-J-
私はとても長い間眠っていた。
二度と目を覚ますつもりはなかったのに、誰かがこの状態にして、そして誰かが目覚めさせた。
「…………」
灯りが目にしみるなか、温かい部屋で目が覚める。
右手に重みを感じて動かすと、長い黒髪のよく知った顔がこちらを覗きこむ。彼女がいるということは、
「……天国?」
「残念ながら違います」
表情ひとつ変えずに言葉が返って来る。
私が知っている彼女は、「あなたなら地獄がお似合いよ」と頬をつねってくるような人だった。
「キミは……ここは……?」
「私はαタイプのアンドロイド、認証コードはKです。ここはプロメテウス研究所ですが、あなた以外の生存者はいませ……」
彼女、Kの手を引いて私はほぼ無意識に抱き締めていた。
腕に治まる華奢な体が懐かしく感じる。
戸惑う様子もなくされるがままのKは私が離すまでその状態でいてくれた。
***
「水です。ろ過装置が無事だったので問題はありません」
「ありがとう」
目が覚めて場所を認識すると次に行うのは現状確認になる。
Kのいう通り、自分以外の人間とK以外の動くアンドロイドはいなかった。
「キミのメモリと私の記憶が正しければ、ここには惑星開拓で来たはずなんだ。そこで開拓の原点とする研究所はプロメテウスと呼ばれていた。」
「そのように記録してます」
「そして惑星の名前はアルクァ、人間は研究所より外に出ると汚染された空気で死んでしまうからアンドロイドを作ることにした。キミはそのうちの一人だね?」
「はい、あっています」
「私はジャスロ、アンドロイド研究の責任者だったんだ。キミたちの元となるものを作っていたよ。」
「私のメモリに、あなたの記録がありません」
「……ということは、キミは私がコールドスリープのあとで作られたんだろうね。」
Kの認識と自分の記憶を合わせる。
そして話をしているうちに、声も瞳も髪も全てが彼女を彷彿とさせる。
「どうかしましたか」
いつまでも見つめている私にKは顔を向ける。その仕草でさえも懐かしさを感じる。
「いや、キミに似ている人を思い出してね……」
「……私は、ある女性を元に作られたと言われてます。あなたの仰る女性はその方ではないのでしょうか。Kはイニシャルだと」
「キョーコ……彼女の名前はキョーコだ。私と同じ研究をしていた科学者であり、部下で、恋人だ。」
「……」
Kはなにも言わずに聞いている。時折目を閉じて自分の中の記録と照らしあわしているようだ。
「人間の一部をアンドロイド化する計画があった。そして彼女は実験体になり、亡くなったんだ」
「……」
「すぐに後を追ったから、てっきりここは天国だと思ったんだ。違ったようだけど……」
こうしてキョーコのことを話すと、途端にそれは愛しい気持ちを増幅させる。
目の前によく似た顔があるのに触れることすら躊躇うのは、最初に触れたKの体が機械としての無機質な冷たさを持っていたからだろうか。
「……私は愛玩用ではありません。しかし指揮命令を行うマスターも居ません。ジャスロ、あなたが……」
「…………」
「あなたが命令をください。プログラムでは、見つけた生存者が私のマスターとなります。」
それは、私のための言葉ではなく、Kがアンドロイドとしての任務を遂行するための懇願だと感じた。
どこかの三原則のように、人間に対して忠実なのはアンドロイドとて同じなのだ。それでも、私は彼女の顔で、声で、私へ縋るKを受け入れたい気持ちと拒絶とが綯い交ぜになる。
「キミは、自分の好きなようにしたらいい。」
「……え」
途端にKは顔色を変える。
「私はもう長くもない、それは以前から分かっていたんだ。キョーコは人間のアンドロイド化によって、不治の病である部分を機械へと変える方法を提案していた、そしてそれが……」
Kは……まるで絶望の淵にでも立たされたように、力が抜け視線は揺れ、肩を落として項垂れる。
微動だにしないその肩へと手を伸ばして揺すると、彼女は手を掴み返し無表情のまま顔を向ける。
「私は、……私のために生きていいと言われたら、死ぬしかありません。そしてそれは永劫叶うものでもありません」
その首元に見えた固体番号は、"αΩ-K "とある。
「……」
ほんの一瞬のうちに、私は悟る。
彼女の言っていたαタイプは、私もよく知っている再生機能を持っている。
開発していて化学者は知り合いで、この惑星で取れる物質の治癒能力を加工している。
アンドロイドの元となる物質もこれによって無限に再生するようになっている。
そしてΩは、文字通り終わりを意味する。
私がいた頃には実験として行われていた兵器タイプのアンドロイドたちにつけられていた。
それを複合しているということは、戦場で負傷しても再生を繰り返すアンドロイドだということだ。
アンドロイドは命令のために存在する。それは他者が居て初めて成立する「存在」であり、それらが全て無くなれば、酸素を奪われるのと同じ状態だ。
アンドロイドの生きる糧も意味も成さない、Kは”死ね”という命令にすら応えることができないのだ。
「それなら……私がキミを止めてあげよう」
私の提案は、Kのためになにかをするのではなく、私自身のエゴのためのものだ。
彼女は死んだのだ、それは紛れもない事実だ。あの日、鼓動が止まり冷たくなった彼女を私は抱きしめた。そしてすぐに後を追った、にも関わらず二人ともそのときの状態で生きているのは異常でしかない。
私はこの夢のような状態を終わりにしたかった。Kが彼女とは異なるものだとしても、これは私が私のためにしたいことなのだ。
安眠できなくなってどれくらいが経ったのだろう。キミの匂いが染み付いて、そのたびに苦しくて仕方ない。
「止める……とは」
「まずはキミのメモリを見せてもらうよ、細胞ひとつひとつに組み込まれた再生機能を止めることはできないけれど、キミのプログラムはおそらく止められるだろう。そのためには、まずキミの中身をみせてもらわないと……いいね?」
Kは頷くと、長い黒髪を上げてうなじを向ける。その仕草でさえ、私は胸が締め付けられそうな愛しさを思い出させる。
研究所のシャンプーが合わないと嘆きながらも綺麗な黒髪を維持していたキョーコは、いつも長い黒髪を結び上げていた。
「休止モードに変換します」
そういって彼女はぴたりと動きを止める。メモリを抜くときにエラーを起こさないよう、一度シャットダウンしたためだ。
そっと触れた肌は、無機質な冷たさのままだった。