雌雄眼積極採用
1
季節は正直だ。立秋を過ぎると夏の太陽の日差しはまだ強いものの、蒸し暑さはだんだん感じなくなってくる。
私は森の中の一軒家に親と兄弟と住んでいた。今年、地元の商業高校を卒業したが職に就けなかった。そのことで親にはガタガタ言われなかったが、自立できない自分が惨めで憂鬱だった。
気分転換に家の周りを妹と散歩した。眼鏡を外すと、森の木漏れ日が水晶の洞窟のようにキラキラと輝いて見える。それは近眼のひどい人間にしかわからないが、とにかく美しいのだ。そう4歳年下の妹に言うと
「いいなぁ、私も目が悪かったら同じものが見えるのに…。」と言った。
しかし、あまり人生においてほぼ意味のないことで羨ましがられても嬉しくなかった。
乱視が進み、新しい眼鏡が必要だった。
2
「この機械なんて言うんですか?」
眼科クリニックで看護師に聞いた。目が悪い私には小学生のころから馴染みのある医療機器だ。
「オートレフラクトメーターって言います。」
いっそのこと死のうかな…。道路のバニシングポイントに浮かぶ気球に焦点が合った瞬間そう思った。
オートレなんとか…どうでもいい。
3
昔から自分の不揃いな目がコンプレックスだった。左目はアーモンド型の末広がりのきれいな奥二重なのに、右目は分厚いまぶたが被ったお岩さん状態。他人と目を合わせるのが怖かった。証明写真を撮るのも大嫌いだった。整形手術は怖いし、二重まぶた化粧品もあるが、あいにくどれもかぶれてまぶたが腫れあがり使えなかった。
眼鏡をしてもコンタクトレンズをしても最悪だった。就職で上手くいかなかったのもこの顔のせいだ。女はしょせん顔が一番だ。こんな私を生んだ神を、親を超えて呪った。呪うしかなかった。
昔聖書で読んだ。ヨブとは違うんだ。私は神を呪って死ぬ。
4
死ぬ勇気がないまま季節は過ぎていった。そんな中ある日、登録していた派遣会社から一通のメールが来た。いつもはスルーしていたが、たまにはと思って覗いてみた。
雌雄眼積極採用?
雌雄眼って何?調べると私のように両目が不揃いな事らしい。スピリチュアルにおいては意外にもポジティブな人相らしい。私って雌雄眼の持ち主なんだ。目から鱗が落ちた。
どんな仕事なのかと思ったら占い師の募集だった。
5
占い師 時給2000円(能力に応じて昇給あり)
大変魅力的だと思った。時給も良いし、私はタロット占いが好きだった。昔、高校の帰りに雑貨屋でウェイト版のデッキを買い、ネットで占い方を自己流で勉強したのだ。アールヌーボー調の綺麗なカードは眺めるだけでも癒される。
タロットカードには大アルカナと小アルカナがあるが、大アルカナでほぼ占いには十分だった。
学生の頃女友達から彼氏の事で相談され占ったことがある。彼氏の本当の気持ちが知りたいとのこと。カードをよくシャッフルして一枚ひっくり返すと悪魔のカードが出た。
「欲望しかないよ。純粋さが無くてあまりいい人じゃないと思う。」と彼女に助言した。
実際彼は他の女子とも付き合っていたことが後でわかった。彼女にはそれで大変感謝された事がある。
しかし自分の人生の事はわからなかった。わかっていて人生が上手くいっていれば今頃死にたいだなんて思わなかっただろう。
6
面接に向けて履歴書の証明写真を撮った。いつもは右目ができるだけ大きく見えるように一生懸命目を見開くのだが、今回は普通に撮って普通に不細工な写真が撮れた。
本当にこれで大丈夫なんだろうか。
面接は初めは少し緊張した。男性の面接官だったからだ。私は男性恐怖症なのだ。しかし意外にもそのうちに和やかな雰囲気になった。
「日商簿記2級と中小企業診断士の資格を持っていらっしゃるんですか。まだ10代だというのにすごいですね。やっぱり雌雄眼の方は才能がある。占いの方にもきっと活かせると思いますよ。恋愛の事を聞く女性のお客さんが多いんですが、たまに財界人のお客さんもいますから。」
「そうなんですか?商業高校だったから受けたんです。努力は人を裏切らないと思うんです。でも私こんなブスなんで就職失敗したんだと思うんです。」
「でもあなた、表情がとても良くて不思議なオーラを感じますよ。こういうのは顔写真だけじゃわからないんですよ。努力は人を裏切らない。良い事言いますねぇ。ぜひあなたを採用しましょう。今月から働けますか?」
トントン拍子に話がまとまったので私は唖然とした。
「あ、ありがとうございます。でも占いが外れちゃった場合とか大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。クレームはウチが対応するので。まあ、あまり外されたら困りますけどね。」
面接官は笑って言った。
7
大型ショッピングモールの階段の踊り場に小さなブースが設けられていた。そこが職場だった。一日4時間、週5日、シフト制。相談料10分につき2000円。これが相場なのか…。こんなに高くてもお客さんはやってくるのだろうか。
「あら新人さん?頑張ってね。私シホっていうの。よろしくね。」
ベテラン先輩占い師のシホさんと挨拶を交わし交代した。シホさんも雌雄眼だった。
お客さんがくるまではとにかく緊張した。
8
一番最初のお客さんは20代半ばくらいの美しい女性だった。今結婚を前提に付き合っている彼に違和感を覚え、相談しにきたのだった。
時系列にカードをめくると過去が女帝、現在が吊るされた男、将来が力。全て逆位置だった。
「彼はあなたの美しさに惹かれたようですね。でも不純さが混じっています。今束縛とか激しくないですか?」
彼女は頷いて
「確かに電話がしつこいですね。それに彼、とても疑り深いんです。」
「でしたら、これ以上付き合うのはきっぱりやめた方がいいと思います。将来結婚したらDV夫になるかもしれませんから。毅然と対応してください。いまのうちに。」
9
仕事をはじめて半月経ったがクレームは無いようだった。少し安心した。土日祝日が書き入れ時で、面接時にも言われたが大半は女性の恋愛の悩みが多かった。付き合っている相手の気持ちを知りたいとか、将来パートナーとこのままで上手くいくかとか。あとは進路や職場の悩みなどだった。カードの結果はあくまで参考で、相手の話を良く聞いて答えを導き出すのがこの仕事のコツなのだ。天職だ。そう思った。ある男性客と会うまでは。
10
ある日曜日、70歳くらいのこざっぱりしたおじいさんが現れた。今日、競馬のメインレースで重賞があるから、お薦めの馬を占ってほしいとの事だった。
カードをよく混ぜて、まとめて真ん中のカードをめくると逆位置の死神が出た。
「もしかして13番の馬は白い馬ですか?」
「確かに葦毛だね。白いよ。」
おじいさんは不思議そうな顔をして答えた。
「でしたらその馬をお薦めします。」
「でもそれって死神でしょ?不吉じゃない?素人でもそう思うけどなぁ。」
「カード的には不吉なんですが、逆位置だと再生とか復活を意味するんです。」
「確かに馬柱見ると、ここのところ2レースは不調だね。昔GⅡで一着とったこともある馬なんだけど。まあ、とりあえず君の言う通り13番のキセキノミライっていう馬にしてみるよ。当たったら相談用もタダみたいなもんだし。じゃあね。」
11
6時近くなり、店じまいというか売り上げのお金を整理しようとしていた時、あの競馬のおじいさんが満面の笑みで駆け込んできた。
「君のおかげで100万が1000万になったよ。」
「100万円もその馬に賭けたんですか?!」
私はびっくりして言葉を失った。
「100万なんて俺には100円みたいなもんよ。ハイリスクハイリターン。これがギャンブルの醍醐味なんだよ。不人気の馬だったし、スタートからずっと馬群に囲まれてダメかと思ったけど、最後に内から抜けて1着になったんだよ。穴馬だったね。大したもんだよ、君。」
競馬の事はよくわからないし、相談料がタダみたいなものと言っていたが、そんなにお金持ちのおじいさんだったとは思わなかった。100万円が100円だなんて。住んでいる世界が違うと思った。
「店じまいかい?行きつけの寿司屋があるんだ。君に夕食奢るよ。」
おじいさんはにっこりして言った。
12
「ヤスさん、特上2つ。」
とても美味しい握り寿司だった。特上寿司なんて初めて食べる。新鮮なウニがこんな味がするとは思わなかった。
こちらからはあまり聞かなかったが、おじいさんの話を聞いていると経済界でかなりの人脈がある大物みたいだった。
「職業に貴賎は無いけどさ、君、ちゃんと福利厚生のある所で働くべきだよ。話をしていると聞き上手だし、教養もあるし、立派な資格も持ってるのにさ。もったいないよ。××コンサルティングっていう会社があるんだ。そこの事務が抜けたから君入りなよ。俺、そこの社長と仲良いんだ。俺に勝ち馬当てさせた不思議な能力のある女の子で、絶対社運も良くなるって推薦しておくからさ。」
「でも私、顔が…。」
「君、笑顔がかわいいよ。自信持ちなよ。」
13
競馬おじいさんのコネで、地元の中小企業向けのコンサルタント会社に入社が決まった。社長さんにもよくしてもらったし、資格が活かせて生き甲斐を感じた。
占いの方は封印している。死ななくてよかった。雌雄眼でよかった。今はそう思う。




