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知らないふり

作者: ゆかり

知らないふりをしていた。

本当は10日くらい前から気付いていたけれど、あえて知らないふりをしていた。

タイミングを逃した、というのもある。

朝の満員電車の中でたまに視線が絡み合ったから、向こうも気付いていたんだと思う。

だけどお互い知らぬふりをしていた。



















ある日アイツが、妊婦さんに席を譲っているのを見た。

「どうぞ」

何年ぶりかの声は、昔よりすこし低くなったように思った。

そして、何故だかその時無償にアイツに話しかけたくなった。

話しかけてどう、というわけじゃ無いけれど話しかけたくなった。

アイツは席を立つと、なれない事をしたからかすこし赤面してつり革に掴まっていた。

それを見て、また無償に話しかけたくなった。




























その日は雨だった。

乗客が持っている濡れそぼった傘が、スーツにあたって気持ち悪いなと思って顔を顰めていたら、同じように顔を顰めたアイツを見つけた。

暫くアイツを見ていると、アイツが自分の紺色の傘を横のおじさんのカバンに引っ掛けて、迷惑そうな顔をされていた。

アイツは何度も何度も頭を下げて、やっと謝り終わったかと思うと何故だか今度は車内で傘が広がってしまった。

ばんっと勢いよく開いた傘をアイツがあわあわとしながら直すのを見て、俺は自分も濡れた事も気にせずに思わず笑った。

























その日は初めて大きな仕事を任されて、緊張していた。

朝から胃が痛くて胃薬を鞄にいれてあるぐらいだ。

グルグルなるお腹を抑えながらホームに立っていると、三駅ほど先にある私立の幼稚園の制服に身を包んだ園児達に囲まれているアイツを見つけた。

園児達に囲まれているアイツは、どうやら困った様子見だった。

スーツを引っぱられたりして慌てているアイツをみて、なんだか自分がこんなにも緊張しているのもバカバカしいような気になった。

俺はなんだか無償し可笑しかった。



















その日は電車の中で目が合った。

アイツを観察していたら、突然アイツがこちらを見たのだ。

思い切って声を出したいけれど、なんだかタイミングが掴めなくてただお互い見つめあった。

ひと2、3人分の距離。

「久しぶり」と、気軽に声をかけられない自分が無償に歯がゆかった。





























その日は決心していた。

今日は必ず話しかける。

話したいことがたくさん積もってしまって、もう知らないふりはしたく無い。

アイツに会えば、まずは最初にこう言おう。

「久しぶり」と。


























けれど、アイツはいつものように電車の中にはいなかった。

次の日もその次の日も、またその次の日もアイツは居なかった。

時間を変えたり、車両を変えたりしたけれどアイツの姿はどこにも無かった。

もっと、早くに話しかければ良かった。

胸にポッカリと穴が空いたような気がして、何故だか無償に泣きたくなった。
















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