表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4日目 揣摩憶測 - thought attack -

「ライナルトさん」

「おうよ」

「ご主人様は、何でボクを一緒に連れてきたんですか?」

 翌日、テオ達は宿営地を早々に出発した。少しでも早くアンテノーラ領域に辿り着きたいというバウマンの意向を汲んでのことだ。

 整備された街道をひたすらに歩いていく。昨日はバウマンやライナルトがあれこれ喋り倒したり、道すがら出会った冒険者と話し込んだりもしたものだったが、今日はペースを上げたこともあり、必要最低限の会話のみでひたすら歩を進めてきた。

 最後尾をとぼとぼと歩くテオの横を、気がつけばライナルトが歩いていた。パーティの進行速度から遅れないように気をつけていたけれど、それでもやっぱり何かがダメだったのだろうか。

 上がった息を押さえつつ、どぎまぎしながらライナルトを見上げると、青い双眸とかち合った。

「そんなに無理しなくてもいいぜ? キツかったら俺が負ぶってってやるからさ」

 軽い調子のライナルトを改めて見遣り、己の失点を咎めにきたのではないことに安心する。安心ついでに、心の中に放り込まれた特大級の石がどうしても気になって、ぽつりと尋ねてしまっていた。

 慌てて前方を歩くバウマンを見遣り、テオの問いが聞こえていなさそうなことに安心する。

 バウマンが仕事に専念するのならば、足も遅いし体力もないテオはいない方が絶対にいい。だから、主がテオをわざわざ世界樹に連れ出したのには何らかの事情があるのだ。

 そんなことは、テオの頭でもわかる。

 たかが一介の使用人に、世界樹の景色を見せてやりたいなんてことはないと思う。景色を見せるだけならば、街の画廊にいけば世界樹の内部を描いた絵画は数多くある。それ以前に、日常生活には微塵も足しにならない世界樹の風景を見せる必要性などどこにもない。

 かといって、テオには主の仕事を手伝えるような知識も技量もない。完全な足手まとい、それ以上の何者にもなれていないし今後もなれない。

 少なくとも、テオは役に立つから連れてこられたわけではないのだ。

「さ、さあな、俺は知らねえよ。バウマンさんに聞けばいいんじゃねえの?」

 わざとらしく視線を背けたライナルトを見上げ、テオは内心で嘆息する。こんなに露骨に話題を避けられたら、その裏にある意図はきっとテオにとって良くないものなのだろう。そうとしか思えない。

 テオを世界樹に置き去りにするために、バウマンはあらかじめ二人の冒険者には話をしてあるに違いない。そして彼らはそのことを承知の上で、同行しているのだろう。

 そのことを悟られまいと、ライナルトは焦っている。

 だからボクは、自分から姿を消すべきなんだ。

 ようやくそのことに気が付いた、何ですぐに分からなかったんだろう。テオが自分で勝手にいなくなれば、バウマンが手を下す必要もない。そしてテオが二度と帰ってこなければ、多分バウマンは金を手にできるだろう。

「そうですか、ありがとうございます」

 何となく噛み合っていない会話に、ライナルトがまじまじとテオを見つめてきた。何となく視線を感じてはいるが、きっと酷い顔をしていそうで、俯いたまま地面を踏みしめる靴の先を眺めている。

「お前、何か変なこと考えてねえか?」

「そ、そんなことないです!」

 弾かれたように顔を上げ、大袈裟にライナルトの言葉を否定する。先を行くバウマン達が驚いたようにこちらを振り向き、「何でもねえよ」と手を振るライナルトを一瞥してから再び前を向いた。

「慌てて否定するなんて、お前怪しいぞ」

「うう……そ、そんなんじゃないです、ホントに」

 暫く胡乱げな様子でライナルトはテオの言葉を待っていたが、それに返す言葉も持たないテオは黙っていた。

 その後もライナルトはいつまでもテオの横を歩いている。丁度いいから、何食わぬ顔をしてちょっと聞いてみよう。

「あの、ライナルトさん」

「何だ」

「世界樹に子供を捨てて、お金を貰う人がいるってホントですか?」

 ライナルトが目を剥いてテオを見返した。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

「そんなこと、どこで聞いたんだ」

「えっと、昨日ご飯を食べていたお客さんがそんな話をしてたんです。変なことを言う人がいるって思って」

「そりゃまあ、変なこと言ってら。世界樹に人間捨てたって金になんてならねえな。そんな話、俺は見たこともねえし聞いたこともねえよ。どんなに頑張ったって人間は金貨や銀貨にはならないから、お前もそんな話人にすんなよ。あの子は頭がちょっとおかしいって笑われるのがオチだ」

「そう、ですよね。人には言わないようにします」

 ぺこりと頭を下げてから、前を行くバウマン達に追いつくべく小走りになる。

 ライナルトの表情を見て、子供を世界樹に捨てるという話は本当であることを確信した。彼はああ言ったが、頭ごなしに嘘だと切って捨てたのは本当だから。そしてそれをテオには知られてはいけないから。

 せめて自分は、そのことを知らない振りをしておこうと思う。


「ったく、どこのバカだよ。そんなことガキの前で言ったのは」

 殿に収まったライナルトは、テオの背中を見遣りつつ人知れずそんなことを呟いた。

 実際のところ、身よりのない子供を安価で買い取り保険を掛けて殺害するなどという話は、ストレイスには結構転がっている話だった。だからこそよけいに質が悪い。

 元々の保険業というのは、世界樹へと旅立つ冒険者や商人達が残される家族のために資金を出し合ってできた、相互扶助団体だったそうだ。彼ら団体に所属する者らは儲けが合ったときに団体の金庫に金を納め、万が一の時には金庫から納めた分に見合う金額が毎月、規定の額に達するまで望む者……ほとんど場合は家族だが……に支払われる。

 尤も、そんな温い形態を今でも保っている相互扶助団体なんて絶滅寸前であるし、ライナルト自身ごく一般的な一介の家屋の金庫に金を納めるなんて、そんないい加減な管理をしている団体のお世話になりたいだなんて、毛頭思わない。

 現在は保険業を生業とするギルドが幾つもある。いまだ実家暮らしのライナルトは特に世話になっていないが、扶養すべき家族を持つ仲間も何人かは、そういったギルドの世話になっている。

 そして子供を殺害して金を巻き上げる連中は、そんなギルドを渡り歩き適度に寄生しているのだ。

 世界樹に子供を連れ込むようになったのは、結構最近の話だ。世界樹に連れ込んでしまえば、城下街で事をなすよりもずっと簡単だ。それでも自らの手を汚す奴らはまだマシだった。保険をアテにした殺人を歩合制で請け負う冒険者崩れも、最近は多い。

 反吐がでそうだ。

 王宮でそろそろ取り締まりを行うとか行わないとか、素いう噂も流れていないことはないが、噂が流れてくる時点で役人共には取り締まる気がないことがわかる。本当に犯罪行為に手を染めている奴らを捕らえるのなら、噂になるほどの空気も漂わせずに不意を打った方がいいと思うのだ。わざとらしく耳にはいるように噂だけが流布されていることも、牽制にしかみえない。

 ギルドにも、ギルド間の自浄力のようなものはない。すぐ横のギルドが何をしていようと、己の身に不利益が降り掛かってこない限りは何もしない。ギルドとは本来そういう団体であるし、大体にしてギルドを構成する商人や冒険者がそもそも自分本位な連中ばかりなのだ。

 それでもライナルトは、そんな連中を実際に見つけたらぶん殴ってやろうと思っている。

 しかしだ、何であのガキんちょはそんな話を気にしていたんだ? バウマンさんの耳に入れておいた方がいい気がする。


 アンテノーラ領域に足を踏み入れたのは、その後もう一晩野宿をしてからのことだった。

 平均的なパーティでアンテノーラまで踏破するのにおよそ三、四日。純粋に冒険はのみでパーティを組み、スピードを重視して進軍すればもっと早く踏破できるという。尤もこれはアンテノーラとトロメアの境界に到達するまでの道のりの話であるから、バウマン達の目的地までの行程なら余裕を見て片道三日、採取に帰路を併せて大体一週間の旅になる。

 おおよそ予定通り、順調に行程を消化してきている。

 エヴィヒカイトが描いた世界樹の地図を広げてみれば、アンテノーラ領域はまだまだ浅い領域に属するが、この辺り間でくると人々の往来はだいぶ落ち着くようになった。その分周囲の自然は深くなり、時折甘い香りが風に乗ってやってくる。

 バウマンが先導する形で街道を外れて森へと続く小道を歩いていくと、スモモゴケの群生地が目の前に広がり始めた。赤く小さな実が緑色の世界に彩りを添えている。

 今時期はスモモゴケの旬だ。甘く熟した実の多くはストレイスで加工され、メイジやヒーラーの御用達の回復アイテムになる。それ以外にも貴族達の手に渡れば様々な菓子類に化けたり、栄養価の高さを活かして干した実を携帯食として愛用している冒険者もいる。スモモゴケの葉の部分は薬草としての効用もあるらしく、旬以外の時期もこの地を訪れるブレンダーは少なくない。

 当のバウマンの目的はスモモゴケではなく……スモモゴケならストレイスの薬草屋に今頃あふれ返っているはずだ……アガイヴという植物の葉である。暇さえあれば館の図鑑を眺めているテオも、アガイヴという植物の事は知らなかった。肉厚の葉を持つその植物は別段日常使いに便利な効力があるわけではなく、主には儀式に用いられるハーブ類らしい。そのようなものが急に必要になるなんて、バウマンも首を傾げていた。先日落下した竜の鱗の件が絡んでいるのかもなあ、とバウマンが一人ごちていたのが妙に頭に残っている。

「さて、この辺りだったはずだ」

 バウマンが担いでいた荷物を下ろす。皮袋を手にすると、バウマンはスモモゴケを痛めないよう慎重にその中へと入っていった。

 ライナルトとアッシュは、無造作に置かれたバウマンの荷物と彼らの荷を一纏めにする。

「テオ、お前のバックパックもここに置いといていいぞ。俺とアッシュが交代で見張ってるから、安心しな」

 こくりと頷き、ライナルトの言葉に従う。

 荷物を下ろして、テオは改めて周囲を見渡した。

 ここがボクの最期の場所になる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ