第9話 冬香の友達
冬香の部屋を後にした拓也は、一度自室へ戻ると、制服を脱いで楽な部屋着に着替えた。シャツのボタンを外しながら、どこか肩の力が抜けていくのを感じる。
そのまま階段を下り、ダイニングへ向かった。
戸棚から急須を取り出し、慣れた手つきで茶葉を入れる。使っているのは、春菜がよく持ってきてくれるものだ。お茶好きの彼女がいくつもの茶葉をブレンドした特製で、ほどよい渋みとまろやかな旨味が絶妙に調和している。
「……あいつ、こういうとこは妙に拘るんだよな」
ふっと小さく笑いながら、湯を注ぐ。
しばらく蒸らす間、冷蔵庫を開けてケーキを取り出す。コンビニで買ったイチゴのショートケーキを皿に移し、フォークを添えてテーブルへ置いた。
やがて、湯気の立つお茶を湯飲みに注ぎ終えた頃。
足音がして、冬香が静かにダイニングへ入ってくる。
「冬香、もう準備できてるぞ。食べようぜ」
「うん……」
小さく頷き、椅子に腰を下ろすと、彼女はフォークを手に取った。ゆっくりとケーキを切り分け、一口運ぶ。その仕草はどこまでも静かで、けれどどこか大事そうだった。
半分ほど食べ進めたところで、拓也は口を開く。
「なあ冬香、新しいクラスにはもう慣れたか?」
「うん……」
「友達は? 仲いいやつ、できたか?」
少し間を置いて、冬香は答える。
「秋穂がいる……」
「ああ、秋穂ちゃんか――って、それ友達っていうか幼馴染だろ」
「……うん」
視線を落としたまま、小さく頷く。
「それ以外は?」
「いない……」
あまりにあっさりとした返答に、拓也は思わず目を見開いた。
「そ、そうか……」
言葉に詰まりながらも、すぐに苦笑する。
「まあ、冬香がそう言うなら仕方ねえか。秋穂ちゃんとは、ずっと同じクラスだったよな?」
「うん……」
「なら、まあ安心か」
それ以上は踏み込まず、拓也は湯飲みに手を伸ばした。
ほのかに立ち上る香りが、静かな空気に溶けていく。
「……兄さん」
「ん?」
「ケーキ……食べ終わった……」
顔を上げると、皿の上はきれいに空になっていた。
「あ、もうか。早いな」
思わず苦笑する。
「もう……部屋、戻っていい?」
「おう、いいぞ。片付けは俺がやっとく」
「……うん」
短く返事をすると、冬香は席を立った。どこか急ぐような足取りでダイニングを出ていく。
読みかけの本が、気になっているのだろう。
その背中を見送りながら、拓也は小さく息をついた。
食器を片付け、流しに水音が響く。すべてを終えて自室へ戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「……なんか、今日はやけに疲れたな」
ベッドに身を投げ出す。
天井を見上げる間もなく、意識はゆっくりと沈んでいった。
気づけばそのまま、深い眠りに落ちていた。




