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3日目 双葉の一歩 - at the door -

 太陽がようやく夜の帳を上げ始めた頃、テオはバウマンと並んで駅のホームで列車の到着を待っていた。バウマンの館から程近い場所に、上流層の人間の為に作られた停車駅があるのだ。どこぞの金持ちの我侭で線路を引き込んだらしいが、バウマンはそれを体よく利用している。

 使える物は利用しなければ損だろう? とはバウマン談だが、そもそもテオは列車なんて見たこともない。ストレイスの街に敷かれた線路は見たことがあるが、それだけだ。

 ドキドキと、内心心を躍らせながらバウマンの隣で列車が来るのを待つこと暫し。ホームに滑り込んできたのは、もくもくと湯気を吐き出しながら、無駄に華美な客車を一つと、それに比べると随分と簡素な客車を三つ引き連れた機関車だった。やたら意匠の凝らされた客車をちょっと覗いてみると、中は外装以上に豪華絢爛。座席は何だろうか……真っ赤なシートになっているし、天井にはその辺の館の玄関にあるようなシャンデリアを小さくしたような灯りが付いている。

「おおお、流石上等客車は違うねぇ。だが私達が乗るのはあちらだよ」

 テオの頭越しに客車を覗き込んだバウマンが、「無駄金使いやがって」とぼやくのが聞こえた。

 テオの主は、こういう煌びやかなものがそもそも嫌いなのだ。テオ自身は綺麗な物は好きだが、ここまで飾り立てられると綺麗……というよりはごてごてしすぎていて落ち着かない、むずむずする。

 そういうバウマンが指差したのは、その後ろに連結されていた簡素な客車。当然のように庶民向けの客車に乗るバウマンに続いて、テオも乗り込んだ。

 テオ達が乗った時は誰もいなかったが、ストレイスの街中を通るに連れて、徐々に乗客が増えていく。身形からすると、それらの乗客は皆冒険者のようだ。物珍しくてキョロキョロしていると、

「こんな列車に乗るのは、酔狂な金持ちか、世界樹を目指す冒険者、もしくは世界樹の近くで働く奴らだけだからな」

 と、バウマンがざっくりと事情を説明してくれた。

 ということは、アッシュ達も途中で乗ってくるのだろうか。世界樹に入る前には合流するのだけど、それでも列車の中で会えたら嬉しいなぁ、などと淡い期待を抱いてみる。昨日貰ったチェーンは、ちゃんと首から下げている。上着の中にしまいこみ、主の目には触れないようにしているが。

 結局、アッシュ達冒険者と合流したのは、『世界樹入り口』と書かれた看板の前でのことだった。

「二人とも早いなぁ」

「俺達も今着いたばかりだぜ。にしても、上流街を走る列車は相変わらず変なモン引っ張ってんのなぁ」

 テオ達が降りてきた列車を一瞥したライナルトが、憮然とした顔を見せた。変なモン……とは、上等客車のことだろう。彼らが乗ってきた列車は、ストレイスの上流階級街は通らないルートだったらしく、上等客車は付いていないのだとか。

 二人の冒険者と合流したところで、大人達は当然のように看板の先にあった白壁の建物へと足を向けた。テオも慌てて三人の背中を追う。扉を潜ったところで、バウマンが徐に振り向いた。

「さて、登録してこようか」

「んじゃ、俺が冒険者を代表して一緒に行くぜ」

 一人先行するバウマンを、ライナルトが追う。

「テオはここでアッシュさんと待っていなさい」

 入口付近にテオとアッシュを残し、二人は閑古鳥の鳴いている窓口へと向かった。

「あの」

 テオはアッシュの顔を見上げる。

「登録って何ですか?」

「世界樹に入る時には、あそこの窓口でパーティの面子を記帳する必要がある」

「何でですか?」

「そうすれば、記録を見れば世界樹から帰ってこない人間がわかるだろう。だから、世界樹から無事帰ってきた場合も、登録所に顔を出す必要がある」

 ふーん、とテオはとりあえず頷いておく。何故そのようなことをするのか、テオにはその必要性がいまいちわからない。わからないけど、バウマンやアッシュ達が必要だと思っているのならきっと大切なことなのだろう。


 窓口で頬杖を付いていた受付の男性は、向かってくる二人に気が付くと慌てて居住まいを直した。脇に退けてあった登録用紙と羽ペンをそそくさと目の前に広げると、「おはようございます」と照れくさそうに挨拶をする。バウマンも挨拶を返すと、ペンを執った。

「ははは、流石にこんな朝早くは暇そうだね」

「ええ、まあ。バウマンさんはまた世界樹へ? 前回いらっしゃった時から、あまり間がない気が……」

「ちょいとね、急ぎの依頼が入ってしまったのさ。街で手に入らない薬草が必要だから、こうして私自らが出掛けるってわけさ。ライナルト君達の分も、私が記入してしまっていいかな?」

 肩越しに登録用紙を覗き込んでいたライナルトが、「じゃあ頼んます」と答える。

 そこで初めてバウマンとは異なる深い藍色のくせっ毛に気が付いたのか、受付の男性が、「ライナルトさんが同行されるのですか?」と問うた。

「そ、今回は俺とアッシュが同行するぜ。他の連中は別件で出払ってるし、今回はアンテノーラまでしか行かねえから問題ないだろ」

「アンテノーラですか。でしたら、最近噂になっているソロの冒険者とはニアミスするかもしれませんね」

 噂? とライナルトが首を捻る。

「おや、ご存じないんですか? ソロで世界樹を上っている冒険者がいるらしいんですよ。一人で歩いているところを見かけたという話しか入ってこないので、どういう人なのかは全然知らないんですけどね」

 バウマンが差し出した紙を受け取りながら、ははは……と男性が苦笑いを浮かべた。

 登録所の職員としては、彼らがこれっぽっちも把握できていない冒険者が、世界樹の中をうろうろしている、しかも一人で、などという状況は歓迎しがたいはずだ。

「全然知らないって……なんでアンタ知らねえんだ。そのソロの冒険者もここは通るだろ」

 そういう事情をわかっていながらも、ライナルトがびしびし突っ込みを入れる。意地が悪いなぁ彼も、とバウマンは内心失笑する。

「いやいや、ここは通っていないみたいなんですよ。大体ソロで世界樹に入っていく人なら、登録用紙をのらくらかわして出さなかったとしても、絶対記憶に残りますって」

「だよなぁ。ま、ソイツに出会ったら名前ぐらいは聞いておいてやるよ」

「ははは……まあ、程々に頑張って下さい」

 ぐっと親指を立ててウィンクをして見せたファイターに、受付の男性は力なく笑った。

 バウマンとライナルトの二人は、それじゃまたと簡単な挨拶だけで窓口を後にすると、テオ達の元に戻ってきた。

「じゃ、さっさと出発しようぜ。今日は行商人のキャンプまで行かねえとな」

 ライナルトはテオの頭をくしゃりと一撫でして、さっさと白壁の入口を潜って外に出て行ってしまった。それなのに暫くすると、「先に行っちまうぞー」という怒鳴り声が聞こえてきた。

「せっかちが喚いているな、恥ずかしいことに」

「ははは……私達も行こうか」


 初めての冒険の初日は、特に何事のトラブルもなく宿営地に辿り着いた。綺麗に舗装された道の上をずっと歩き、その道の両肩には緑色の平原が広がっていた。空を見上げても普通に青くて、ストレイスの街中を歩いているのとあまり大差なかった。もちろん、ストレイスにはこんなに広々とした草原はないけれど。

 そもそも、カイーナ領域では滅多なことでは世界樹の怪物には出遭わないのだという。ストレイスに直に繋がるカイーナ領域は行き交う人の数も多く、現在では毒アゲハの群れがたまに街道を横切ることがある程度らしい。

 テオにとっては、街道ですれ違う冒険者達の方が手強かった。出会う人が……特に女性の冒険者が皆テオに目を留め、こぞって頭をぐりぐり撫で回していったからだ。しかも揃いも揃って、「きゃー、可愛いー!」とか……多分褒めてくれたのだろうけど、正直に言えばこんなに多くの人と話すのは初めてで、ちょっと怖かった。

 今日のテオは、普段の麻と綿のクロースではなく、厚手の綿で織られた冒険服(子供向けのミニサイズ)に、その上からちょっとくすんだ色のこれまた厚手のマントを、余った端をクルクルと襟元に巻き付けて羽織っている。アッシュもライナルトも、テオの格好については言及しなかったから、見てくれについては特に気にしなかったが。

「ほほう、こういうコーディネイトが世のお嬢さん方には受けるのかな?」

「単に子供だから可愛いんじゃねえの?」

 とは、バウマンとテオ人気に辟易したライナルトとの会話だ。


 今晩の宿は、冒険者が持参した簡易テントを設営した。行商人のキャンプに間借りすることもできるが、それはそれで先立つものが必要になるらしい。一人ぐらいなら大した額にはならないらしいが、四人ともなると支払う額以上に空間を占有するし、間借りする相手もあまりいい顔はしないからだそうだ。

 夕食は屋台で適当に済ませた。この先はどの道自炊をしなければならないし、現地調達が可能ならばそれに越したことはない。香草と木の実のスープに、たっぷりのバターが添えられた固焼きパン……現物はきちんと火が通されなおしており、中のパン生地はふかふかだった……という普段よりは大分簡素な食事を、時間を掛けて胃に流し込む。

 それでもやはり逸早く食事が終わってしまったテオは、ちらりちらりと周囲の様子を盗み見て時間を潰す。身の回りにある物は、どれ一つをとってもテオには初めて見る物ばかりだ。本当はそこら中を駆け回って、好奇心の赴くがままに色々見て回りたい。でも、そんなことを言い出す勇気もないし、我侭を言って主を困らせてはならないと、生真面目なテオが心の中で囁いている。唯でさえ使用人の身分の癖に、こうして冒険に連れてきてもらっているのだから。

 唇をぎゅっと結んで……いるつもりだったのだが、何時の間にやら口はぱかんと開き、視線はあっちへふらふら、こっちをうろうろと落ち着く暇がない。

「テオ、私達のテントの位置はわかるかい?」

 不意にバウマンにそんなことを問い掛けられ、テオはきょとんとする。テントの位置はちゃんと覚えている、説明は出来ないけど周りの景色はちゃんと頭の中にある。

「えと……わかります」

「じゃあ、迷子にならない程度に周りを見ておいで。私達は食事が終わったらテントに戻っているから」

「……はい!」

 ぴょんと椅子から飛び降りると、屋台の帳を潜り抜けた。

 すっかり暗くなった空の下に、テントがいくつも設営されている。テオが今までいた食事処や、冒険者や行商人向けの宿、他には消耗品やマジックアイテム、武具や防具を並べている店もある。オレンジ色のライトはテント内部だけでなく、支柱に括り付けられ、世界樹内の大地そのものも煌々と照らし出していた。

 周りにあるのが、厚手の皮を繋いで作られたテントでなければ、ストレイスの街並みと大差ないように思えるぐらいだ。

 テオはそろそろ店じまいを始めたポーション屋の店先で足を止めた。瓶に詰められた液体が、カンテラの灯りに照らされてキラキラしている。片付けをしていた店主も、食い入るようにポーションを見つめる少年の姿に破顔し、手を止めた。

「手に取ってみても構わないよ」

 笑顔の店主を見て、テオは小声で、「ありがとうございます……」と呟くと目の前にあった瓶を手に取った。

 オレンジ色の光の元では、瓶も中の液体も本来の色合いはわからないが、無色透明ではないだろう。瓶を通した世界は、くすんだイエローグリーンに見えた。

「坊やは誰と一緒に来たんだい?」

 ふと、店主がそんなことを尋ねてきた。どういうことだろう、問いの意図がよく掴めないまま、テオにとっての真実を述べる。

「えと、ご主人様と。ボクはお手伝いなので……」

「主人? 坊やは使用人なの?」

 そうです、と頷く。

「あと、冒険者の人も一緒です。アッシュさんと、ライナルトさん」

「あー、あの二人かぁ。ふうん……じゃあ、大丈夫かな」

 一頻り品物を眺めてから、ぺこりと頭を下げてテントを後にする。

 あの二人の冒険者は、世界樹内で店を出している商人にも知られているらしい。有名で凄いんだなぁ、とテオは一人感心してみる。そしてそんな人と一緒にいられるのが、何となく誇らしい気分にもなった。

 軽い足取りでふわふわとテントの間を歩いていると、武具防具やアイテムを扱う店の区画から、食事を提供するテントのスペースに足を踏み入れていた。不意に、明らかにテオのことを言っているであろう声が耳に飛び込んだ。

「ん? 見ろよ、ガキがいるぜ」

「ホントだ。一体誰だよ、子連れで世界樹に上ろうとしているヤツは」

 一瞬で顔が強張った。聞こえていないふりをしながら辺りを伺うと、あるテーブルを囲んでいる冒険者達が、テオを指さしてゲラゲラと笑っている。

 きっとあの人達は、ボクがランザート人だから笑っているんだ。

 これまでもテオのことを指差し、嘲笑う人は沢山いた。大人も子供も、エヴィヒカイト人達はテオを見下していた。街で後ろ指を指されるのは当たり前だけど、世界樹の中でも差別される側なんだ。

 黒山の人集りと化している飯屋の前から速く逃げたくて、俯き気味に歩を進める。人の声なんて聞きたくないと思っているのに、冒険者達の声はテオを狙って飛んでくるかのように、克明に一つ一つが聞こえてしまう。

「あれじゃねえか? 子供を世界樹に連れ込んで、怪物にやられたと見せかけてその実、自分で殺すってヤツ」

「そんな話もあったなあ。そういう手合いは、子供に掛け金を掛けて連れ込んでいるらしいぜ? ブレンダーや商人が私財を増やすためにやっているらしいなあ」

「ってことは、あのガキもか。くう、可哀想になあ。おーいおいおいおい」

 下品な笑い声がテオの背中を何処までも追いかけてくる。飯屋の前を通り過ぎたところで、テオは遂に両耳を塞いで走り出した。

 まさか、バウマン……ご主人様がボクを殺すために世界樹に連れてきたなんて。

 やっぱり、ご主人様にとってボクは邪魔だったんだ。ボクなんかが役に立つわけがなかったんだ。だからご主人様は体よくボクを始末するために、世界樹に連れてきたんだ。

 ご主人様ごめんなさい、全然役に立たない邪魔な子供でごめんなさい。

 ここでボクが死んで、ご主人様がお金を手に出来るのなら、ボクを買ったお金ぐらいにはなるかもしれない。


 露天の明かりも消え、屋台も飯屋も店じまいを始めた中をライナルトがふらふらと歩き回っている。時折人を捕まえては一言二言尋ね、相手がかぶりを振ったのを見て離す。彼らが食事を取っていた屋台の周囲を一回りしたところでライナルトは足を止めた。ふう、と溜息を吐いて両手を腰に当てた。

「あの坊主は何処まで行ったんだあ?」

 テオが周囲の散策に出てから、もう随分経つ。いつまで経っても戻ってこないテオを心配したバウマンが気を揉んでいたのを見て、居たたまれなくなったライナルトが探しに出てきていた。幼い少年が一人、その辺をうろうろしていたのなら目立つはずなのに、ポーション屋の主人以外は誰も気が付かなかったと言う。

 テオはマジックアイテムに興味を持っていたからその辺の露天に齧り付いていたまま時間を忘れているのかも知れない、とアッシュが言ってはいたが、その手の類の露天は飯屋が流行り出すまでには店を畳むものだし、現にほとんどの店はとっくに店仕舞いしていた。

 だから年端もいかない少年が一人で時間を潰せるような場所は、どこにもないはずだった。

 辺りを見て回っているうちに、気がつけば自分達のテントの前に戻ってきていた。宿営地をぐるりと一回り、大雑把だが回ってきてしまったことになる。それなのに、少年は見つからない。

 さてはてどうしたものかと困り果てていると、暗闇の向こうからぼんやりと人影が浮かび上がった。のろのろと近づいてくるその陰は、ライナルトの横を通り過ぎると彼らのテントへと歩いていく。

「おい、テオ。お前ずっとどこほっつき歩いてたんだ? まあ、俺は全然構わねえんだけどさ、バウマンさんがえっれえ心配してたぜ」

「……ごめんなさい」

「お……おう? まずはバウマンさんに顔見せてやれよ」

 俯いたままのテオはライナルトを見上げることもなく、ぼんやりとテントの中に潜っていった。

 テオのあまりの覇気のなさに首を傾げつつも、ライナルトは首を振ると、それ以上突っ込んだことを考えるのはやめた。ここから先はバウマンの仕事だ。己は、己の請け負った依頼を問題なく完遂できれば、それでいい。


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