プロローグ
はじめまして至木三芭といいます。いたりぎ みつばと読みます。
完全に趣味を放り込んでますので、こういうのに萌えを感じてもらえたら仲良くできると思います(笑)
暇潰しにでも読んで貰えたら幸いです。では、始まり始まり
――私は、貴方の事をいつも見ています。
「……これって、あれだよね」
朝の学校の下駄箱という日本の騒がしい場所にして騒がしい時間帯の中でもトップ5には入れそうな場所で、この瞬間だけ音が僕の中から消滅した。
上履きを取ろうとしたら明らかな異物に指が触れて、そちらを取ったら薄いピンクの封筒が出てきた。誰に宛てた物か、誰が書いたかはわからないので一応僕宛てと言うことで読んではみたものの、中身は白の便箋の真ん中に一行。
「いわゆる、ラブレターってやつだろうか」
それが何かを自分の口から発して、音が僕へと戻ってきた。と、これを誰かしらに見られるといろいろ厄介だ。とりあえずポケットにしまおう。
「どうしたんだ奏多。下駄箱に何かあったのか?」
ほら、我が幼なじみがこうやってこちらへやってくる。冗談のつもりだろうけどずいぶん鋭いことを言うじゃないか。
「何にもないよ。人が多かったからちょっと待ってただけ。キミじゃないんだから」
「俺だって下駄箱に何も入ってねーよ! むしろ入ってたら喜んでお前に行くっての」
「いや、言わなくてもいいからね?」
言われたら僕の暇潰し……こほん。悩みの種が増えるわけだし。
「おーい二人とも! 早く教室行くよー!」
「お、優奈も来たな。よし、行こうぜ奏多」
「うん」
楽しそうに横に並んで話す幼なじみ二人を視界に入れて、僕はその後ろに並んだ。幼稚園から続く三人の立ち位置で、そっとポケットに手を入れてそこにある感触に人知れず僕はため息を吐いた。
「面倒な"間違い"をしてくれてまぁ……はぁ……」
ため息で我慢できなかったのか、独り言も出てしまった。
普通、自分の下駄箱にラブレターなんて入ってれば手紙を手に取った時点でドキドキして、その日一日まともでいられないと思う。僕の場合、その普通がないからこうしてため息を吐いてしまうんだけど。
「僕と修の下駄箱を間違えるのはやめて欲しいもんだ。うん」
僕が普通でいられない理由。それは目の前の幼なじみのうちの片方の男にある。おそらく、このラブレターも僕、小柳奏多ではなくこっちの筒井修へ向けられたものであると思われる。
「……奏多? どうしたんだ?」
「へっ? え? なに?」
「いや、なんか考え事してたみたいだけど、どうかしたのか?」
「いや、ちょっと寝不足でさ」
「ならいいけど、困ってることがあるなら言えよ? 今さら遠慮する間柄でもないだろ、俺ら」
「あはは、そうだね。ありがと、修」
「ちょっと、あたしも忘れないでよ二人とも」
「わーってるっての」
二人のやり取りを見て小さく笑う。うん、やっぱりこっちへの間違いだろう。
――この僕の幼なじみ、筒井修はモテる。どれくらいモテるかと言えば、とんでもなくモテる。友人の言葉を借りれば「ハーレム作品の主人公野郎」だそうで、嗜む程度だけどその手の物に触れてる僕もそれには全面的に同意する。
「奏多もだからね? あたし達は三人で幼なじみなんだから!」
「わかってるよ。二人とも、ちゃんと頼らせてもらってるよ? と言うか、二人はテスト前に僕を頼りまくるの少し辞めるようにして欲しいんだけど」
「「それは無理!」」
このもう一人の幼なじみ、三浦優奈を筆頭に学年の風紀委員、ちょっと不良な先輩、新任教師エトセトラ……とにかく、多方面から好意を抱かれている。
どこでそんなフラグ成立させてきたんだと問い詰めたくなるほどにモテまくりで、しかもこれ小学校中学年くらいから今までずっと。こういう僕の下駄にラブレターがあって、それが修宛てでしたとか、呼び出されたら修の好きな物を聞かれたりとかそんなのばっかだったせいか、こういうことには慣れっこになってしまっている。ホント、万に一つもあり得ないからね。
「まぁ、いつも通りでいいか」
この手紙もスルー。どこかで僕と修の下駄箱が違うことに気づいてそちらに入れるだろう。
ふむ、しかし、ラブレターとはなかなか……鈍感難聴属性系の主人公タイプの修にはいい手だね。修は本気でみんなの好意に気づいてない上に「奏多と遊ぶから」なんて平気で僕を優先するので僕も不当な睨みを受けたりするくらいだし。
まぁ、その分修とその周辺の人間関係を面白おかしく見させてもらってはいるけど。
「ま、平常通りかな」
廊下のゴミ箱にくしゃりと丸めた紙を捨てる。
僕は社会に出て、適当なタイミングで適当な人とお見合い結婚するという人生設計をしてるんだ。恋愛なんて面倒ごとは傍観するに限る。
恋愛なんて、ロクなことにならないんだから……
―――――
「……おい」
翌日。果たしてそこにラブレターはあった。いや、確かに二日続けてなんてこともあるだろうけど僕の気持ちも考えて欲しい。おい。って言いたくもなるさ。
「かなたー! 今日もゆっくりだな――って、お前それ!」
……まずい。修に見られた。
「まさかそれ、ラブレターか!」
「ホントか奏多!」
「ホントだぞ優奈! いやぁ、羨ましいよ奏多。俺も貰ってみたいもんだな」
優奈まで飛び付いてきた。むむ、まずい……なんかいろいろ面倒なことに……
「……あたしも手紙とか書けばいいのかな。メールじゃなくて」
「ん、なんか言ったか?」
「ひ、独り言だよいちいち反応すんな!」
「うぉっ! いてーな叩くことないだろ!」
さすがは鈍感難聴系。まぁ、正直今のは僕も優奈が何を言ったかはわからなかったけど。
……まぁいい、修がここまで大騒ぎしてくれたんだから書いた人もこれでわかるだろう。うん、きっと大丈夫のはずだ。
―――
「おはよー小柳。聞いたぞ、ラブレター貰ったんだって?」
「おはよう岩田。残念だけどいつも通り、修への間違えだよ」
教室に着いて修や優奈もそれぞれの友達の所へ向かって一人ボケッとしているとニヤニヤ笑いの友人が目の前に座った。
もうこの質問も答えも何度目だろう。修のことをわかる人はこれを言うだけでああ……と納得してくれた。自他共に認める修のオマケなので、これを説明すれば変な風評被害や茶化しは来ないだろう。
よく修と友達でいられるな。なんて言われるけどそれはそれ。僕にとって修は唯一無二の親友であることは変わらない。それに僕はお見合い結婚するんだからこういう間違いは面倒でこそあれ、他はどうでもいい。
「そんなことだろうと思っていたよ。いやぁ、万が一があったらこの岩田卓也魂の友を斬らねばならなかった」
「ラブレター貰っただけで斬るとかずいぶん安っぽい魂の友だね……」
「当たり前だろう! 小柳は俺と同じ二次元に生きる仲間じゃないか!」
「別にアニメも漫画もラノベも嫌いじゃないけど、二次元に生きる気はないぞ。僕は適当なタイミングでお見合い結婚するんだよ」
「なにぃっ! 俺を謀ったのか!?」
「何度も言ってるでしょうが!」
と、わりとよくやるやり取りを終えて一段落。岩田も満足したようで、やはりニヤニヤ笑いながら僕の机で頬杖をついた。
こういう笑い方とかしなければきっとモテると思うんだけどな、岩田。あと、オタク全開な性格をもうちょい抑えられれば。
「しかし、お馴染みの"面倒くさい"か?」
「当たり前。どこの誰かは知らないけど、早くやめて欲しいもんだよ。恋愛なんて見るだけで満足なんだから」
岩田は修すら知らない僕の人生設計を知ってる数少ない一人で。修を除けば一番仲の良い友達だ。話してれば自然と口も緩くなる。
朝の喧騒があるからと油断もしてたかもしれない。だからか、
「まったくー、小柳くんはまたそういうことを言ってるんだからー」
突如聞こえた声に本気でビクッてなった。肩どころか身体ごと跳ねた。
数瞬遅れて岩田のいる場所と声のした場所から笑い声が聞こえてくる。顔が熱くなるのと、恥ずかしさを誤魔化そうと一旦下を向くことにした。
「竹本。キミがどう言おうがこれは変わらないよ」
「うん、そうだろうけどね。というか正直そこはどうでもいいんだけど」
竹本凪。演劇部所属のみんなの人気者。僕らみたいなのからちょっとワルい感じの人まで誰とでも仲良くできる演技派の彼女も、不本意ながら僕の人生設計を知る一人だ。
「実を言うと恋愛なんて面倒! とか言ってる小柳くんがラブレターに意外と動揺してたりしないかなー。なんて思って来てみたんだけど、平常運転みたいだね」
「そりゃね。この人生で培ってきた経験を元に作られた人生設計だからそうそう揺るがないよ」
「残念。というか、なんだそんなドヤ顔なの? さっきあんなにびっくりして恥ずかしがってたのに」
「だまらっしゃい。ほら呼ばれてるよ竹本」
「あ、ホントだ。じゃ、またね二人とも」
演技派女優はたくさんの交流関係を円滑に回すことに忙しいようだ。友人がたくさんいるのはいいことだけど、竹本のあれはもう掛け持ちだ。
前に本人に言ったけど、よく疲れないと思う。
「さて、俺も席に戻るとするかね。あ、小柳今日帰り暇なら本屋寄って行かね? 漫画の新刊が出るんだよ」
「ん、いいよ。じゃあまた後で」
ひらひらと片手を挙げて去っていく岩田を見送り、ふと、そうだと僕はポケットから今朝の手紙を取り出した。
一応中身を確認しておくか。もしかしたら修の名前なりが入ってるかもしれないし、もしかしたら他の可能性もあるし。
――ちゃんと書きます。
――私は、貴方の事だけを見ています。
「……30点かな」
意味がわからない。そもそも自分の名前も書いてないし、ちゃんと書くとか書いてるわりに何もちゃんと書いてない。
時間がなくて書いたなら時間があるときにちゃんと書いた方がいいと思うな、こういうのって。
「まぁいいか、後で捨てよ」
くしゃり。ゴミ箱に捨てるので握り潰して再びポケットへしまう。
ちょうど、担任の先生が入ってきた時だった。
―――――
「……おい」
二度あることは三度ある。そんな言葉を体感する日が来ようとは思わなかった。今日は朝ちょっと寝坊したせいで修や優奈とは別の登校だったけど、それで良かったかもしれない。
下駄箱には変わらず封筒が置いてあった。どうやら修宛てかと思っていたらそれは違ったらしい。今回の封筒には"小柳奏多くんへ"なんてしっかり僕へ名指しで書かれている。
「……なんだってんだ、これは……」
認めよう。このラブレターは僕へ向けてのものだったらしい。
……なんだろう、全然嬉しくない。
「小柳くんへ、二回も私の気持ちを送ったのにどっちもゴミ箱に捨てるなんて酷いです。私はこんなにも貴方の事を見てるのに。貴方が幼なじみさんと仲良くしてる時も、他のお友達も仲良くしてる時も、好物の焼きそばパンを食べて満足そうに笑ってる時も、幼なじみさん二人がイチャイチャし出すと手持ちぶさたになって少し寂しそうな時も……とにかくとにかく貴方を見てます。直球で言えば貴方が好きです。もし、お話だけでも聞いてくれるなら、今日の昼休みに屋上へ来てください。焼きそばパンを買って待ってます。
貴方に運命を感じてる人より」
「……」
なんだ、これは。
「なんだ、これは」
言葉にも出てしまった。いや、だってさ……ちょっと、常軌を逸してるんじゃなかろうか。ラブレターとか可愛いものかもしれない。この手紙、どう見ても――
「おはよっ、小柳くんっ!」
「うわぁっ!」
「きゃっ! ど、どうしたのいきなりそんな声出して」
「あ……た、竹本か。ごめん、ちょっとびっくりして……」
「ちょっとどころじゃないよね、今のは……って、小柳くん、それ」
「え?」
後ろから話しかけてきた竹本の視線の先には、僕がさっきまで読んでた手紙と封筒。封筒は開いたまま持ってるだろうから竹本の視線にはちゃんと僕宛ての名前が刻まれているだろう。
「ふーん、もしかしたら、もしかしちゃうかも?」
竹本が普段人と話すときに付ける外面を外して、本性らしい意地悪そうな笑みを浮かべる。
ああ、なんだかとても面倒なことが今、僕の目の前に立ちはだかったような気がした。
……とりあえず、今は竹本をどうするか考える方が先決か……