別れ話3
キャンドルに下から照らされ、眼鏡にゆらめく炎が映っていた。優奈は僕の言葉を聞いて、一瞬だけかすかに目を見開いたようだった。でも、それもつかの間、テーブルの上をじっと見つめて黙り込んでいる。テーブルにはグラスが2つだけある。
僕は小さなバーテーブルの上のグラスを軽く振って、口元にあてた。ロックアイスがだいぶ解けて、ウイスキーの水割りみたいになっている。グラスをテーブルに置きながら、僕は言った。
「もう一度言う。別れてほしい」
優奈はもう僕の言葉にも微動だにしない。優奈はあまり喋らない。これまでいろんな意思表示はほとんど頭を縦に振るか横に振るかだった。外でごはんを食べるときも指でメニューを指し示したし、家でごはんを食べるときも、あまり言葉をかわさずに、それでもきちんと互いに補いあってきちんと準備出来ていた。僕はそれでいいと思っていたし、優奈も同じ気持だったと思う。でも、今ばかりは僕も少し戸惑ってしまう。
ビートルズのチケット・トゥ・ライドが終わりに差し掛かる。カウンター席では、声の低い壮年の男性がマスターとなにやら談笑している。どうやら常連らしい。
「ねえ、優奈。」僕は言う。「このことは優奈がなにか僕の気に入らないことをしたとか、そういうんじゃないんだ。逆に僕が浮気心をこじらせてしまったのとも違う。ただ、なんだか、物足りなさを感じてしまって。相手がどうとか、そうではなくて、『付き合う』ということがもしかしたら僕には合わないんじゃないかって、そう思った」
僕はウイスキーに口をつける。小さくなった氷が、ガラスに触れて涼しげな音を立てる。優奈のオレンジ・ジュースはテーブルに運ばれてきてからまったく減っていないように見えた。
「…いや」
優奈は顔をこちらに向けていた。眼鏡に照った薄暗い証明の光が、優奈の表情を読み取れなくさせる。
テーブルのキャンドルはだいぶ背が低くなっている。僕は、ちいさな雫が二、三滴、音もなくテーブルに落ちるのを見た。店内には知らない洋学が流れていた。