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第三話

「それじゃっと」


 早体もだいふ俺の机にどかっと座る。崇は俺の後ろで手をわきわきさせている。


「まぁ言わなくてもわかるわよね?」


 ジーっと早奈英から見られる。そういう状況ではないのはわかっているが早奈英みたいな美人から見つめられると照れる。


「とりあえず話して楽になるんだ竜也」


 崇が手をわきわきさせるスピードを上げる。正直気持ち悪い。因みに金井さんはクラスの女子や男子に捕まっている。


「姉さん!!金井ちゃんまじ可愛いっす!!」


「へ?あれ?ちょっ!?」


 早奈英は複数の女子から両腕をがっちりホールドされ、そのままズルズルと金井さんの元へと連れ去られて行った。


「は~な~せ~!」


 サヨナラ早奈英。

 そして、残ったのは風邪気味で死にかけている俺と、手をわきわきさせている崇だけ。まったく華がない。


「金井さんは溶け込めたようで何よりだな」


 話すのがきついので頷く。


「それはそれとしてこれはこれだ」


 どれがどれとしてどれがどれだ。


「さぁ、昨日あったことを話せ」


「話さなきゃ駄目?」


「駄目だ」


 後ろから俺の前に回りこんで、手のわきわきをこれでもかと見せつけてくる。もう話すしかないみたいなので大まかに話した。

 すると、崇は溜め息を一つ。


「竜也らしいっていったら竜也らしいな。まぁ、その状況なら俺でもそうしたしな」


 もっとスキャンダルを期待したのにつまらん、と言い残し崇は人だかりが出来ている金井さんの元へと向かった。

 その後も金井さんには人だかりが出来ていて、とても大変そうだった。早奈英はというと、今度こそ!と毎回来るもののその度に連れて行かれていた。

 崇はそれを見て笑っていた。俺はそれを確認しては寝ていました。




「竜也、飯の時間だ」


「あいよー」


 休み時間に寝れたので多少は具合が良くなった。


「竜也!今度こそ!」


「姉さん。桜と飯行きましょう」


「私は!ってちょっと!は~な~せ~!!」


 フリフリと手を振る。毎回、早奈英を引っ張って行く子も大変だな。というかもう呼び捨てか早いな。


「もうあんなに仲良くなったんだな」


「うん。女子のコミュ力高いね」


 お弁当を開く。予想通り、ご飯にはハート型の盛り付けが。もう馴れたので特に驚きもしないけど。

 崇も馴れたもので気にせずぱくぱくとご飯を食べている。


「だいぶ具合良くなったみたいだな」


「うん。お陰さまで」


「でも部活は休むんだぞ」


「わかってるよ。拗らせたら大変だし」


「うむ。わかっているならよろしい」


 この程度なら一日休めば元気になると思う。一日休むことは部に迷惑をかけてしまうが、下手に元気になったからといって運動して悪化でもしたらそれこそ大変なことになる。


「早く治さないと大会も近いしね」


「そうだな。先輩達には迷惑はかけられないからな」


 テニスと言えばシングル!というイメージが強いが知れないが、高校生のソフトテニスの大会ではダブルスしかない。なので前衛と後衛が必然的に必要になるのだが、先輩達二人は後衛、俺達は前衛であるために先輩、後輩ペアになってしまうのだ。


「そういや崇に聞こうと思ってたことがあったんだ」


「ん?なんだ?」


 そして俺達はテニス談義に花を咲かせ昼休みが経過した。



 そして放課後。余計なことで絡まれないように(主に早奈英)さっさと帰ろうとしたが、下駄箱で捕まった。


「逃げられると思って!?」


 早奈英が俺の下駄箱で既にスタンバイ。逃げられそうにない。


「話せばいいんでしょ?」


「いんや、話は桜から聞いたよ」


「それなら呼び止めなくても良かったんじゃ?」


「竜也らしいなって。それだけ伝えたかっただけ」


 そう言うと、早奈英は靴に履き替る。


「それじゃお大事に」


 そう言って微笑むと早奈英はさっていった。頬が熱い。女の子の笑顔っていうのはいつもずるいって思う。

 さて、それじゃ帰ろう。今日の最後に良いものも見れたことだし。



 今日は流石に俺のことを気遣ってか、早奈英と崇は家に来なかった。時刻は午後十時。念には念をってことで今日はもう寝よう、と思ってたところでインターホンが鳴る。この時間帯に?まさかとは思うが父さんが帰ってきた?

 とりあえず、ドアを開ける。


「あ、どうも隣に引っ越して来ました!?」


 そこにいたのは、またしても金井桜。そのものである。


「金井さん?」


「えっと、何でですか?」


「何でですかって言われましてもここに住んでますから」


 さっき金井さん、隣に引っ越してきたと言ったような。


「そ、その私、隣に引っ越すことになりまして」


「あぁ、それで」


「は、はい。色々と迷惑かけるかも知れませんがよ、よろしくお願いします!」


 さっと前にだされる紙に包まれた箱。


「律儀ですね。ありがとうございます」


「あ……」


「どうかしたました?」


 顔が赤いし、俺の顔見て止まっている。あ、どうしよう。風邪をうつしちゃったかな?


「し、失礼しゃす!」


 ピューと自分の部屋に帰っていく金井さん。顔赤いままだったしうつしてたらどうしよう。と思ってたら金井さんの部屋からゴン!という音が。


「金井さん?」


 少し音が気になったので部屋を訪ねてみる。するとすぐにドアが開く。


「ど、どうかなさいましたか?」


「いえ、ゴンって音がしたので」


「そ、それは単に段ボールに足をぶつけて」


「あ、引っ越してきたばかりでしたね」


 そうなんです、と開いていたドアを少し閉める。恐らくまだ片付いていないのだろう。


「手伝いましょうか?片付け」


「へ?」


 驚いた顔をして固まる金井さん。やっぱり少しおこがましかっただろうか?


 「見られたくないものだってありますもんね。すいませんなんか」


「あ、いえ、その今日具合悪かったんですよね?」


「はい。まぁ、今はだいぶ良くなりました」


「拗らせたら大変ですので今日は休んで下さい」


 お気持ちは大変嬉しかったです、と言うと金井さんはペコリと頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます。それではお休みなさい」


「はい。お休みなさい」


 互いにお辞儀をして部屋に戻る。うん。金井さんはいい子だ。





 ごろんと畳に寝転がる。あの人と喋った。喋ることができた。


「ふー!!」


 声が隣に聞こえないようにクッションに叫ぶ。部屋を片付けなきゃいけないけど今はそんなのどうでもいい。


「出逢い方が卑怯なんだもん。私は悪くないもん」


 あんな出逢い方して惚れないほうがおかしい。

 単純に嬉しかった。どうしたらいいかもわからなくなって、路頭に迷ってた私。

 誰かに助けて欲しかった。でも誰も助けてくれなかった。そんな時、あの人が現れた。

 服装も服装だったし、最初は襲われると思った。抵抗はした。あの時の私の最大にして最高の抵抗。でもあの人はその抵抗から逃げたり、無視したりしなかった。包み込んでくれた。あの時の言葉、あの笑顔は絶対に忘れない。

 あの笑顔には哀れみなんてものは一切含まれていなかった。あの笑顔で私の心のダムは大放水。あの人が立ち去った後、必死に傘とあの人が私に掛けていった服の裾を握りしめて泣いたのは秘密。

 あの人は恩人であり、惚れてしまった相手。そして向き合える勇気をくれた人。

 両親がいなくなったという現実に。

 

「さーてと」


 私は立ち上がる。いつまでもあの人の優しさに悶えている場合ではない。

 背中を伸ばして、首をポキポキと鳴らす。あ~。気持ちいい~。


「よし!とにかく片付け片付け」




 朝の五時。半端なくうるさい目覚ましで目が覚める。このアパートで暮らして早六年。今までこんなうるさい目覚まし時計は聞いたことがない。つまり、この目覚まし時計は隣の金井さんのものだと断定するこどができる。

 目覚まし時計でとやかく言うつもりはないが、十分も鳴り続けるのであれば話は別だ。あまりにもうるさいとアパートの二階に住んでいる川梨さんと田中さんに迷惑がかかりかねない。いや、もうかかっているんだろうけど。

 軽く上に服を羽織りドアを開ける。そして金井さんの部屋の前に立つ。インターホンで起きる可能性は少ないだろうがとりあえず最初はインターホンで。

 ピンポーンと一回目。少し間をおくけど反応なし。二回、三回と押すが反応はない。というわけで第二の手段、扉をドンドンだ。


「金井さーん!起きて下さーい」


 そう言いながらドンドンと扉を叩く。残念ながら反抗なし。


「かーねーいさーん!!」


 先ほどよりボリュームを上げて扉を叩く。するとガチャリと言う音がしてドアが開いた。


「う~ん。千倉ちくらちゃん?あはろーごぜーます」


 うつらうつらしながら目もちゃんと開いておらずに寝癖も爆発している。早奈英が見たらなんと言うことか。因みに千倉さんとはここの大家さんだ。


「ちゃんと目を開けて下さい。千倉さんじゃありませんよ」


 ゆさゆさと体を揺さぶる。特に抵抗もなくゆらんゆらんと揺れる金井さんはなんとも可愛い。


「あ~揺れる揺れる揺られる揺られる。何故に私は揺れるのか……!?」


 バチーンと効果音が付きそうなくらいの開眼。顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、起きました?おはようございます」


 口をパクパクさせている。目を真ん丸にして。


「な、なんで?」


「目覚ましがちょっと洒落にならないくらいうるさくて、他の方にも迷惑がかかると大変なのでそんな事態になる前に起こそうと思いまして」


「あ、ありがとうごじゃ、ございます!」


 あ、噛んだ。


「し、失礼します!」


 バタンと扉が閉まり、あのうるさい目覚ましも止まる。

 しかし、微妙な時間に目覚めてしまった。さて朝食の時間には早すぎるし、かといって二度寝するには半端すぎる。

 とりあえずは自分の部屋に戻る。ふと目に入ったジャージ。そうだ走ろう。

 そうと決まれば躊躇う理由なんてない。ささっと着替えて外にでる。

 外はあまり明るくない。そしていい感じに寒い。

 俺が戸締まりしていると隣の扉がガチャンと開く。


「あ」


「おはようございます。金井さん」


 ジャージを着たポニーテール姿の金井さんが出てきた。


「散歩ですか?」


「い、いえ私は一応早朝ランニングを日課としてますから」


「なるほど。とても健康的なんですね」


 それで五時に目覚ましが鳴ったわけか。


「ところで金井さんはここら辺の道、わかるんですか?」


 俺がそう言うとおもむろに、しまった!という顔をする金井さん。色々と抜けている人みたいだ。


「馴れるまで一緒に走りましょうか?」


 金井さんは目をぱちくりさせて微動だにしない。しまった妙なことを言ってしまっただろうか。と思った矢先、目の前で信じられないことが起こる。

 何を思ったか金井さんは自らの頬をバチーンと叩いた。


「ちょっ金井さん!?」


 

「お願い致します!!」


「へ!?」


「そうと決まればレッツランニングです!」


 色々とついていけない。が金井さんはやる気満々に準備体操をしている。ま、何はともあれやる気があるのは良いことだ。


「準備体操はしっかりしないとですね」


「はい!アキレス腱とかキレたら大変ですもんね」


 と言いながらグーッとアキレス腱を伸ばす金井さん。さてと、俺も準備体操しないと。


「ま、こんなもんかな」


 一通り準備体操も終わり体もだいぶ温まった。


「うおーい。鞍上。お前いつの間に彼女出来たんだよ?」


 二階からヒラヒラと手を振って妙なことを口走っている黒髪のショートカットの女性は川梨さん。バリバリのキャリアウーマンだ。


「彼女違いますからー」


「そっかーそりゃ安心だー」


 そう言いながらおもむろに煙草をとりだして一服。この人、姉御タイプの美人さんなのだが慕われるだけで恋愛に発展しないという何とも贅沢な悩みをお持ちなのだ。因みに最近の悩みごとは早奈英が自分見たいにならないからしい。


「お前は私の婿なんだからなー。勝手に彼女作るなよ」


「ぶふぅ!?」


 隣で金井さんが吹き出す。まぁ、確かに最初は驚くだろうな。


「俺なんか川梨さんには勿体ないですよ。きっといつかいい人見つかりますから」


「こっちとらその言葉を信じて何年だと思ってやがる!!」


「えっと何年なんですか?」


 さささっと金井さんが近寄り耳元で小声で聞いてくる。


「大体六年ぐらいです」


「イチャイチャすんな!!」


 吸ったばかりの煙草がかなりのスピードで飛んでくる。って危な!!金井さんも気づいて避けたから良かったが。


「火傷しますから!!吸ったばかりのやつだから!!火傷しますから!!」


「私の前でイチャイチャするのが悪い。なんだ?嫌がらせか?あー暑い暑い。お前らが暑いのではない。きっと暑いのは私の憎しみの炎のせい」


「言ってることめちゃくちゃですし、大体イチャイチャしてませんし」


「そ、そうですよ。イ、イチャイチャなんかしてま……せんもん」


 金井さんも一緒に反論しているが心なしか元気がないような。


「な、なんてこった!全ては繋がった!畜生青春しやがってこの馬鹿竜也!!」


 何だかもう言ってることがはちゃめちゃになってる。


「なんですかー?五月蝿いと思ったらやっぱり川ちゃんですかー?私はアルバンタを攻略してて大変なんですからー、静かにお願いできますかー?」


 髪を伸ばし放題にして、とてもグラマーな体をお持ちの女性は田中さんだ。川梨さんとは違いお母さんタイプでアルバイトで生計を立てている廃人の方だ。


「ってやだー。竜也君じゃなーい。おはよー」


「おはようございます。田中さん」


 巨大な胸をぷるぷるとふるわせながら手を振る田中さんを尻目に、川梨さんはあからさまに嫌な顔をしてここまで聞こえる音量で舌打ちをする。


「ってその隣の人は彼女さんですかー?」


「え?いえ違いますけど」


 川梨さんにも言われたが、俺と金井さんのスペックで釣り合うはずがない。揃いも揃って金井さんに失礼だ。


「えーっと、金井さんですよねー?」


「そういや昨日、挨拶に来てくれた子か」


「健気で可愛いのはいいんですがー、私が三次元リアルで唯一認めた男性に手を出さないでくださいねー」


 ニコニコとしてらっしゃっるが、殺気がだだもれで凄く怖い。


「は、はひ!す、すみません」


 余程怖かったのだろうか。金井さんは俺の後ろに隠れてしまった。


「そう言うのをやめろっていってんだ!」


「うふふー。うふふふふー」


 川梨さんは怒鳴り、田中さんは更に殺気を放出している。男の俺でも怖い。


「す、すみません!すみません!わ、私、本当に怖いもの駄目で!ゆ、許して下さい」


 ぎゅっと金井さんに抱きつかれる。正直痛い。


「畜生怖いものが嫌いなんて反則だろ!!」


「そうだー!そうだー!」


  いつの間にか仲良く結託してぶーぶー文句を言っている。



 違いますから!怖いのは本当ですが、これにかこつけて密着しようとか考えてませんから!


「あ、今あの子悪い顔したわー!!」


「そいつはいけすかねぇなぁ!」


 はっ!しまった!あまりの嬉しさに考えが顔に出てしまった!それにしてもいい匂い。


「あ、今あの子匂い嗅いでるのが見えましたよー!!」


「私も音でわかったぞ!!」


 この人達の視覚と聴覚は化け物!?


「えーと、あまりうちの桜をいじめないでくれますか?」


 後ろから聞こえてくるこの優しい声音は!


「早奈英!?」


「姉さん!!」


「「早奈英ちゃん!?」」


 

 私たちの反応を見て姉さんはため息を一つ。後頭部をかきながら呆れ顔でこっちに向かってくる。


「近所迷惑を考えなさい」


 私たちに軽く拳骨を一発。


「「ごめんなさい」」


 あ、被った。やった。


「きゃー早奈英ちゃーん」


「さーなーえー」


 また姉さんはため息を一つ。


「あの、姉さんと川梨さんと田中さんはどんな関係なんですか?」


 私はなるべく姉さんには聞こえないようにこっそり、そう!こっそりと聞いた。


「姉さんって……まぁいいですけど、川梨さんと田中さんは小さい頃の早奈英が母性本能にヒットしたと言うか、とにかくそれから我が娘のように溺愛してるんですよ」


「ほぇー」


 小さい頃の姉さんか……。性格はあんまり変わらなくて、他の人に迷惑かけちゃダメ!とか。はたまた他の人に頼ってばっかりで、泣きながら走り回ってたりとか。うん、どっちも可愛い!!


「まったく、崇が面白いことになってるって言うから来たのに」


「「あぁん?崇ぃ?」」


 ほわ!?川梨さんはまだしも田中さんまで妙な口調に!?


「あの今度は……?」


 また私はこっそりと聞く。そうこっそり。これ大事ネ。


「あぁ。崇はふてぶてしくてお二人曰くマセガキだったそうで」


 話が終わった瞬間、隣の家の二階の窓がガラガラと開く。


「呼んだかい!?グッモーぐふぅ!?」


 いつもクールな崇さんとは真逆のキャラで登場したはいいものの、出てきた瞬間に空き缶が投げられノックアウト。可哀想。


「よーんでないわよー!!」


「次は煙草投げるかんな!!」


 本当に嫌われてるみたい。可哀想。


「子供じゃあるまいし静かにできないのかしら?あんた達?」


「「「「「んげっ!?千倉さん!?」」」」」


「千倉ちゃん!!」


 短いポニーテールに髪を結んだ少しばかりしわが出てきてはいるものの、まだまだ若さが残る雰囲気の私の愛すべき人物が部屋から出てきた。


「あらやだ桜ちゃんもいたのね」


「「「「「てか千倉ちゃんって!!?」」」」」


 皆さん揃いも揃って驚きすぎではないでしょうか?


「あ、千倉ちゃんは私の伯母なんです」


「「「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」


 綺麗にハモりましたな。しかしそんな驚くことなんだろうか?


「はぁ」


 千倉ちゃんが大きくため息をつく。


「あんたらそろそろ近所から迷惑電話がきてもおかしくないくらいうるさいから、さっさと部屋に戻りなさい」


「そうですねー。私も桜ちゃん相手にむきになりすぎちゃいましたねー。それじゃ、竜也君またねー」


「そうだな。竜也またな」


 まず田中さん、川梨さんが先に自分たちの部屋へと帰って行く。面白い人たちだったな。隣であと、えーとあとで名前を聞かないと。とにかく私の好きな人はペコリ、ペコリとお辞儀をしている。


「それでは失礼します千倉さん。じゃあな竜也、桜ちゃん、早奈英。また後で」


「それじゃ私も。失礼しました千倉さん。皆、またあとでね」


 崇君は窓を閉めて、姉さんはスタスタと綺麗な足取りで歩いて行く。姉さんリスペクト。


「それじゃ俺も失礼します。お騒がせしました千倉さん。それじゃまた学校で」


 私の好きな人は千倉ちゃんと私にお辞儀をして自分の部屋に帰った。凄く丁寧な人なんだな。


「それじゃ、桜ちゃんちょっと話があるから私の部屋にきてね」


「ほぇ?話って?」


「まぁまぁ」


 私は千倉ちゃんに手を引かれるまま部屋に入る。話ってなんだろう?


「お邪魔しまーす」


「てきとうに座ってね」


 私は返事をしてとりあえず真ん中に置いてある木製の丸テーブルの近くに座る。


「お茶で良かった?」


「大丈夫だよー」


 こぽぽぽぽーっとお茶を注ぐ音が台所から聞こえてくる。


「はいはい。お待たせ」


 いい香りが鼻をくすぐる。そして湯飲みを覗いて見ると……


「あ!茶柱!!」


 ふわふわと浮く一本の茶柱。この茶柱あながち間違ってないな!既に良いことづくめだし。


「ふふふ。良かったわね」


 何だか千倉ちゃんが凄く暖かい目で私を見ている。恥ずかしい……。


「そ、それで話って何?」


 私は照れ隠しをするため少し無理やり話をそらした。


「うん?今日久しぶりに笑った顔を見れたと思ってね」


「あ……それは」


 そうだった。私は一番辛い時に私を支えてくれた人に元気な姿を見せてなかった。


「ごめんなさい」


「謝ることはないわよ。誰かが貴女を救ってくれたのよね?」


 すぐに頭を横切ったのはあの人の顔。あの笑顔。それを思い出した瞬間、私の顔の温度が急上昇。


「好きな人ね」


「ふぁっ!?」


 見透かされた!!


「顔に出すぎよ。それで誰なの?」


「あ、えっとそれは!」


 ずいっと千倉ちゃんが顔を近づけてくる。誰ってそれはもちろん……。


「うぁっ!!名前聞くのとランニング行くの忘れてたー!!!!」

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