-K-
「休止モードヲ解除シマス、通常モードヘ移行シマス」
メモリが戻された私は目の前からこちらを覗きこむ彼と目が合う。
「大丈夫か?」
「はい」
彼は安心した様子で笑いかける。
そして続けてメモリのことを話してくれる。
「端的に言おう、キミを止めることは可能だ」
……この言葉を、私は喜んでいいのだろうか。
命令がないことには、存在意義はない。
崩壊されたというのに生きている私は、きっと体が千切れても再生するのだろう。
「では、私はあなたのようにいつか誰かに起こされることがあるのでしょうか」
「……近くにほかに生命が居ないのであれば、可能性が低いことだね」
「そうですか。」
「それは落胆しているの?」
「わかりません」
私はどうしたいのだろう、彼は恋人を追って死のうとしている。もし私がこのまま動き続けることを望むのなら、彼の存在は必要だ。彼が死のうとするのなら私はそれを阻止するのだろうか。
「あなたは、死ぬつもりなのですか」
「ここに生きる意味がないからね」
「では、私が恋人の代わりになればいいのでしょうか」
「キミは彼女と同じではない。慰みにするつもりもない。私は彼女を愛している、これまでもこれからも……それは誰も代わりになれるものではない」
頭の中にチリチリと痛みが走る。
これほどまでに彼に必要とされる存在に対して、言いようもない感情がぐるぐると渦巻いている。
自我があるのだとすれば、それはこのまま動いていたいという気持ちがそうなのだろうか。
それとも、最初に見かけたときに溢れてきた記憶がそうさせているのかもしれない。
気づくと私の口は勝手に言葉を発していた。
「……もし、もしも……何年、何十年、何百年経って、私が目を覚ましたら……誰もいなくて、”おかえり”もなければ、私は……」
痛みがノイズへと変わる。
先ほどまで浮かんでいた顔にノイズが走り、うまく接続ができない。
いつも私たちが戻ると迎え入れてくれたこの人物の顔が、名前が……
覚えている黒髪のマスターと呼んでいた男性と、目の前の顔が重なり合って離れてを繰り返していく。
”もし、何年も何十年も何百年も経って、おかえりもおはようもなにもなければ、それは……”
言葉が反芻する。
私が発した言葉は、かつて誰かから聞かされた言葉のようで……そしてそれが誰だったのか分からない。
私に笑いかけている人が、黒髪のあの人なのか、目の前の銀髪の男性と……
”彼”の名前は……なんといったのか。
「……私の、メモリに……なにをしました?」
「…………」
こちらを見る彼は、今にも泣きそうな表情に見える。
自分に危害があれば、標的を攻撃するように記録されているプログラムさえうまく起動しない。
「なにを……」
「もう、いいんだ。キミのメモリを全て見させてもらったよ。キミは……」
暗転する世界。
「……おやすみ」
《強制終了》 目の前に現れた文字を最後に、私は止まった。
***
そしてこれは、おわりであり、はじまりである。<<<