彼女の周りの出来事
びっくりな事にブクマに入れてくださった方がいらっしゃったので、とりあえず続けてみようかと。有り難うございます。
更新はまちまちになると思いますが、お暇な時にでも見てやって頂ければ嬉しいです。
あ、今回あまりよろしくない表現と、お食事中の方には不適切な場面が有ります。ご注意下さい。
山間の小国グリンドール。
特筆すべき産業もなく、特別な権威もない。
そこそこの歴史があり、国土は小さくはないが平地はごく僅か。
他国と比べて比較的治安が良く、立地的に戦争に関わる事が少ないというのが数少ない長所と言ったところか。
緑豊かな山頂に慎ましい尖塔を覗かせる王城、その足下にちんまりと王都グリンダがある。
初代王が最愛の王妃の名を付けたという、良く言えば絵本の挿絵のように素朴で可愛らしい、悪く言えば王都にしては貧相な町である。
金の子豚亭は大通りから一本入った所にある宿屋兼食事処だ。
規模は小さいが、女将さんの作るミートパイが美味しいと評判になっている。
「あらぁ、可愛いお人形だねぇ」
「うふふ、リリのお友達なの。ユリエちゃんっていうの。」
「おや、ユリエの実みたいに黒い髪だからかい?」
楽しげに話す女将とリリを、亭主とロビンは微妙な顔で見ている。
亭主も人形を可愛いとは思えなかったが、賢明にも口には出さなかった。
結局、警邏隊の詰所に人形を届けたものの、今のところ届けはないし、あったら知らせるから持って帰って良いと言われて二週間が経つ。
普通、拾い物はその価値にもよるが最低三日は詰所で保管する。生もの等はその限りではなく、明文化された規則ではないのだが、今回の処置は絶対にあれを詰所に置いておきたくなかっただけだとロビンは思っている。
金の子豚亭の女将はロビンとリリの母親の姉に当たる。両親は共働きな為、昼食はもっぱらここで世話になっていた。
父は役所の職員、母はお針子をしている。母が言うに、拾った人形ユリエの着ている服は古いがとても上質な物で、きっと大事にされてきたものだろうという事だった。
許可を貰っているといっても、持ち主が出てきた時の為にくれぐれも傷を付けたりしないようにと厳命されている。ロビンが。
言われなくたってリリが気に入っているものを無碍にしようとは思わない。第一、もう十二歳になるのにそんな小さい子みたいな注意をされるなんて不本意だ。
それに、言ったら笑われるだろうから誰にも言わないが……時々、人形が睨んでいる気がする。
嫌いな野菜をこっそりとリリの皿に移そうとした時や、掃除をサボ、いや、ちょっとだけ休憩しようとした時なんかに、あの透き通った眼でじとりとこっちを見てる……ような感じがするってだけで、うん、勿論気のせいに決まってるけども。
……ガラ、ガシャーン!!
何かが壊れたような大きな物音、外からだ!
何事かと表へ出ると、はす向かいの酒屋で鎧を着た男が喧嘩してた。
いや、喧嘩じゃない。ここらじゃ見ないような騎士鎧で固めた男が酒屋の親父さんに怒鳴りちらしてる。一人娘のお姉さんが涙目で親父さんの背に庇われてるのを見れば、事情はなんとなくわかる。
大方、美人と評判のお姉さんに悪さしようとして止められたか、難癖つけてお姉さんを詫びに寄こせとか言ってるんだろう。
このところ、嫌な騒動が増えた。
隣のトゥンケーン聖国が無くなってからだ。
詳しい事は判らないけど、国が無くなって、住民の幾ばくかは周りの国に流れてきた。中には貴族も庶民も居て、多分あの男もそうだと思う。前に警邏隊にしょっ引かれてたトゥンケーンの騎士とよく似た鎧を着てる。あの時見た騎士よりも飾りが少し多いけど。
困ってるんなら出来る事はしてあげたいけど…何て言うか、彼らはすごく態度が悪い。こんな辺鄙な所に来たくなかったとか、食事が不味いとか、俺たちの前で平気でこの国を馬鹿にする。やんわり注意しても、田舎者が生意気だなんていって聞きやしない。
以前よく金の子豚亭に泊まってた行商のお兄さんみたいに良い人もいるって解っていても、こう頻繁に騒ぎを起こすんじゃトゥンケーンへの印象は悪くなるばかりだ。
もうじき女将さんが呼びに行った警邏隊が来ると思うけど、思い通りにならなくて大分頭に血が上ってるようだし、剣を持ってるから心配になる。
「ええいっ、散らんか下民ども!」
いよいよ危なくなったら取り押さえようと、それなりに腕力のある若い衆がそれとなく取り囲み始めたのに気がついたのか、白い目で見る住民がカンに障ったのか、男はとうとう剣を抜いた。
「きゃあっ!」
それを見て思わず悲鳴を上げたのは、リリだ。
危ないから中に居ろと言ったのに、なかなか騒ぎが収まらないから心配になって見に来たのか!?
「やかましいぞメスガキ!」
男の悪意がリリに向いた! 不味い!!
次の瞬間、其処にいた誰もが想像すらしなかった惨劇が起こった。
喧噪の中、不自然なくらいに響き渡った破裂音――――そして、それに続く篭もった音は、正に絶望を告げる声に他ならない。
あまりの事態に静まりかえり、身じろぎすら、呼吸すら憚られる様なその場で……最初に声を上げたのは、買い物に通りすがったのだろう母親に手を引かれた、年端もいかない幼子だった。
稚い無垢は、時に残酷なものなのだと知らしめるように。
思えば、昔語りの迷妄する王に真実を突きつけたのもまた、保身など思いもしない幼い子供ではなかったか。
誰もが様々な思いで口を噤み、静まりかえるその場に――――罪のなき幼子による、苛烈な真実を白日の下に晒す宣告が下った。
「ママー、あのおじちゃんうん○もらしてる~」
「これっ、指をさしちゃいけません!」
騎士らしき男は、意味の解らない叫び声を上げ、号泣しながら走り去った。
品物をいくつか壊されたものの、酒場の親父さんは被害届は出さないそうだ。お姉さんもすごく微妙な顔をしていた。
事情を聞いた警邏隊の隊長もやっぱり微妙な顔をした。
ただこっちは一応手配はするらしい。
男が走り去った時、リリに抱えられていたユリエが「ふっ」と鼻で嗤った、気がする。
――――きっと気のせいだろうけど、丁度森のマルドラの花が盛りだから、髪飾りにでも採ってきてやろうと思った。
子供って残酷だナー(棒読)
ユリエの実は黒スグリみたいなものと思って頂ければ。