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召喚された彼女の行方

 唐突に、理不尽に、異世界に「勇者」つごうのいいコマとして召喚された彼女。

期待された力を持たなかったが為に、不要品として打ち捨てられ、還るすべもない彼女の行方はいかに――――?


――――ウソは言ってない。


 先に投稿した短編の連載版です。

第一話はほぼ短編そのままなので、そちらを読んでくださっている方は読み飛ばしていただいて構いません。

 ――気が付くと、見知らぬ場所で大勢の人間に囲まれていた。



 豪奢だが寒々しい印象の、石造りの大広間。柱の一本にいたるまで手の込んだ細工で飾られてはいるが、どこか重苦しく、いっそ野暮ったく思える。

たった今まで居た筈の、古い木造だがよく手入れされ磨かれた美しい光沢の木目、遠く蝉の声を運ぶ涼やかな風の通る部屋とは真逆の印象を受ける。

 訳がわからず、戸惑う自分に向けられた沢山の困惑と失望と侮蔑の眼差し。


 そして私は、ゴミのように捨てられた。





 勇者召喚。


 与太話ならともかく、いざ自分に降りかかると笑えない。

「魔王」という災厄を払う「勇者」を、聖女が神に(こいねが)い招くのだという。

招かれた覚えは一切ないけれど。

 現代日本でいえば、何の関わりもない他人を誘拐し、洗脳や脅迫で兵士(すてゴマ)にする、歴としたテロ行為ではないだろうか。

そこにせっぱ詰まった事情や、自分たちで解決できない事を他人に押しつける後ろめたさが伺えるのならまだ一考の余地もあるだろうが、残念な事に私を呼び出したテロリスト達にそんな様子はかけらも見られなかった。


 魔王とやらがどんなものかは知らないが、少なくとも私は剣を持って戦う事など出来ない。

自分で言うのも何だけど、このか弱い小柄な体と白い手足を見て戦えると思う様なら眼科へ行くべきだと思う。

 当然の事ながら、代々伝わる聖剣某とやらを抜く事など出来なかった。

 かと言って、強力な魔法が使えるような魔力だか法力だかも全く無いらしい。


 かくして、私は役立たずとして着の身着のまま侮蔑の言葉だけを与えられ、城の裏門から文字通り放り捨てられたのだった。





 そして今、私は召喚された国の隣、山間にある小さな国にいる。

 あれから夜闇に紛れて歩き続け、昼は荷馬車にこっそり乗せて貰ったりしながら、どうにかあの国を脱出した。

 私の召喚(ゆうかい)が国の上層部だけの意思なら一般市民に思うところはなかった。

けれど、途中聞こえてくるのは勇者を待ち望む声、来るのが遅いと不満を漏らす声、勇者さえ来ればどこそこの国も這い蹲って許しを請うだろうと高笑う声。


 ……勇者は魔王を倒すさいやくをはらうのではなかったのだろうか?


 それが召喚の実態を知らないだけなのだとしても、到底愉快な気持ちになる筈もなく、こんな国になど一秒たりとも居たくはなかった。

そうして、ただとにかく離れようとばかり考えていたので隣国がどんな所かも知らなかったが、こちらに逃げて来たのは結果的に正解だったと思う。


 ここは山間のわずかな平地に町を作って出来たような国で、特筆するような産業もなく、大した資源もなく、山に囲まれていると言うより、山に町や村が点在しているような立地の為に交通が恐ろしく不便。

征服しても旨味が無いに等しい為にどこの国からも放っておかれ、故にあちこちで不穏な動きのある今でさえ平和を保っているらしい。

貧乏国と馬鹿にされても、まぁ事実だし、と苦笑いで流してしまうような穏やかな国民性もその一因なのかもしれない。

 街並みも道を行き交う人々も、あの国に比べてずっと質素だったが、穏やかな笑顔が其処此処にある。


 ふと、通りすがりの少女と目があった。


 十になるかならずか……こちらの人は欧米系のようだから、もう少し下なのかもしれない。

素朴な色合いの、あちこちに丁寧に接ぎ当てをしたワンピースに、清潔そうだが古びたエプロンドレスを着ている。

薄茶の柔らかそうな髪を、もとは鮮やかな赤だったと思われるくすんだピンクのリボンで束ねているのが可愛らしい。


 路地の影に座りこんでいる私に目を丸くしてこちらに寄ってきた。


「どうしてこんなところに座っているの?」


 目の前にしゃがみ込み、少し舌っ足らずな鈴を転がすような声で尋ねてくる。


「変わった服を着ているのね。でもとってもきれい。」


 私を抱き上げ、その小さな手で裾についていた砂を払う。


「よく見たらお顔もとっても可愛いわ。あら、ほっぺが汚れてる。」


 そう言って、エプロンドレスのポケットからハンカチを取り出すと、汚れるのも構わず私の頬を拭ってくれる。


「こんな綺麗なまっ黒い髪、初めて見たわ。何てさらさらしてるのかしら。」


 この髪は私の一番の自慢だから、褒めてくれるのはとても嬉しい。



 「リリ!勝手にどっかいったらだめじゃないか!」


 その時、少女と同じ薄茶色の短いくせっ毛の男の子が向こうから駆けてきた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。でも見て、ほらこの子!」


「うげ、何だその気味悪い人形!」


 ゴスッ!


「痛ってぇ!」


「うわっ、すまん坊主!」


 よそ見をしていたらしい物売りの担ぐ天秤棒が、少年の後頭部に追突した。

面と向かって失礼な事を言った報いだ。


「もう!気味悪いだなんて、こんなに可愛いのに……」


 リリと呼ばれた少女は頬を膨らまして抗議する。


「あ~、ゴメンって」


 後頭部をさすりながら渋々謝るが、どう見ても口先だけ。

 まぁ、子供の言う事だし。

実際、私の様なものの事がどうしても苦手な人が居る事は知っているから、このくらいは大目に見ましょう。


「落とし物かしら? でも、もし届けがなかったら、この子お家に連れて帰っても良い?」


「うえっ? いや、でも……」


「なんだか、この子はうちに来る“うんめい”を感じるの!」


 覚えたばかりらしい言葉を使う、期待に胸を弾ませる妹に、頬を引きつらせる兄。

 残念ながら、私に紛失届など出ている訳は無い。



 ――それにしても、“運命”とは――


 私がこの世界に召喚されたのは、或いはこの少女と出会う為だったのだろうか?

だからといって、あの国の聖女やら王やらを許す気にはとてもなれないが…まぁ、この少女に免じてこれ以上祟るのは止めてやっても良い。




 あの緑に囲まれた静謐な寺院で、住職の耳に心地良い読経に微睡む日々も悪くはなかったけれど。

やはり、市松人形として生まれた以上、少女の元で愛でられるのが本懐だもの。

この異世界で市松人形(わたし)の意味を知る人が誰ひとり居なくても、私が本分を全うしない理由にはならないでしょう?




「ねぇ、お兄ちゃん。この子どこから来たのかな。お隣の国から来るお兄さんが来たらわかるかしら?」


「本当に見た事無い格好してるよな。あー、でも当分あそこの行商は来ないかもな。」


「どうして?」


「俺も詳しい話は知らないけどさ、なんか隣の国無くなるらしい。」



 夏らしい話という事で思いつきました。


 ……ホラータグは要らないですよね?


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