喫茶『雨宿り』
その喫茶店は郊外にあった。
駅からは少し離れていて、周りには民家はあるが他に店もなくコンビニもない。
道の先に喫茶店が見えたとき、私は天の助けだと思った。店の前のメニュー表も見ずに、ドアを開けて店の中に飛び込む。
「いらっしゃいませ」
いかにも昔からの喫茶店といった感じのスーツを着た、落ち着いた雰囲気の男性がカウンターの中から私に向かって微笑む。マスターと呼びたくなる感じだ。
中途半端な時間だからか、立地の問題なのか他に客はいない。
「お好きな席にどうぞ。ああ、それよりも先にタオルをどうぞ。お困りでしょう」
「ありがとうございます」
確かに私は困っていた。カウンターからわざわざ出てきてくれたマスターから、ありがたくタオルを受け取って、濡れている髪や服を軽く拭いた。それだけで少しスッキリした気分になる。
私は窓の外を見る。まだ、雨は降り続いている。
「今日、雨の予報なんて出ていませんでしたよね。晴れだと思っていたら突然この雨で驚きましたよ。おかげで傘も持っていなくて困りました。それでこの店を見つけて慌てて雨宿り代わりに飛び込んだわけです」
「それは大変でしたね。この辺は天気が変わりやすいですから」
「ああ、山も近いですからね」
「ええ、山の天気は変わりやすいと言いますしね」
確かに、私がいつも住んでいる街よりも、このあたりは山が近くに見える。そんなものかと私は思った。
「これ、すみません。ありがとうございました」
「いえ、構いませんよ」
タオルを渡すとマスターが再び微笑んだ。
私はようやく人心地ついて店の中を見回した。落ち着いたアンティーク調の家具で統一された店内はとても居心地がよさそうだ。雨宿りのために慌てて入ってきたが、ここで一息つくのも悪くない。
私は店内の様子も、外の景色も楽しめる窓際の席に腰掛けた。ベルベットの椅子はとても座り心地がいい。
メニューを開く。
ナポリタン、カレー、サンドイッチ。
だが、私は食事をしようと思ってここに入ったわけではない。
ドリンクメニューを見る。
どうやら、この店はコーヒーが良さそうだ。さっきからコーヒーのいい香りも漂っている。
コーヒーを注文してしばし待つ。
窓の外ではまだ雨は止みそうにない。ちょうどいい場所に素敵な喫茶店があって本当によかった。
コーヒーが運ばれてくる。カップもなかなかいい。
私は、コーヒーに口を付けた。
美味しい。
なんだか、とても幸せな気分になる。
この店がこの場所にあってよかった。
ゆっくりとコーヒーを飲んでいると、窓の外にはいつの間にか日が差していた。雨が上がったようだ。
「ごちそうさまでした。とても素敵な雨宿りができました。ありがとうございます」
「それはよかったです」
私がお会計をしながらお礼を言うと、マスターが嬉しそうに微笑んだ。
ドアを開ける。
その向こうには青空が広がっている。
雨が降って慌てて駆け込んだのが嘘みたいだ。
私は歩き出す前に店の方へと振り返った。
看板に書かれた店の名前を見て、妙に納得する。
『喫茶 雨宿り』
まさに名前の通りの場所だった。
空を見上げると、太陽が眩しい。
いい店に出会えてよかった。
◇ ◇ ◇
雨が降ってきて、慌ててお客さんが、入ってきたときとは全く違う幸せそうな表情で店を出ていった。
あの晴れ晴れとした顔が、私は好きだ。
雨で絶望した顔をした人が、晴れ上がった空のような顔になる。
あの顔を見るのが、私はとても好きだ。
だから、私はこの『喫茶 雨宿り』をオープンした。
そうすれば、毎日あの顔が見られる。
今度来るお客さんはどんな人だろう。
そろそろまた誰かがこの店の前の道を通る頃合いだろうか。
私はテーブルの下に付いたスイッチを押す。このスイッチは、私が発明した雨を降らせる装置を起動させるスイッチだ。私の発明した装置はそれほど広範囲ではなく、この店の周りにだけ雨を降らせることが出来る。
私が任意に雨を降らせることで、近くにいる誰かがこの店に駆け込んでくるというわけだ。
あとはその人が食事やコーヒー休憩を終わらせる頃に、タイミングよく装置を止めればいい。
次に駆け込んでくるお客さんも、あの晴れ晴れとした顔を見せてくれると嬉しいのだが。




