気が暖かく感じるのはきっと、調理に火を使ったからだけでは無かろう。


 味を確認し終えた彼女は、茶色い木の器に雑煮の具を盛る。そして、別茹でしていた餅を三つほどその中へ入れ、完成である。

 盛り付けた器を両手で支えながら、ゆっくりこちらへ歩く。

 ことり、とそれをこたつに置いた途端、香りが一気に鼻腔を通り抜けていった。


「はい、どうぞ」

「おおー、超うまそう……」

「でしょ! いやー、我ながら上出来だと思うんだ」


 得意気に胸を張る彼女だが、俺は冗談抜きで感心していた。

 薄く切られ、白く透き通った大根。一口大になった、鮮やかな色の人参。上に添えられた緑の野菜は、細く切られたネギだ。

 それらの具材の下には、ふにゃりと伸びた白い餅が入っていた。

 ところどころに見える銀杏や、少しとろっとした『のっぺ』風の汁の感じを見るに、新潟の雑煮を模して作ったのだろう。こちらの雑煮はまだ食べたことはまだ一度くらいしか無いと言うのに、この再現度はすごいと思う。


 箸を手に取り、手を合わせる。


「じゃあ、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 ずはと思い、餅に箸を付ける。

 それを口に運び、ゆっくりと噛み締める。


「……うまいな」


 何とも単純な言葉が出たと思う。だが、それ以外に言葉が思い浮かばないほどダイレクトに、彼女の料理がおいしく感じた。

 一噛みごとに餅の甘味と、出汁の味が溢れてくる。

 続けて他の食材を食べるが、どれもが自己を主張しすぎず、かといって淡白過ぎず、ちょうど良い味付けになっていた。

 全体的にしつこくないため、どんどん箸が進んでいく。

 気づけば、空の器を残し、箸を置いていた。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」


 嬉しそうに器を片付ける彼女の背中に、声をかける。


「いや、マジでうまかったわ。ありがとな」

「えへっ、どういたしまして。昔から料理が得意なことだけが取り柄だったからね。それが活かせて良かったよ」

「そうだったのか……」


 どうりで、こんなにおいしい訳だ。

 出来上がりだけではない。包丁捌きや茹でる動作を一つ取ってみても、素人のようなそれでは無かった。下手をしたら、プロも目指せるほどである。


 彼女にしか出来ない技術。それを、俺のためだけに奮ってくれた。そう思うと、もう泣きそうなほど嬉しくなるし、これでもう一生分の幸せを使ってしまったのではないかという不安を抱いてしまうまである。普通の人はそんなネガティブ思考には陥らないんだろうが、俺はそれなりの過去を送ってきたのだ。仕方ない。


「本当に、今日はありがとな。超感謝してる」

「ううん、気にしないで。今日はもう一つ用事があって来たんだしね」

「ん? まだ何かあるのか?」

「うん。ちょっと待っててね……」


 言うと、彼女は脇に置いてあったカバンを寄せ、中をがさごそと漁り始める。

 そして、中から何かを取り出した。


「あった! はい、これ」

「お、おう……年賀状?」

「そうそう。いやー、間に合わなくてさ。元旦に届かないのもあれかなと思って、直接持ってきちゃった!」

「なるほど、そうなのか……」


 同じ市内に住んでたら、多少遅れても今日届くのだが、それは目の前の彼女に言うべきではなかろう。何か、「私偉い」みたいなオーラバンバン放ってるし。


 だから俺は、当たり障りない、どこか定型文と化した、でも、心から思っている言葉を、口にした。


「まあとりあえず、改めて、今年もよろしくな」

「うん、よろしく!」


 今年も一年、俺にとって、そして彼女にとって、よい一年になれば。

 彼女からの年賀状を手にして、そう考えていた。



 ――おまけ――



「ところで……年賀状これの端にいるこの、チ○ンラーメンのひよこみたいなキャラクター、何これ?」

「ああ、これ? ひよこのひよまるさんだよ! 怒ったら時の口癖はね、『もー、トサカに来たピヨー!』なんだよ」

「いや、こいつにトサカ、無いけどな……」



 ――おわり――

べ、別に?料理の描写を入れなかったのは、文字数の関係上、仕方なくですよ?

ええ別に、めんどうだったとか、描写の仕方がよくわからないとか、そういうんじゃないんですよ!本当ですよ!!

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