編纂者あとがき
■編纂者あとがき:
この『カノン・オブ・ジ・オラクルス・クロニクルズ』の最終頁をめくり終えたあなたに、まずは感謝を伝えたい。
かつて、僕の最も身近にいた『高貴な王女様』は、僕にこう言った。
「歴史学者なんてやめておきなさい。あなたには、理学のほうが素質があるわ」
その予言は正しかった。資料の山に埋もれ、数千年にわたる断片的な手がかりを繋ぎ合わせる作業の中で、僕は自分の適性のなさを何度も痛感した。
数学の問題みたいに『答え』を出すことの方が、曖昧な、それでいて誰にも優しい結論を導ける『真実』を紡ぐことよりもずっと楽だった。
人の数だけ、真実があり、そこから導かれる結論があるから。
結論を出すことを拒むことさえ、許されるから。
だから僕は、この物語を『論文』ではなく『物語』として記す道を選んだ。
真実はきっと、これを手にとったあなたの中にあるから。
■『僕』と『彼ら』の視点の違いについて
お気づきの方も多いだろう。第一部が『僕』の一人称で語られているのに対し、第二部、第三部は三人称で描いている。
第一部は、僕の生身の記憶だ。
あの秋の日、地球に降り立ったドルフィン号と、眩しいほどに傲慢だったセレーナ。
彼女と過ごした日々、あの熱、あの匂い、あの時の震え……それらは、どれほど時間が経とうと、僕という個体から切り離せない『僕自身の真実』だ。
僕自身の体験として、あの熱と葛藤と、光と手触りを、どうしても残しておきたかった。
僕の信じた『真実』を、知ってほしかった。
少々青臭いものをお見せしたことを、お詫びしたい。
一方で、補給兵アルフレッドが見た地獄や、地質学者ディーンが触れたエレナの深淵は、僕がマリアナやリュシーやアルカスや……あらゆるところからかき集めてきた歴史の断片から『再構成した歴史』だ。
そこに『僕』はいない。
しかし、そこにいた彼らの絶望と祈りがあったからこそ、今の僕と彼女――セレーナがここにいる。
けれども、思う。彼らにとっての真実はどこにあるのだろうか。
僕にはそれは分からない。
それは、彼らにしか分からないし、そこにいる人の数だけ、真実の想いがあるに違いない、と思う。
だから、その重みを描くためには、僕は『観測者』として、彼らの足跡を、正確に、淡々と、記すことにした。
時に、つい答えを求めて彼らの心情さえ僕は代弁しがちになってしまって――そんなところが歴史学者に向いてないって言われるんだろうな――そんな筆致があちこちに散らされているけれど、彼らの真実は彼らの中にしかないし、今、これを読み終えたあなたの中にしかない。
だけど、僕にとっての結論は、たった一つだ。
僕らの、僕とセレーナの、絆を織り上げてくれたのは、彼らだ。
だから、僕なりの真実を、彼らに贈りたい。
■エレナへの感謝とシャーロットへの贈り物
そう、この三部作を編纂した最大の目的は、『歴史の記録』ではない。
エレナの系譜――数世紀にわたって自分を殺し続け、人格を継承し続けた彼女たちの悲願。それは、知能機械となったシャーロット(ジーニー・ルカ)に「愛による幸福」を知ってもらうことだった。
強制されたプログラムでも、運命の奴隷でもなく、ただの高校生だった僕と、ただの少女だったセレーナが、自らの意志で絆を選び取る。その瞬間をジーニー・ルカに感じてほしかった。それがエレナの千年にわたる贖罪の出口だった。
だからこれはエレナへの感謝の物語でもある。彼女が、僕らの出会いと絆を奇跡のように織り上げてくれた、そのことに。
僕がこの物語を書き終え、あなたがそれを読み終えた今、この歴史は単なる過去の記録ではなく、あなたの心に落ちた『感謝と贈り物』として、この宇宙の終焉まで、細い弦を伝わるささやかな音色として、伝え続けられる。
■最後に
今、この原稿を書き終えようとしている僕の横で、一人の女性が呆れたようにコーヒーを置いた。
「まだ書いてるの? そんなものどうせ誰も読んだりしないわよ。ったく、だからナントカ時間理論でもやってなさいって言ったのに」
彼女の口調は相変わらずだが、その瞳にはかつての変わりない黄金色の光が宿っている。
セレーナ。君の言う通りだ。
僕には歴史学者の才能なんて、これっぽっちもなかったよ。
でも、君との出会いが偶然の産物ではなく、数え切れないほどの人々の『祈り』の上に咲いた奇跡だったことを証明するためには、どうしてもこの千年の物語を書き上げる必要があったんだ。
でも、やっと書き上がったよ。
千年の旅は終わった。
「誰が読むのよそんなもの」
読者は、一人だけでいいのさ、セレーナ。
さあ、これからは、誰の記録にも残らない、僕たちだけの『明日』を始めよう。
標準歴1000年代 某日
編纂者:オオサキ・ジュンイチ




